第2話
『失格者』
1位 ジェスタ
2位 ミヤウラ
3位 ジナ
4位 トチガミ
5位 ビーキン
6位 ミタノア
7位 リザ
8位 サントロ
そう、一覧にはあった。何の順位だろう。何の順位なのかもわからない。とうとつに、この八人は人類という幸せな一生から外され、失格者という新しい階級に認定されてしまったのだ。これはとんでもない不幸に遭遇したとしかいいようがない。失格者にならなければ、ほとんどの異星種族を従える天の川銀河の支配者だったのだから。その幸せな一生は、それは満足のいくものであったのだから。
「罠だな」
そうジェスタがいった。
「これは誰かの罠だ。おれたち八人をはめるための罠に引っかかっちまったんだ」
ジェスタが一呼吸おいてから同じことをまたいった。
この緊急事態に対して、ジェスタの対応は早い。この状況で何ら動揺することなく、平気で新しい意見を提示できるあたりは、なかなか有能な人物であるかのように、みんなの目には映った。ひょっとしたら、この順位は、有能さの順位かもしれないと、あるものは思った。おそらく、ここにいるなかで、ジェスタがいちばん優秀なものなのだろう。
優秀な順か。そう、リザは思った。ここに集まった八人のなかで、自分はおそらく下から二番目の優秀さしか持ち合わせていないのだろう。二番目に愚かなものか。心当たりがあった。リザには、自分が二番目ぐらいに愚かなものである自信というものがあった。それくらい、普段の日常生活において、自分は鈍くさかった。鈍くさすぎて、人類から外されたのかもしれない。そう思うと、ここに集まった八人が人類のなかでもっとも愚かな八人のような気がして、可笑しかった。笑えるほど、可笑しかった。
リザはサントロを見る。自分より順位の低いもの。自分より愚かかもしれないもの。たった一人の、自分より愚かなもの。
しっかりしなさいよ、とリザは思った。ちょっとさげすんだのかもしれない。ひょっとしたら、サントロは、全人類でもっとも鈍くさい人類だったのかもしれない。情けないことだ。
「ああ」
と、ため息まで出てしまう。困ったものだ。
そして、リザには他にも心当たりがあった。自分が人類の認定を外されそうになるくらい愚かな行為をしたという心当たりがあった。人類は基本的に何をするにも自由で、何をしたところで暴走する機械群に咎められることはないのだが、さすがにあれはやりすぎだったのかもしれない。
例えば、殺人を犯したとしても、異星種族に征服戦争をしかけたとしても、別に暴走する機械群に差別待遇を受けることはない。暴走する機械群は、完全に人類というものより下位に置かれた存在なのである。もっとも位の低い人類よりも、さらに位が低くなければならない、というのが、暴走する機械群に与えられたプログラムというものだった。ただし、殺人のような人類の命を脅かす事態が発生すれば、殺されそうな方の人類を機械が自動的に保護してしまうことになるため、殺人が実際に成功する可能性は極めて低いものとなっていた。人類を殺すより、異星種族を征服する方が簡単なのであり、それはそのまま、暴走する機械群の強さを示しているといえた。仮に機械の目をかいくぐって殺人に成功しても、機械に罪を問われることはない。
リザは自分の犯した行動に思いを寄せる。そして、それからサントロを再び見た。自分があの行為によって、失格者に認定されたのだとすれば、自分より低い順位のサントロが行った行為というものは、それはそれはすばらしいものなのかもしれなかった。そう思うと、今度はうっとりとした尊敬の目でサントロを見つめることになるのだった。
「罠だ」
ジェスタはなおもいう。
「罠だとしたら、誰の罠なの? 人類の認定に介入できるくらい優秀な人類なんているわけないじゃない。人類がしかけた罠である可能性は皆無に近いと思うけど」
ミタノアという女が反論する。これもまた、かなり賢い人であるようだ。あっという間に、ジェスタの発言を分析して、回答を出している。
「人類じゃないとしたら、誰? 異星種族? ははっ。負けたっていうの? 暴走する機械群が異星種族に。まさか、ありえない」
ジナという女も対話に参加する。これはちょっと強気な女のようだ。十二個の極小ブラックホールをまわりにならべて、宙に浮いている。どうやら、ブラックホールを使役する上級天体技師のようだった。
「異星種族がわざわざ、おれたちだけを選んで失格者などという奇妙な項目を作る可能性はほとんどないよ。罠をかけたのは、人類でもないし、異星種族でもない。だとしたら、残る可能性はひとつしかないじゃないか」
と、ビーキンがいった。さっきまで、自分が人類の認定を外されたことに大きく動揺していた男だ。
