第13話 コハン氏族

 戦いのあと、リュウモは戦場に呆然と立ち尽くしていた。

 体格のよい屈強な男が近寄って来て、リュウモを見ると驚いた顔をした。

 リュウモは、はっとして、顔をそれ以上見られないよう俯いた。笠が無くなっていることに、このときようやく気づいたのだ。

 またなにか言われるかもしれない。そう思っていた。

「助かったぜ!」「ありがとうよ」「なんとかなった。本当、ありがとう」

 だが、戦士たちからかけられた言葉は、リュウモが考えていたものとはまったく異なっていた。彼らはずんずんとリュウモに近付くと、次口に、大雑把に頭を撫でた。彼らは一様に〈禍ノ民〉とは口にせず、助けられたことに感謝を示していた。

 なされるがままになっているとジョウハがやって来た。リュウモの無事がわかると礼を言って、他の人と同じようにわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。

 じわっと、心の奥が熱くなった。


「さあ、後始末は他の奴らに任せよう」


 ジョウハは、力が抜けているリュウモの手を引いて、足早に戦いの場から遠のき始めた。後ろでは、まだ戦士たちが勝利と生存の喜びを分かち合っていた。

 そこから離れ、彼らの声が小さくなるぐらいの距離を歩くと、いくつかのこじんまりとした家屋が姿をあらわした。その内のひとつの前で、ジョウハは立ち止まる。


「ほら、ここが俺の家だ。小さいが、中はそこそこ快適だから安心してくれ」


 戸を開いて、ジョウハは先にリュウモを中に入れた。


(あんまり、家の作りは変わらないや)


 でも、違う。似ているからこそ、はっきりとわかる。ここは、あの森深い故郷にある我が家ではない。帰って来て、迎えてくれる暖かい声はもう、聞こえてこないのだ。


「リュウモ? どうした、大丈夫か?」


 肩を揺すられて、リュウモは、はっとした。曖昧に笑って、心を見透かされないよう誤魔化した。

 草鞋を脱ごうとすると、血で湿っている。ねちゃねちゃとした物体まで引っ付いている。

 さっきの戦いで死んでいれば、自分がこんな風に、なにかわらかない、ねちゃねちゃとした物に変っていたかもしれない。……ぶるっと、体が芯から震えた。

 戦いから離れ、家に入ってようやく普通の感覚が戻ってきた。

 抑え込まれていた恐れが、戦いで渇いていた心に、じわじわと、沁み込んできた。

 もう一度、身震いした。


「リュウモ、怖かったろう。草鞋は俺が洗っておくよ。さあ、あがって」


 優しく、気遣いに溢れた言葉だった。ジョウハの優しさに導かれるまま、リュウモは家にあがった。

 居間に案内されて、リュウモは囲炉裏の前に腰を落ち着けると、途端に力が抜けた。

 立ち上がろうとしても、脱力し切った体では転んでしまうだろう。張り詰めていた緊張が途切れれば、この有様だ。どれだけ無茶、無理をしていたのか、身に染みた。戦いが終わるのが、あとすこし遅かったら、危なかったかもしれない。


「とりあえず、風呂だな、風呂。汚れたし、洗わにゃならん」


 言って、ジョウハは居間から出て行こうとした。彼を、故郷のいつもの癖で、リュウモは呼び止めた。風呂を沸かすのは、いつも自分の役目だったからだ。


「それなら、おれが」

「いやいや、村を救ってくれた相手にそこまでさせちゃ、俺が他の連中に怒られてしまう。大丈夫だから、ここにいてくれ。あ、水瓶はあっちにあるから、喉が渇いたら飲んでかまわないぞ」


 ジョウハは、言い終わるとすぐに居間から去った。

 ぼー……っと、リュウモは屋根を見つめながらすごしていたが、心が平静を取り戻し、落ち着いてくると、色々と考える余裕も生まれてくる。

 これからどうするか、食料は何日もつ? 北の〈竜域〉まではここからどれくらい? そこから〈竜峰〉には、どの程度進めばいい?

 堰が壊れたように、思考が濁流となって押し寄せてきた。自分自身から生まれた疑問に答えを返す間もなく、次から次へと浮かんでは消えていく。

 その、ある意味、頭脳の暴走とも言うべき働きを、ひとつの問いかけが堰き止めた。


(どうして、ここの人たちは、おれを怖がらないんだろう?)


