ファニーとアンジェリカ

ヤミヲミルメ

ファニーとアンジェリカ

【アンサンブル】【愛の対義語】【教条主義】



 決して広くはない、雑然とした部屋。

 一角の棚だけがやけに整えられて、二体の人形がちょこんと並んで腰かけている。

 美しいブロンドのファニーと、愛らしい桃色の髪のアンジェリカ。

 ファニーは夏っぽいTシャツとミニスカート。

 アンジェリカは魔法少女の衣装。

 二体の人形の視線の先では、美保奈という名前の人間が、あぐらをかいてカタログを眺めていた。


 開かれたページには、隅っこにイラストのアンジェリカ。

 アンジェリカは人気アニメのキャラクター・ドールなのだ。

 ページの中央には、新発売の、アニメの中のアンジェリカの憧れの王子様のドールの写真。

 美保奈はしばらくニヤニヤしたあと、カタログを閉じ、どこかへ出かけていった。


 鍵が閉まり、声を聞かれる恐れがなくなってから、ファニーが口を開いた。

「おめでとう。美保奈さん、王子様ドールをお迎えするつもりだわ」

「嬉しくないわ」

 アンジェリカは口を尖らせた。


「あら、アンジェリカは王子様を愛しているはずじゃない」

「それはアニメの中のあの子の話よ! わたしは違うわ!」

「じゃあ憎んでるの?」

「そんなんじゃない! わたし、王子様とは逢ったこともないのよ!」

「どうせ逢えば好きになるんでしょ。だってあなたはアニメのドールで……」

「アニメは教科書でも聖書でもないわ! あたしは人形のアンジェリカ! アニメのアンジェリカとは別の心を持っているのよ! 一緒に作られた同じ型のドールとも別の心……あたしが好きなのは……王子様じゃないの……」


 ガラスの目が潤む。

 この部屋にドールは二人きり。

 アンジェリカがここまで王子を拒む理由が、ファニーにも伝わった。



 ファニーはアンジェリカに手を伸ばしかけて、寸前で思いとどまった。

 連れて逃げられるわけじゃない。

 だってわたし達は人形だから。

 無責任な真似はできない。

 抱きしめて良いわけがない。


 この棚には人形を二体も飾るスペースはない。

 きっと美保奈はアンジェリカの隣に王子様を飾り、ファニーは……別の棚なんてない……きっと押入れにしまわれる。

 だったらこの子に余計な思い出なんて残してはいけない。



 二時間ほどして帰ってきた美保奈が、ジャジャーンと言いながら袋をかかげる。

 はて?

 アンジェリカは、心の中で首をかしげた。

 袋は王子様のドールにしては小さかった。

「王子様ドール、すっごい人気だったわよー。あっという間に売り切れてたわ。ま、今のあたしが買える値段じゃないし、飾る場所もないけどね」

 美保奈が取り出したのは、ドール用のドレスセットだった。

 白いブラウスと、秋らしい茶色のジャケットとスカートのアンサンブル。


「アニメの放送、終わっちゃったからねー。今日からあなたは普通の女の子。新しい名前も考えなくっちゃね」

 美保奈はアンジェリカの魔法少女の衣装を脱がせ、白いブラウスと秋色のスカートを着せた。

 それからジャケットに手をかけて、少し考え、アンジェリカを棚に戻して、ファニーのTシャツの上にジャケットを着せた。


「うん! やっぱり似合う!」

 美保奈は満足そうに微笑んだ。

 次の瞬間、ファニーの体がコトッと倒れて、人形同士が寄り添い合った。

 心なしか美保奈の目には、もともと笑顔に作られている人形達が、いつも以上に嬉しそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファニーとアンジェリカ ヤミヲミルメ @yamiwomirume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