結婚披露宴

 ちょうど一年前、彼にプロポーズされた。クリスマスに、東京の夜景が一望出来る丸の内のホテルで。

 彼は私に、手紙と小さな箱を渡して、「結婚してください」と。

 嬉しくて、嬉しくて。化粧が崩れるほど泣いてしまった。


 ――それでは、しばしご歓談を――

 

 私たちが選曲した思い出の曲が会場内に流れ始め、食事がスタートした。

 手前には会社の上司が集まった主賓席と、同僚たちの来賓席、中盤には学生時代の友人、そして奥には親族のテーブルがあり、みな各々食事を楽しんでいる。

 母親は食事が始まるなりすぐに主賓席に向かい、挨拶をしていた。

 本来、父と二人で行う挨拶回りだけど、父はもうずいぶん前に他界したので、母はひとり忙しなく、各テーブルを周りながらお酌をしていた。

 母の着ている黒留袖には、ゴールド調の鳳凰の吉祥文様が描かれており、とても華やかで、よく似合っている。これほどまでに華やかな母の和装姿を見るのは初めてだ。

 高砂席から見える景色は、どこを見ても笑顔ばかりだ。私たちのためにこんなにたくさん集まってくれて、こんなにたくさん祝福されて、本当に幸せだ。

 眩しすぎるぐらいの照明に照らされながらそんなことを改めて思った。

 隣に座る彼を見る。彼はにっこりと微笑んで「この会場にして良かったね」と言った。

 プロポーズされた後、年明け早々新幹線に乗り、彼とふたりで私の母に挨拶に行った。母には一度彼を紹介したことがあり、すでに面識があるし、私も彼とのことを日常的に母と電話で話していたので、その日は、結婚の承諾を得るというより、結婚することを報告しに行ったのだった。

 報告すると、母は涙を流して喜んでくれた。「こんな娘と結婚してくれるなんて、本当にありがとうございます」と彼に何度も頭を下げていた。そこまでしなくても良いのにと思うほど律儀な母なのだ。

 今だって、私の友人のテーブルにまで行って、お酒を注いでいる。全部のテーブルを回る気なのだろう。そこまでしなくても良いのに。

 それから二月には彼の両親にご挨拶に行き、ふたりの記念日がある四月に婚姻届を出した。七月からはブライダルフェアに行き始め、八月には式場を決めた。

 複数のカップルを同時に案内するタイプのブライダルフェアだったのだけれど、当日、彼が遅刻したのだ。

 遅刻の理由はたしか、健康診断の準備に時間を取られたと言っていた。

 遅刻した場合、コースメニューの試食や式場見学はキャンセルされてしまうのだけれど、担当者が特別に私たちのためだけに、通常通りフェアを開催してくれたのだ。

 おかげで集団行動よりも詳しく式場内を見学でき、式を挙げるイメージを掴むことが出来た。それがこの会場である。


「――ちゃん、おめでとーっ」

「ドレス似合ってるよー。かわいいー」

「ありがとー」

 学生時代の友人たちが席に集まり、お祝いの言葉をかけてくれた。

「写真撮ろーよ」

 私と彼の後ろに友だちが並び、写真を撮る。それを見た他の来賓の方々も写真を撮りにやって来る。

 次から次へと「おめでとう」と声を掛けてもらい夢のようだ。


「きゅ、キュートな方だ。魔法少女のよ……いや何でもない」

 ふと彼の方を見ると、黒スーツの男性と話をしていた。

 私に気がついたようで、彼が紹介してくれた。

「こちら、――さん。会社の同僚だよ」

「お、おめでとうございます」

「ありがとうございます」



 ゲストスピーチに移るため、席につくようにアナウンスがあった。私たちも席に着く。

「ねぇ、緊張してきた」

 式終盤には私もスピーチをするので、スピーチと聞いて急に緊張してきたのだ。

「大丈夫?」

「緊張してトイレ行きたい」

「え、おしっこ?」

「やだ。やめてよ、こんなところで」

 彼はクククと笑う。普段の家での会話をしてきたので、急に恥ずかしくなった。もしかしたら緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれない。