 意味もわからず恐れられ、危害を加えらそうになったときとは違って、ここの人たちは友好的だった。『竜』と同じように、住んでいる場所によって違いがあるのだろうか。


(いや、すくなかったけど、おれを怖がってる人たちもいた。おじいさんに、多かった気がするけど……どうしてだろう?)


 戦っていたとき、ちらっと視界に入った人の中で、強い険悪が瞳にあったのを、リュウモは感じ取っていた。

 『气法』によって強化された感覚は、自分に向けられる敵意を、嫌でも伝えてくるのだ。

 年配の人たちは、かなり痛烈な、否定の感情があった。情念に囚われているようですらある。存在すら許したくない、というほどであった。逆に、年若い人たちは、まったく正反対といっていいものだった。

 両者の感情が向いている方向は真逆だ。しかし、歳の差だけで、あそこまで激烈に変わるだろうか。

 理解が及ばない。胸の内に、歯に食べ物が挟まったときのような気持ち悪さが広がった。


「おーい、風呂、湧いたぞ」


 ジョウハの声に、リュウモは考え事を中断し立ち上がった。

 彼の声が聞こえた方向に歩く。こぢんまりとしていると本人が自称していただけあって、迷うことはなかった。

 脱衣所の前で、ジョウハが待っていた。額には汗が浮かんでいた。

 ――やっぱり、手伝えばよかったかな……。

 ひとりですべての準備をさせてしまって、申し訳なく思った。


「一番風呂は譲ろう。さ、体を洗うといい。それとも、一緒に入ったほうがいいか?」


 リュウモは苦笑しながら、首を横に振った。今日、初めて出会った人と一緒に風呂に入るのは、恥ずかしかったからだ。


「そ、そうか……着替えは籠に入れておいたから、それを使ってくれ。俺が子供のころ使っていたやつだが、丈は大丈夫だと思う」

「ありがとうございます。なにからなにまで、お世話になってしまって……」


 にかっと、ジョウハは気持ちのよい笑顔を浮かべた。


「これぐらいじゃ、助けられた恩は返せていないってもんだ。おまえさんが助けてくれなきゃ、俺は今頃、熊の腹ん中に納まってたろうしな、なはは!」


 快活に笑って、ジョウハはリュウモの背を軽く叩いた。

 リュウモは背にかかった力に逆らわず、前に進んで脱衣所に入る。

 ここの構造も、実家とさして変わりはない。服を脱いで、籠の中に入れて、戸を開けた。

 幸い、風呂の作りも故郷と極端な変化はなかった。

 湯船があり、煙を逃がすための横長の四角い窓がある。木製の湯桶、手桶、椅子、などの用具も家にあった物と一緒だ。

 体の汚れを落として、湯船に入った。ほどよく熱くなった湯は、体の芯に溜まっていた疲れを、外側に出してくれた。

 脱力していい気分になってくると、頭が船を漕ぎ始めたので、リュウモは眠ってしまう前に風呂を出た。


「服も、あんま変わんないな」


 籠に入っていた服を手に取って広げて見た。奇抜な色合いや作りはしていない。森の外に暮らす人々も、自分たちと比べて、さして大きな違いはないように思える。


(いや、外の人たちは、おれたちと、なにか、すごい深い……溝、みたいなのがある)


 〈禍ノ民〉――自分をそう言った人たちの顔が、まだ脳裏にこびりついて離れない。

 自分が、傷つけてしまった人の、怖気と戦慄が入り混じった面持ち。

 突然、集団の中に化け物が我が物顔で侵入してきたように、恐慌をきたしていた人々。

 訳がわからない状況だが、リュウモでもはっきりとわかることがある。


(あの村の人たちは、おれを、)


 触れてはいけない、竜の逆鱗。そんな感じがしていた。もっとも、〈竜守ノ民〉は、『竜』が恐ろしいからといって、襲いかかったりは絶対にしなかったが。

 リュウモは、着替えに袖を通して、脱衣所を出た。廊下を歩いていると、味噌のいい匂いが漂ってきて、ぐう……と腹が鳴る。

 足早に居間へ戻ると、ジョウハは鍋を作って待っていてくれた。

 味噌の香りが鼻先で漂って居る。胃袋が、早く食わせろと音を鳴らして急かしてきた。


「はは、子供は腹が減るのが早いからな。小難しいことは置いておいて、まずは食おうじゃないか。ほれほれ、座んな」


 言われた通り、座布団の上にこしを下ろした。香があっという間に鼻の奥まで広がり、ますます腹が鳴る。ここまで拙僧なく自己主張されると、さすがにリュウモは恥ずかしった。


