第10話 五月とヒロシ

 月曜日、めいとさんは朝から朝霧家へ行っています。

 五月先生とヒロシのふたりきりです。

 五月先生はお部屋で執筆しているのですが……あまり進んでいないようですね。

 キーボードを叩く音が、たまーにしか聞こえてきません。


「ふぁーあ」

「先生、お昼どうしますか?」

「メイドは何を用意していった?」

「夜は鶏鍋の用意してあるんですが、昼は特に何もなくて……」

「そうか」

「できるのは……トーストとサラダくらいですかね。卵は一個しかないです」

「ちょっと味気ないな」

「粉末のコーンスープがありました」

「夜が鶏鍋なら、昼はそんなんでいいか」

「ですね」


 男所帯ってこんなもんですかね。

 冷蔵庫にはこま肉と刻んだ野菜、麺が入っているのですけど。

 めいとさんはお昼用にと、ちゃんと焼きそばを用意していったのですよ。

 さてはヒロシ、作るのや洗うのを面倒に思って、手を抜いたのかもしれません。

 ヒロシのことですから、ホントに気付かなかった可能性も大ですが。


「ふぁーあ」

「先生、ゴミありますか?」

「ん? いや、ないな」

「じゃあ、モフモフで棚とパソコン拭きますね」

「ん」

「掃除機はどうします?」

「そんな汚れてないし、いいんじゃないか?」

「ですね」


 いやいや五月先生、隅に埃たまってますけど?

 食べ終わったお菓子の袋も床に転がってますよ?

 男所帯でも、これはいただけないのでは……ね。

 ヒロシも五月先生も、めいとさんに叱られますよ?


「ふぁーあ」

「先生、お昼できました」

「ん」

「先生、午後は執筆の続きですか?」

「んー、今日はいまいち筆が乗らないんだよなぁ」

「先生、それ言うなら指がでしょ」

「ヒロシくん、そこ突っ込まない」

「すんません。たしかに、さっきからあくびが多いようですね」

「んー、食べたら昼寝でもするかな。ヒロシくんはどうする?」

「洗濯しますかね」

「午後から雨だってテレビで言ってたぞ」

「うわ、そうですか……じゃあ洗濯は明日にしますか」

「ふぁーあ」

「ふぁーあ」

「暇ですね、先生」

「暇だな……」


 締まりのない会話です……。

 ふぁーあ、聞いてるこっちもあくびが出ます。

 で、二人とも昼寝を始めましたよ。

 めいとさんのいない日は、おおむねこんな感じです。

 ま、知らぬが仏。

 めいとさんに見つからなければいいのです……ね、おふたりさん。



 火曜日の朝。


「じゃんけんぽん」

「あいこでしょ」


 え、おふたりさん、朝っぱらからじゃんけんですか?


「やった!」

「ヒ、ヒロシくん……」

「駄目ですよ先生、一回勝負って約束です」

「ち……」

「勝負に上下関係はありません」

「わかった、わかった」


 五月先生、口でも負けてしまいました。

 いったい何を決めていたのでしょう?


「納豆にはやっぱり卵が入ってないとですよね。うまい」

「ヒ、ヒロシくん……」

「あげないですよ」

「いや、二人分の納豆を一緒に混ぜればよかったのではないかと……」

「あ……い、今から混ぜます?」

「もういい」

「すみません」

「じゃあ、夕べの鍋の残った鶏は私のだからな!」

「え! そ、それは……」

「早い者勝ちーっ」


 なんなんでしょう……。

 小学生の会話を聞いているようです。

 このおふたり、どちらもいい歳なはずなんですけねぇ。

 朝食が終わったら、のんびりしていられないですよ。

 鍋や食器の片付け、洗濯もしておかないと。

 めいとさんが帰ってきてしまいます。


「あ、テーブルクロスに醤油こぼしたの忘れてた。洗濯、洗濯」

「ヒロシくーん、ポテチの空き袋がぁー」

「やべ、茶碗の干涸びたご飯取れない」

「ヒロシくーん、掃除機も出してくれぇー」


 さあ、タイムレースが始まりました。

 おふたりさん、証拠隠滅手抜かりなく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る