25-5.だからもう、諦めろ
勝手に留学なんぞに行って勝手に帰ってきた中川巽は、浮世離れした思考と言動に更に磨きをかけていて、そしてやはりなにもわかってなどいなかった。残された妹がどんな悲惨な目に合ったのかなんて。
だからそのことに関してフォローしてやる気は琢磨には一切ない。勝手に寂しがっていればいいのだ。
今、目の前の美登利の笑顔を見て琢磨は思う。
やっとここまで持ち直した。でもまだ面と向かって兄と会えるまでには至っていない。まだもう少し時間は必要なのだろう。
(だから達彦よ)
もうやめろ、と琢磨は心の底から友人に対して願う。
(ないものねだりなんだよ)
手に入るはずもないものを欲しがって、挙句の果てにそれを壊した。
――お兄ちゃん。
曇りなく幸せそうに笑っていた少女はもういない。どこにもいない。
(だからもう、諦めろ)
頼むから、これ以上、かき乱さないでやってくれ。この子のことを……。
* * *
目が覚めたのはフットライトのみに照らされた薄暗い部屋。半身を起こし酒で鈍った思考を整理する。
シーツについた指に長い髪が絡んでぎくりとした。こっちに背を向けて眠っている女の体。
あの子のわけがない。迷う余地などあるはずもなく、冷静に達彦は思う。自分の頭はまだそこまでポンコツではないはずだ。妄想する余地もない。絡みつく髪を汚らしくさえ思う。
これ以上興醒めする前に身支度をして部屋を出た。
あの天使は夢にすら出てきてくれない。あたりまえだ、あれは天使の顔をした悪魔なのだから。
そうでなければ自分はとっくに赦されているはずだ。いつまでも、いつまでも、こうまで付きまとわれるはずもない。
(会いたいんだよ)
思わない日はないことをまた考えて、家路を急ぐ。河原の水面には月明り。夜空を見上げる。
月が欲しいと泣く子ども。はしごをかけて取ってきてくれる父親など自分にはいなかった。
欲しいものはなんでも自分で手に入れてきた。自分の力を疑ったことなどなかった。あの兄妹に会うまでは。
(ねえ、みどちゃん)
君が泣いた分だけ俺を裁いてよ。蔑んでよ、嗤ってよ、卑しんでよ。憐れんでよ。
赦されたいわけじゃない。なかったことにしたいわけじゃない。
あのとき、彼女は完全にひとりだけの世界に閉じこもってしまった。あの目は達彦のことなど映してはいなかった。
あの子の世界に自分はいない。それが罰といえばそうなのかもしれない。
だから忍んだ、この三年。志岐琢磨に言われるがままあの子の前から姿を消した。
だけどもう、そんな日々も終わりにしたい。
そうでなければどこへも行けない。もうどこにも行けないのだ。
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