「なにはともあれ、まずは飯だ! たんと食って腹一杯になれ」


 料理がたっぷりと注がれた椀を渡され、リュウモは口をつけた。

 久しぶりに、まともな食事をした気がした。まだ、三日と経っていないのに。

 貪るように料理を食べ続けると、すぐに椀は空っぽになった。体はまだまだ足りないと、さらなる追加を要求してくる。

 他人の家に上がり込んでおいて、おかわりをするのはいかがなものか。どうしようか迷っていると、手にあった椀が、ひょいっと取り上げられた。空になった椀を見て、ジョウハは笑っている。


「まだ食うだろ?」

「え、あ、はい……食べます」


 内心を見透かされたみたいで、リュウモは小恥ずかしかった。うつむいて胸中を悟られまいとしたが、椀を受け取ったときに見えたジョウハの表情は笑っていた。余計に恥ずかしくなった。

 リュウモは、羞恥を誤魔化すために食事へ集中する。

 鍋は瞬く間に量が減っていくようだった。大の大人ひとりと、育ち盛りの子供と共闘されては、太刀打ちできなかったのである。

 四半刻もしないうちに、二人は食べ終えてしまった。


「ごちそうさまでした」


 パンっと、ジョウハが手を合わせた音が、家に響いた。


 満腹になって、ようやく精神的に落ち着けたリュウモは、村から出て初めて気兼ねなく休息を取ることができた。

 食べ終えたあと、ジョウハは食器を洗って風呂に入りに行った。

 あまり変わらない、しかし決定的に違う天上を眺めながら、リュウモは今後のことを考え始めた。


(〈竜峰〉には、どうやって行けばいんだろう……? そもそも北の〈竜域〉のどこにあるのかもわからないし)


 村では、〈竜峰〉の位置は秘匿され、知り得る者は、村長と護衛を務める戦士の長だけだった。

 リュウモが住んでいた〈竜域〉の大きさは、北のそれを下回る。小さい〈竜域〉ならまだしも、巨大な〈竜域〉へ目的地もわからず入るのは、自殺行為と同義である。


「どっかで、手掛かりを、手に入れないと駄目かぁ……」


 だが、どこで、どうやって? 協力してくれる人が多いとは限らないのは、身に染みた。

 それに、外の人々は、あるか昔の出来事を、今も伝え聞かせているだろうか。


(ジョウハさんに聞いてみないとわかんないか)


 結局、思考を整理すれば、そこに行き着いた。ただ、なにもせず無為に時間を浪費している気がして、リュウモは胸の辺りがむずむずする。

 急げ急げと、常に形のない、なにかに背中を押されているようで落ち着かなかった。

 囲炉裏の薪が燃え、パチ、パチ、と断続的に立てる音だけが部屋に響いている。

 昼間とは打って変わって、静けさが空気に染み込んでいた。

 ――ふいに……ポタっと、涙が落ちた。

 なにもすることがなくなって、無意識に自分の内へ手を伸ばしていたせいで、やっと悲しみが溢れ出て来ようとしていた。――ぐっと、顎に力を入れて、漏れそうになったすべてをもう一度、奥底に封じ込めた。

 それから、沈黙に耐え兼ねそうになったとき、幸いにもジョウハが風呂から出て来てくれた。


「すまんすまん。風呂でうとうとしちまった。色々あったせいで、なんか疲れていたらしくてな」

「大丈夫ですか?」

「応とも――と言いたいが、昔ほど体が動かなくなったねえ……俺も歳かな」

「いくつなんですか?」


 ジョウハの外見は、見えてせいぜい三十半ばぐらいだ。髪や顔、手、肌には老化の兆しが見え隠れしているが、致命的ではない。まさか、この姿で五十はないだろう。


「俺は今年でちょうど五十だよ。体は、まあ、まだ元気なんだが、心がなあ。昔ほど強く動いてくれんのよ」


 そう思っていたリュウモの予想を大きく上回る返答がきた。

 ――え、ウソでしょそれ……。

 思わず否定の言葉が飛び出しそうだった。

 リュウモの信じられないと言った表情に、ジョウハは苦笑する。


「俺たちコハン氏族ってのは、そこそこ寿命が長いんだ。その分、体も歳を取るのが遅いのさ」


 寿命が人より長い。

 夢や空想が現実に侵攻してきたような凄まじいことを、さらりと彼は口にした。

 それが、さも当たり前であるかのように。


「異能……ですか?」


 この言葉で意味が通じるか不安であったが、ジョウハは首を横に動かした。ちゃんと通じて、すこし、リュウモはほっとした。


「異能ってのは、人から外れた才や能力を言うもんだろ? 俺たちのこれは、なんというかな――――そう! 体質みたいなもんだ。氏族の連中は、大体長生きだから、異能って呼ぶほどのもんじゃないわな」