「この後、お色直しだからその時に行くか、どうしても我慢出来なかったら係の人に言ったらいけると思うよ」

「ん。大丈夫。せっかくの披露宴だもん」



 そうしてなんとかお色直しの時間になった。着替えをするブライズルームでウェディングドレスを脱いだ際、無事トイレに行けた。

 トイレ内は静かなピアノ曲が流れていて、落ち着いた空間を演出していた。先ほどまでの会場内の華やかさとは対照的だ。

 ほんのりとフローラル系の香りが漂っていて、自然とリラックスできる。

「ふぅー」

 ドレスを脱いで緊張がほぐれたのか、ため息が出た。

 もう少しこうして座っていたかったけれど、スタッフを待たせているので、早々に用を済ませトイレを出た。


 トイレから戻ると、淡いブルーのカラードレスが用意されていた。ドレス選びの時、彼が「似合うね」と言ってくれたドレスだ。

 スタッフに手伝ってもらい着替えをする。

 スピーチの時間も近づいてきて、緊張が高まってきた。

「ちょっと、締めますねー」

 後ろからギュッと胸元を締め付けられた。緊張と相まって、より苦しい。

 そして私は再び会場へと戻った。




――お二人の正面には新郎のお父様、お母様、新婦のお母様にお揃いいただいています。


 会場内の照明が落とされ、私たちのところにだけスポットライトが照らされる。いつの間にかBGMの音量も小さくなっていた。


――ここで新婦からお母様へのお手紙をお読みいただきます。


 緊張で手紙を持つ手が震える。


――それではお母様の元へお進みください。


 私は一歩前に進み、くるりと来賓席の方に向きを変えた。

 そして、手紙を開く。


「みなさま、本日はご多用のところ、私たちの結婚式へご列席いただきましてありがとうございます。この場をお借りして、私を育ててくれた両親への感謝の手紙を読ませていただくことをお許しください」

 再び母の方に向きなおすと、母はもう泣きそうなぐらい目に涙を溜めていた。ちょっとやめてよ。私まで泣いてしまうじゃない。



 お母さん。それから天国のお父さんへ。

 今日、この日を迎えることができたのも、ふたりのおかげだと感謝の気持ちでいっぱいです。

 今まで育ててくれてありがとうございました。


 お父さん。

 私がお父さんと一緒に過ごしたのは小学五年生まででしたね。水族館や遊園地、お休みの日にはいろいろな場所に連れて行ってくれてありがとう。お父さんと過ごした時間はとても楽しくて、今でも昨日のことのように覚えています。

 もっともっとお父さんと一緒に過ごして、今日お母さんと一緒に私の晴れ姿を見てもらいたかったな。いままでありがとう。

 それからお母さん。

 お父さんがいなくなって、ひとりで大変なのに、迷惑ばかりかけてごめんなさい。

 お母さんはどんなに忙しくても、いつも美味しい料理を作ってくれて、私の勉強も見てくれて、相談にも乗ってくれて、私のことを育ててくれました。

 お母さんの大変さを知っているのに、わがままな私は自分のことばかり考えて、喧嘩してしまったこともありました。ごめんなさい。

 そんな私を、いままで優しく見守ってくれてありがとう。


「――未熟な私たちですが、どうぞ温かく見守ってくださいますようお願い申し上げます」


 手紙を閉じると、会場内は温かい拍手に包まれた。

 母はハンカチを目頭に当てながら、方々ほうぼうに礼をしていた。律儀なんだから。

 嬉しくて、悲しくて、寂しくて……でもやっぱり嬉しくて。

 私も耐えきれず涙をこぼした。


 拍手が鳴り止まない。

 隣で彼が笑顔で頷いていた。

 

 私は左手で涙を拭う。

 そこには結婚指輪が幸せいっぱいに光り輝いていた。


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