4-8.自分自身の責任で




 夕刻の河原沿いはもう少し涼しいかと思ったが期待外れだった。この街は潮の匂いが強い。ぺたぺたと肌にまといつく感じが暑苦しい。

 それでも風が通るので盆地である正人の地元とは外気温がまるで違う。すごしやすい土地なのだと思う。


 芝生に座って川面を眺めていると、そんな正人を背後から窺ってくる人影があった。

「やっぱり、この前の青陵の生徒さん。ええと……」

「池崎です」

 この近所に住む城山夫人だ。今日は甘い匂いがする茶色の紙袋を抱えている。

「池崎くん。ちょうどよかった。今川焼食べない?」

 正人の隣に腰を下ろしながら「また買いすぎちゃったの」とのんきに言う。


「もうすぐ夏休みでしょう。一学期が終わるのねえ。学校にも大分慣れたでしょう?」

「そうっすね。まあ、訳のわからないうちにすぎてった感じですけど」

 正人はゆっくり、考えながら話す。

「委員会とかやること多くて。これ生徒のやることなのかって思うこともあって。先輩たちとかほんと好き勝手やってて、いいのかって思うこともたくさんあるけど」


「いいのよ、もちろん」

 城山夫人が目元の皺を深くして微笑む。

「あなたの言う好き勝手って、決まりを守らず自堕落に人に迷惑をかけてるってことではなくて、やりたいと思ったことを実行行動する好き勝手、でしょう?」

「そうなのかな」


「それならいいのよ。どんどん好き勝手にして。だって学校って、そういうものでしょう? 大人になったらできないことってたくさんあるわ。常識が蓋をして口に出せないことも。でも、やってみなくちゃわからないことってたくさんあるのよ。間違えてみて初めてわかることもたくさん。だからね、一番多感なこのときに、たくさんのことを経験しておいてほしいの。自分で考えて、自分で決めて、自分でやってみる。自分自身の責任でね。それで間違えたっていいのよ。助けてくれる仲間がいるでしょう。それでも、どうしても困ったときには大人が手を差し伸べるから。どんどん、なんでも、やってみればいいの。たくさん間違えればいいのよ」


 そこで正人の方を見て城山夫人は恥ずかしそうに両の手を口元にあてた。

「あら、ごめんなさいね。私は学生さんにはそういうふうにしてほしいなあって思てるから」

「いえ……」

「おしゃべりしちゃってごめんなさいね。おばあちゃんはもう帰るわね」

「ごちそうさまでした」

 城山夫人はにこりと笑って土手を上がっていった。


「自分で考えて、自分で決めて、やってみる」

 自分自身の責任で。

 正人は思わずその場に仰向けに倒れこむ。

「それって、すっげえ難しくないか?」

 夕刻でもまだまだ青い、夏の低い空。傾く太陽からの日差しが目にまぶしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る