 異能とは、読みの通り『異なる能力』である。その力を、一個人か、極めて限られた人々しか保有していないものを指して言う。

 ひとつの氏族しか力を持たないならば、十分に異能と呼んで差し支えないはずである。


「その、十分人並み外れていると思うですけど、違うんですか?」

「う~ん……ここら辺は、判断が人それぞれだからな。おまえさんみたいに俺たちを異能者だと言うやつもいれば、皇都の本当に一握りのやつらこそが異能者だって言う人もいる。まあでも、基本的に俺たち『外様』の氏族を異能者だとするのは、少数だ」

「どうしてです?」

「皇都付近じゃ、本気でとんでもない異能者がいるからな。俺たちの体質なんざ、子供のお遊びみたいなもんよ」


 とりあえず、その『皇都』と言う場所には、絶対に近づかないようにしよう。リュウモは心に決めた。――――――バチっと、燃えていた薪が大きな音を立てる。

 あ……っと、言うべきことを言っていないのに気づいた。


(……! いえない。余計なこと、聞きすぎた)


 自分の悪い癖。聞きたがりのせいで、まったく質問できていない。

 リュウモは姿勢を正して、ジョウハをしっかりと見た。


「ジョウハさん、聞きたいことがあるんです」

「おうおう。小難しい話しってやつだ。いいぜ、なんでも聞きな」

「北の〈竜域〉には、どうやって行けばいいですか」


 ピタっと、ジョウハの動きが止まった。


「…………本気か?」


 凍った顔で、真剣に問い質すような口調だった。リュウモはうなずく。


「そうか――。〈竜域〉は神聖な場所だ。入ることは原則禁止にされてる。それでも、行く気なのか?」

「はい。行かなければならないんです」


 リュウモの瞳に映った決意を見ると、ジョウハは黙り込んで腕を組んだ。

 岩壁のように硬い沈黙が数秒、続いた。


「わかった。教えよう。でも、その前に聞かせてくれないか。――おまえさんの目的は、決して人を傷つける類のものじゃ、ないんだよな?」


 リュウモは、神妙にうなずいた。

 誓いを立てるような、重々しい動きに、ジョウハは安心したようであった。顔に寄っていた小皺が、ふっと緩んで消えた。


「北の〈竜域〉に行くには、まず北方の『外様』の領内に入らないといけない。ここは、皇国内でもかなり東にあるからな」


 ジョウハは、湯飲みを手に取って、中を口に含んで舌を湿らせた。


「この村から西北にある山間の道を進むと、大き目の町に出る。町に着いたら、さらに西に進むんだ。途中、それなりに村や町もあるから、道を聞くのもいいだろう。あとは街道に沿って北へ歩いて行けば、北方領内に入ることができるぞ」


 言われたことを、心の中で繰り返す。ジョウハの『气』の流れを読み取り、忘れないよう、しっかりと記憶する。

 その作業が終わると「ただなあ……」とジョウハが苦々し気に言った。


「簡単なもんじゃないぞ? おまえさんの場合、顔を見られないよう立ち回ることが必要だ。全員が協力的とは言えんからな。下手すりゃ、ひっ捕らえられて牢獄にぶち込まれてしまうかもしれん」

