第4話

「有能な魔道士には心当たりがないな。詐術と虚勢ばかりの下衆な魔道士たちしか知らぬわ」

 と、ロザミアがいった。

「そうか。知らないなら、仕方ないなあ」

 おれはため息をついて、リーゼの方を見る。おれをこの世界に召喚した責任はリーゼにある。

「そんな目で睨まれても、めかけは困るのです。めかけだって、有能な魔道士なんて、一人も知らないのです」

 リーゼが悪意のない笑顔で答える。ちくしょう。どうしたらいいんだ。それなら、これからいったいどこに向かったらいいんだ。

「行く当てがないなら、行き先はわらわが決めよう。この近くに、凄腕の女剣士がいる。会うのは四年ぶりになるが、試しに訪れてみてもよいかな」

「凄腕の女剣士か。確かに、この怪物だらけの世界では、必要な人材だなあ」

「その女剣士は決して悪人ではない。むしろ、クソ真面目で、実直すぎるくらいだ。四年前から変わっていなければな」

「めかけに異存はないのです」

「なら、決まりだ。その女剣士のところに行こう」

 リーゼの意見を確認して、おれが決めた。

 そして、領主の城を出て、三日ほど東に歩いた。途中、宿屋があれば宿屋に泊まり、宿屋がなければ、毛布にくるまって野宿した。今は夏らしく、それほど寒くはなかった。この大陸は、年中、暖かいのだとロザミアが教えてくれた。

 旅の途中で、サイクロプスに出会った。一つ目の巨人だ。五メートルはあるかという巨人で、巨大な棍棒をもっていた。

「なんという不運だ。こんな強い怪物に出会うなんて」

 ロザミアが恐怖で逃げようとしていた。

「心配いらないのです。救世主さまに適うわけありません」

 とリーゼがいうので、仕方なく、おれが相手をすることにした。凄い速さで、サイクロプスは棍棒をおれの頭上に振り下ろしてきた。それを剣で払う。棍棒がおれの剣に当たって、ぶっ壊れた。

 きょとんとするサイクロプス。おれに棍棒を壊されたのは、サイクロプスにとっても意外なようだった。

 ちらっと後ろを見ると、ロザミアは真っ青になってがたがた震えていた。

 まあね。おれはほとんど力を入れてないんだが。棍棒だって、軽く払っただけだし。

「逃げるか、サイクロプス?」

 おれが声をかけたら、一つ目巨人はごおおっと吠えた。

 素手で殴りかかってくる。ことばが通じたのだろうか。愚弄されたと思ったのかもしれない。

「おりゃ」

 おれが剣を振ると、サイクロプスの足はべちゃっと砕けた。倒れたサイクロプスの腹を切って、とどめをさす。

「わあ、さすが救世主さまですう」

 リーゼが喜んでいる。

 ロザミアはというと、状況が信じられないらしかった。

「まさか、勝ったのか? サイクロプスに」

 声が震えている。

「ご覧のとおり」

 おれはサイクロプスの死体に目をやった。足と腹が砕け、目が白目を剥いている。当然、動かない。

「信じられないな。まことの腕は、これから会う女剣士アイザに匹敵するかもしれん」

 ほう。これから会う女剣士はおれと同じくらいに強いのか。おれは何だか、楽しみになってきた。

 そして、田舎町から離れて、さらに山奥の僻地に、一軒の山小屋があった。そこで、女剣士が素振りをしていた。

「えいっ、えいっ、えいっ」

 大きな剣を手に、真剣に修行に励んでいた。

「アイザではないか。久しぶりだな」

 ロザミアが声をかけた。素振りをしていた女剣士は、目を点にして、喜びの声をあげた。

「まさか、ロザミア様ですか?」

 女剣士がロザミアに向かって、走ってくる。おれとリーゼは、後ろに控えて見ていた。

 女剣士は、ロザミアの手前一メートルの距離に片膝をついて座ると、頭を下げ、忠誠を示す態度を表わした。

「ロザミア様、ご無事で何よりです。帝国の危機に、このアイザ、お役に立てなくて申し訳ございません」

「謝るのはこちらの方だ。わらわの無力さゆえに、帝国は滅びようとしている。わらわには、どうすることもできないのだ。もはや、わらわに仕えてくれる騎士は、アイザ、今はお前しかいない」

