ワイド水流が止まらない

 誰か止めてくれ。ワイド水流を止めてくれ。

 俺はショッピングモールのトイレにいる。そしてもう3分もこうしてお尻洗浄の水流を浴び続けているのだ。よりにもよって「ワイド」、しかも水流「強」である。尻の周りがびしょびしょだ。

 短時間なら気持ち良いが、こうも長い時間浴びているともう不快でしかない。

 壁の操作パネルの「止」を押しても止まらないのだ。何度押しても、勢いが弱まることがない。止めて。ワイド水流止めて。

 トイレには軽やかなBGMが流れている。時々セールの案内が流れる。

 しかし俺の頭の中はパニックだ。何故か80年代に流行った有名な曲が流れている。パニックにふさわしく繰り返しサビの部分をループしている。

 操作パネルの電池切れか故障のようだ。

 俺は座ったまま辺りを見回した。背面の壁に温水便座の電源コンセントが見える。

 届かない。立ち上がると同時に辺り一面がワイド水流の餌食になってしまう。

 外にも出られない。助けも呼べない。孤独の中、ワイド水流は無情にも俺の尻を洗い続けている。

 もう5分は洗われている。尻が、尻が痛くなる。

 俺は決心した。濡れるのを覚悟で立ち上がり、すぐに蓋を閉めようと。今考えられる中で、最小限の被害に抑えられる方法だ。

 よし。

 一呼吸し、一気に立ち上がった。ワイド水流が的を失い、空中に放出される。

 ズボンを降ろしたままの惨めな姿で、勢いよく振り返った。

 一瞬、スローモーションのように、ワイド水流から放たれた無数の水玉が宙を踊っているのを見た気がする。

 しかし次の瞬間、顔から上半身に掛けて、ワイド水流が降り注いだ。

「ウワァッッッッ!」

 叫びながら、トイレの蓋を閉じた。ワイド水流はトイレの裏蓋めがけて、今も水を放出している。

 尻も顔も、上半身もびしょびしょに濡れた俺は、その場に座り込み、ため息をついた。

 ふぅ、止まらない。

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