「わかりました。気をつけます」


 揺るぎもしないリュウモに、ジョウハは落胆したように息を吐いた。

 彼は、多少怖がるよう言えば、諦めてくれると思っていたのかもしれない。


「ハァ……いつ発つ気なんだ」

「明日にでも」


 もう夜だ。知らない土地で、真夜中に動き回ろうとするほど、リュウモは愚かでも、冷静さを欠いても無い。


「ま、待て待て。そんなこと言うがね、金はどうする? 食い物は来たに行くまで持つ分はあるのか? 最低でも二十日はかかるぞ」


 告げられた日数に、リュウモは押し黙った。金は仕方ないにしても、食料はそれだけの火をしのぐ分は持ち合わせていない。

 元々、護衛の中に食料番や運杯の係りがいたのだが、ごっそりと消えた。物資の不足はどうしてもいなめなかった。


「そこまで、持ってないです……」

「だろう? 準備もまったくしないで旅に出ようなんて、自殺行為もいいとこだ」


 なにも言い返せず、リュウモは口を閉じ、うつむいた。


「まあ、だから、まずは準備をすることからだな。じゃなきゃ、送り出す俺も気が気でない」

「え……?」

「命の恩人相手だ。くれぐらいしたって罰は当たらんだろうさ」


 ジョウハは、出会ったときと同じく、にっと、快活な笑みを浮かべていた。


 それから、色々な事情を、ジョウハはリュウモに話してくれた。

 皇国の成り立ち、その神話。

 〈禍ノ民〉と呼ばれる由縁。青い眼が国で忌避されている理由。

 『竜』が神聖視され、また崇められていること。

 すべての氏族が畏怖と敬意を持つ存在、帝について。

 今ではそれほどでもないが、『譜代』、『外様』にあった酷い軋轢。

 知りたいことを残らず聞き終えると、リュウモは怒りを通り越して呆然としてしまった。〈竜守ノ民〉が継承している伝承と食い違いがあり過ぎて、とてもではないが皇国の人々が言う〈禍ノ民〉が、自分たちを指しているのだと、思えなかったからだった。

 まるで、御伽噺の中に入り込んでしまったかのように、現実感が無い。

 そんな気持ちで、全部を聞き終えたリュウモは、ジョウハが用意してくれた布団の上で、横になって天上を見上げていた。


(おれたちが悪いって、伝えられてるけど)


 あらゆる悪事の元凶、悪の親玉みたいな言われ方をしても、〈竜守ノ民〉は首を傾げるだけだ。

 そもそも、〈竜守ノ民〉を〈竜域〉から引きずり出したのは、他ならない外の世界の人々である。そして、『竜』を武器として扱えるようにしろと要求してきたのも、彼らだ。

 ――なんか、すげームカムカしてきた。

 先祖たちの、苦しみ喘ぐ声が、聞こえてくるようだった。故郷から半ば強制的に連れ出され、『竜』を兵器として使わなければいけなかった当時の人たちの苦渋は、どれほどのものだったのだろうか。想像しただけで、胸が詰まった。

 荒波のように押し寄せた理不尽な仕打ちが、心を荒くれさせた。腹の辺りがむかむかする。

 布団の中にくるまって、叫び出したい気分になった。


「お~い、リュウモ。もう寝ちまってるか?」

「起きてます」


 戸が開いて、ジョウハが入ってきた。


「悪いな。明日のことでちょっと話がしたい」

「明日、ですか?」

「ああ、食い物を獲って来ようと思ってな。明日の朝、川に釣りに行かないか」


 つまり、自分の食い扶持を、自分で獲ろうということだろう。


「でも、その、釣りとかしたことないです」


 水辺には、『竜』も集まって来る。ある時期しか川に近寄れない〈竜守ノ民〉にとっても、よほどのことがなければ、子供を釣りに同伴などさせなかった。


「なんだ、ボウズが怖いのか? 気にするこたあない。もし釣れなかったら、俺のを分けてやるから安心しな」


 愛想笑いではなく、親愛な相手に向ける、そんな笑みだった。

 ぺこりと頭を下げると、ジョウハは部屋から出て行った。


(外の人にも、色んな人がいる……『竜』に沢山の種がいるみたいな)


 〈竜守ノ民〉を迫害するような人もいれば、受け入れてくれる人もいる。

 不思議な気持ちだった。腹立たしくもあり、安心感を抱かせる、奇妙な感覚。


(これが、外の世界……おれの、知らない場所)


 たった二つの氏族だけでこれだけの違いがある、なら、ここ以外ではどうなのだろう。

 考えただけで、知恵熱が出てきそうだった。

 途方もない世界が、広がっている。もしかしたら〈竜域〉よりも巨大かもしれない、


(こんな、大きなモノに、おれは立ち向かわないと、駄目なんだ)


 この天上の外には、広大な外――いや、人の世界が存在している。多くの人がいて、様々な思想や力を持つ氏族たちが生活しているのだ。

 リュウモは、伝承の一節を、ふと思い出した。たった数日前に覚えた、あの伝承を。


 されど、心せよ。天へと我らが祈り届かず、竜の峰へ辿り着くこと叶わず、人の業によって阻まれし時、天は我らを灰燼と化すであろう。


「頑張らないと、な……」


 眠気が急に襲って来て、まともな寝床の感触に誘われ、リュウモは眠りに落ちて行った。


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