 おれは首をかしげて、口をはさんだ。

「あのさ、ロザミアが偉い人だってのはわかるんだけど、ロザミアって、具体的にどれくらい偉いの?」

 きっとアイザの視線がおれを刺した。

「何も知らないのですか、この従者たちは」

 アイザがいう。

 おれたちは従者にされてしまった。旅仲間ではないのか。

「うむ。わらわは身分を隠しておったのでな」

 ロザミアがいう。困っているようだ。

「なあ、いい加減に教えてくれないか。ロザミアって、何者なんだ?」

 おれが聞くと、アイザがロザミアに質問した。

「教えてもよろしいでしょうか」

「うむ。わらわから話そう。この者たちは、信用できるようだ。すでに、わらわの命を助けてもらっている。教えてもよかろう」

「はい。ロザミア様」

 そして、ロザミアがこちらを向いた。

「わらわは、かつて大陸を支配していたバッシュ帝国の今は亡き皇帝ルドルフ十三世の次女、ロザミア・バッシュである」

 おれは正直、ちょっと驚いた。この世界の知識がまったくないおれであるが、皇帝の娘というのは、すごく近寄りがたい存在ではなかろうか。

「リーゼ、帝国ってのは何なんだ?」

 おれがしゃべると、アイザから罵声が飛んだ。

「なんだ、この男は痴呆症か何かか。帝国が何かもわからないのか」

 まあ、そういわれても、おれがこの世界に来てまだ日が短く、おれがこの世界の事情をまるで知らないことはリーゼならわかるはずだ。

 リーゼは答えた。

「バッシュ帝国というのは、八百年にわたって大陸を支配していた伝統ある帝国ですが、残念ながら、今年滅んでしまいました。皇帝も、皇太子も、お姫様も殺されたと聞いてますから、ロザミア様が本当に皇帝の次女なら、バッシュ帝国の帝位継承権をもつ最後の一人ということになります」

 ロザミアがいきり立って発言した。

「確かに、父上も兄上も姉上も死んだ今、バッシュ帝国の皇帝の血を引くのは、わらわ一人しか残っていない。だが、まだ滅んではおらん。わらわが残っておる。わらわは、必ず、バッシュ帝国を再興し、憎きスニークから皇帝位を守ってみせる」

 ロザミアは毅然としていた。

「ロザミア様、ご心中お察しします。このアイザ、命尽きるまでロザミア様に忠誠を誓う覚悟であります」

「うむ。どうだろう、アイザ、まこと、リーゼ。わらわたち四人だけしかおらんが、今一度、この四人で大陸を奪い返さないか」

 ロザミアがおれたち三人に、とんでもない話を持ちかけてきた。ロザミアは恐らく本気なのだろう。たった四人で大陸が奪い返せるだろうか。難しいとしかいわざるをえない。だが、この無謀な決断をする信念がロザミアにはあるのだろう。

「このアイザ、当然、お力添えをする所存でございます」

 アイザが最初に忠誠を誓った。

 おれはリーゼの方をちらっと見ながら、

「いいよ。面白そうじゃん。帝国をおれたちの手で奪い返そう」

 と答えた。

「めかけも手伝うのです」

 リーゼがいった。

「よし、決まりだ。この四人で、スニーク帝国を滅ぼし、バッシュ帝国を再興するぞ。必ず、必ず、わらわは成し遂げてみせる」

 ここに、ロザミア皇女の大反撃が始まったのである。

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