第9話 人形じゃない
金曜日、めいとさんは朝の八時に朝霧家に出勤します。
マサトさんとサトルくんは七時半頃に、ふたり揃って出かけます。
「奥様おはようございます。今日は何から始めましょう?」
「おはよう、めいとちゃん」
「あ〜、まずリビングからですね。糸くずがすごいですから」
「そんなの後でいいわ。それより、めいとちゃんのお部屋へ行きましょ」
「わたくしの部屋ですか?」
「はい、服脱いで」
「で、ですからお、奥様それは……」
「違うわよ。出来上がったの」
「あ、オレンジ色のメイド服」
めいとさん、廊下と階段で服を脱がされ、下着姿で部屋に入りました。
部屋の正面に、ハンガーに吊るされたメイド服にうっとりです。
薄オレンジ色で、袖口や衿に黒のパイピングが利いた、ちょっと大人なメイド服。
それと真っ白な、裾と胸元にレースが使われたエプロン。
なんだかファッション雑誌に載っているような、おしゃれなおしゃれなメイド服です。
「素敵……」
「でしょ、でしょ? 渾身の作品よ」
「でも奥様、これ着てお仕事するのはどうでしょう……汚せないです」
「いいのよ。また新しいの作ってあげるから」
ブロー、ブロロロロ……。
コロコロ、コロコロ……。
「アポロさん、ちょっとすみません」
キャン、キャンキャン……。
アポロくん、掃除機もコロコロもお嫌いのようです。
めいとさんが掃除を始めると、あっちへこっちへ逃げ回ります。
ブロー、ブロロロロ……。
キャン、キャンキャン……。
〈ふ〜ん、とっても素敵なメイド服なのですが、やっぱり少し動きにくいです。汚しちゃいけないと思うと、いつものように放胆には動けません……〉
コロコロ、コロコロ……。
〈そうかといって、おしとやかにしていたらお仕事になりませんし……。どうしましょう〉
フキフキ、フキフキ……。
コロコロ、コロコロ……。
キャン、キャンキャン……。
「なんだか賑やかね。アポロ、吠えまくりじゃない」
「はい、今日はやけに……。奥様、リビングはもう終わります。次はお台所……」
「めいとちゃん、ちょっとそこでポーズして」
「はい?」
「いいから」
「こ、こうですか?」
「いいわよ。そんな感じ」
パシャッ……。
「逆向いて。はい、もう一枚」
パシャッ……。
「はい、今度はソファーに座って」
「はい……」
「アポロ抱っこしてみて」
「はい……」
「んー、可愛いわ」
「奥様、お台所……」
「んー、いいのいいの。午後に私がやるから」
「でも……」
「今度はお庭で撮りましょう。アポロとじゃれ合って」
パシャ、パシャッ……。
パシャッ……。
〈奥様、わたくしお仕事したいです〉
「はい、今日はおしまい。うふふ、楽しかったわ。お茶にしましょ」
「奥様ぁ、お台所ぉ〜!」
「いいのいいの」
「なら、お茶はわたくしがご用意します」
「いいの。可愛く座ってて。次は色違いで水色も作りたいわ」
そのあとしばらく、カオルさんはソーイングモンスターと化しました。
新作をめいとさんに着せては写真をパシャリ。
とっかえひっかえ、あれもこれも。
めいとさんはその間、ほとんどメイドの仕事ができないでいました。
「この写真をネットに上げたら、オリジナルブランドで商売できるかしら」
「奥様、お仕事させてください……」
「さ、今度はこれ着てみて」
〈もう! わたくし着せ替え人形ではございません!〉
三週間ほど、めいとさんはお人形になりました。
救いだったのは、カオルさんが意外と飽きっぽい性格だったこと。
当然、オリジナルブランドもできませんでした。
めいとさん、お疲れ様でした。
思う存分、メイドのお仕事してください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます