26-15.「私のせいにしないで」
すぐ隣に同じように座る。正人は自分の腕に顔を伏せて表情を隠す。そうして声を絞り出した。
「おれのせいだ」
「……」
彼は、正直すぎて、素直すぎて、美登利には、それが痛い。
「ねーえ、池崎くん。誰かのせいなんてないんだよ。だいたいが自分のせい」
出入り口のガラスから、最後の西日が一筋差し込んでいる。
「私が髪を切ったのは私のせい。池崎くんが罪悪感を感じるなら、それは池崎くんのせい。あなたの罪悪感を私のせいにしないで」
正人は少しだけ顔を上げて目を見開く。
「私は責めたり慰めたりしない。自分で解決して」
立ち上がって離れていく気配につられ、正人は彼女を目で追っていた。
美登利が振り返る。顔を近づけて、小さな声で言った。
「下でカノジョが心配してるよ」
「……」
彼女は、ずるくて、酷くて、正人には、それがつらい。
足音が遠ざかって気配が消えてなくなるまで、正人は動かなかった。
西日の一筋も消えてなくなり本当に暗くなる。そうなってからようやく立ち上がることができた。
階段を下りていく。小暮綾香がいた。
「大丈夫?」
自分の方が大丈夫でなさそうな顔で聞いてくる。かわいい女。ずっと息をひそめてここで自分のことを待っていたのだろう。
「ごめんな」
堪らずに正人は謝っていた。
「ごめん、いつも、こんなんで」
謝罪の意味がわからず綾香は不安になる。
「なのに、いつも、おれのこと待っててくれて」
そんなの、あなたが好きだから。
そう続けようとした綾香は、次の瞬間心臓が跳ね上がって言葉をきれいに飲み込んでしまった。
わかってる、というふうに正人が笑みを浮かべ、親指と人差し指で綾香の頬に触れたのだ。
「ありがとう」
さっきと同じだ。調理室に現れたときの正人と。
今朝顔を合わせたときの彼とは違う。別人のように何かを払い落としたその顔を綾香はただ凝視する。
じっと見つめられていることが我慢できなくなったのだろう。あたふたと正人は綾香の頬から手を放し、くるっと回れ右をした。
「戻って作業手伝わないと」
そう言う正人の首筋は真っ赤で、そんなところは以前の彼とまるで変わらないなと、綾香はまばたきをする。
彼は、ちゃんと綾香の知っている池崎正人だ。どこも違ったりなんかしていない、別人なんかじゃない。
ただ、毎日毎日少しずつ、あるときには目まぐるしく、何かを引きはがしていくのが男の子なんだ。
そう悟り、綾香はやっぱり嬉しいのか寂しいのかよくわからないけれど、さっきよりは格段に、嬉しいの方が比重の大きな気持ちになっていた。
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