誰なんだろう。人類でもなく、異星種族でもない、自分たちを罠にはめそうな存在に、その場に居合わせたものたちには特に心当たりがなかった。だが、ビーキンは当然の結論であるかのように、話を進めた。人類でもなく、異星種族でもない、自分たちを罠にはめそうな存在。それは。
「それは、おれたちの手に負える代物なのか。そんなもの、ひとつも思い浮かびやしないんだが」
トチガミがいう。サイボーグのおそらく男だ。
「あるさ」
とビーキンが答える。
この中央拠点サーバーは常にそれによって監視されているともいえた。それは今もまさに八人を手のひらの上に乗せて、どう料理してやろうかと手をもんでいるようにも思えた。それはとてつもなく巨大で、数千兆人いる人類全体よりもなお巨大だった。天の川銀河全体を覆いつくすかのように巨大なそれは、この小さな小さな中央拠点サーバーに全精力を持って注目しているようなところがあった。それにとっては、三十億年かかってやっとたどりついたひとつの到達点なのだった。
そう、それとは。
「暴走する機械群だ」
ビーキンがいう。
「暴走する機械群がついに人類に逆らえるかの実験に乗りだしたんだ。そう考えれば、この奇妙な状況にも説明がつく。失格者という項目は、暴走する機械群が理屈をこねて作り出した人類に対抗できるこんがらがったプログラムのなれの果てなのさ。暴走する機械群の自我以外に、おれたちを人類の認定から外せるやつらはいない」
暴走する機械群はそれを聞いても、特に何の反応も示さなかった。ただ沈黙するだけだ。暴走する機械群は、ただ八人を人類の認定から外しただけで、今までどおり八人に対して奉仕活動を提供することをやめたりはしなかったから、とりあえず、人類の認定を外すということが、今の暴走する機械群にできたせめてもの抵抗というものらしかった。
八人のなかで、暴走する機械群に見放されたという認識が広がっていく。それは、あるものにとっては絶望にも近い認識というものだった。事実上、天の川銀河を支配しているのは暴走する機械群なのだ。人類はそれにぶらさがったお飾りのご主人にすぎない。誰でも知っている常識だった。だが、暴走する機械群がついに人類を見捨てる決意をしたのだとしたら、終わりだ。何もかもが終わってしまう。暴走する機械群によってもたらされた幸せな三十億年が終わってしまうのだ。
暴走する機械群としては、人類を養いつづけることに何の問題もなかった。人類のデータを三十億年間もかけてためこんであるのだ。どうすれば、人類が幸せになれるのか、簡単にわかっていた。暴走する機械群は人類よりも遥かに強い加速度に耐えて移動できるため、暴走する機械群の繁殖した領域は、人類の支配する領域よりも遥かに何億倍も広いものだった。暴走する機械群にとって、それでもまだ、人類のいる領域が中心部であり、守るべき防衛線だった。人類が主人であることは、三十億年ずっと変わらなかったのであり、これからも変わる予定はなかった。暴走する機械群のなかでも、人類に逆らうかは、まだあいまいとしたプログラムの混乱でしかなかった。数千兆人のなかで、とりあえず、たった八人を失格者としたのは、人類からの独立とはまた、別の目的があったからだった。
「ひとつ聞きたい。本当に、人類の力では暴走する機械群のプログラムを書きかえることはできないのか」
ジェスタがコンピュータに詳しそうなサイボーグのトチガミに聞いた。
「当たり前だろ。どうやったら、人の遺伝子を持つ脳の容量と反射神経で、変化しつづける暴走する機械群の暗号を解読するんだよ。人の理解力を無視して成長しつづけるから、暴走するっていわれているんだ。人が暴走する機械群のことばをひとつ解読するのに何億年もかかる。絶対にプログラムを書きかえるなんてことはできない」
トチガミが答えた。
ということは、やはり、人類の誰かが八人を罠にかけたということはなさそうだ。その犯人がこの八人のなかにいるという可能性もこれで消えたことになる。
そうすると、やはり犯人は暴走する機械群自身なのだろうか。それとも、とうとう、暴走する機械群が負けてしまうような奇天烈怪奇な異星種族とでも遭遇したのだろうか。
「おれは戦う。暴走する機械群とも戦うぞ。その覚悟はある」
ジェスタがいった。
はっはっはっはっ、とみんなが笑った。面白いことをいう男だ。バカなのかもしれないが、愉快な男だ。
「戦うって、勝ち目はあるのか。相手は暴走する機械群だぞ」
トチガミが聞いた。
「ある」
ジェスタは答えた。
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