第2話 素敵なお部屋
五月先生は家に帰っていきました。
彼が道々、何度も後ろを振り向いていたのを、めいとさんは知りません。
ホントは、すっごく心配しているのですよ。
「じゃあ、めいとちゃん、お部屋見てみて」
「はい、奥様」
「二階の、ここよ」
「わぁ〜、ステキですぅ〜」
おや、めいとさん、お部屋を一目見ただけで目の色が変わりましたよ。
ピンクのふりふりカーテン。
薄オレンジ色のカーペット。
パッチワークのベッドカバー。
白い壁紙と白い家具。
貝殻飾りのフォトスタンド。
わお、もうすべてがめいとさん好みです。
「みんな結婚前に私が使ってた物よ。捨てられなくて持ってきちゃったの」
「素晴らしく素敵でございます、奥様」
「娘が出来たら使おうと思ってたんだけど、生まれたのは息子だったから」
「そうでございましたか」
「めいとちゃんに使ってもらえるなら、この子たちも喜ぶと思うわ」
「はい。大切に使います」
「うふふ」
奥様のこの『うふふ』、なんだか意味深ですよ。
めいとさん、大丈夫ですか?
気付いていないめいとさんは、すっかり心を奪われてしまったご様子です。
「じゃあ、しばらくお部屋で休んでて。夕飯の支度の頃声かけるから」
「はい。奥様」
〈五月様のお宅は純和風で、実家にも似てますし落ち着くのです。でも、こんなおしゃれなお部屋にもずっと憧れておりました〉
五月先生の家は、まるでおじいちゃんの家みたいです。
飾り気のない無地のカーテン。
畳に、染みの付いたカーペット。
ほとんど万年床のせんべい布団。
塗り壁に古びた家具。
お多福に負けてる王将飾り。
ですからね、無理もありませんが……。
〈いえ、五月様のお宅が嫌なわけではありません。どちらかというと好きなのでございます。でもここにいると、メイドではなくお姫様になったような気持ちでございます〉
おや、めいとさん、お姫様は言い過ぎじゃないですかね?
ま、いいですか。
この嬉しそうなお顔、こっちまで嬉しい気持ちになります。
〈自分のお部屋があれば、仕事中のお休憩もゆっくりできます。着替えや日用品を用意しなくちゃですね。プチ引っ越ししましょう〉
おっしゃる通り、プチにしておきましょうね。
本引っ越ししちゃだめですよ。
ま、めいとさんに限っては、それはないでしょうけど。
〈このベッドカバー、奥様の手作りでしょうか。もしそうなら、教えていただきたいです。わたくし、ボタン付けも失敗しましたから……〉
そうそう、そうでした。
五月先生のお気にのジャケットに血痕付けて、柄物にしましたもんね。
めいとさん、料理と掃除はそこそこですが、裁縫のセンスはイマイチなのです。
しっかりお勉強してください。
「めいとちゃん、そろそろ始めましょう」
「あ〜い、奥様」
「どう? あのお部屋」
「とっても気に入りました」
「そう言ってもらえて私も嬉しいわ」
「お姫様になった気持ちです」
「そんなに? まあ、五月先生のお宅は古いみたいだものね」
〈奥様、その古さもいいのでございますけどね……。それより、絶対あのふたりだけだったら、家の中が大変なことになります。絶対です!〉
めいとさん、さすがメイドです。
おうちを汚されるのは許せないようです。
「今夜はポトフと鶏の唐揚げ。めいとちゃん、何か箸休め作ってくれる?」
「はい、かしこまりました」
「冷蔵庫の中の物、自由に使ってね」
「こんにゃくとささがきごぼうの、ピリ辛きんぴら作ります」
「ま、美味しそう」
「奥様、お食事のあとで、荷物を取りに行ってきてよろしいでしょうか?」
「そうね。着替えとかも必要よね」
「はい。ヒロシにもきちんと注意しておきたいことがございますし」
「いいわよ。でもめいとちゃん、必ず帰ってきてね」
おっ! 奥様、なかなか鋭いですね。
なにしろ、実家に帰ってもホームシックになるめいとさんです。
ホントにちゃんと、帰ってきてくださいね。
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