第29話 ケモ耳海兵隊
追跡がなくなり、バクバクだった心拍数も落ち着いたところで――
「お、オッサン、あんた何もんだ……?」
――再び安全運転へと戻ったステファニーの駆る教習車に揺られながら、シャルロットさんがそう問うた。
俺も、すさまじく気になっている。
俺から拳銃を受け取った彼は、何のためらいもなく迷惑運転をかましたスポーツカーのタイヤを撃ちぬいてスピンさせ、追手ともども始末してしまったのだ。
その一連の流れの鮮やかさたるや。地上戦闘に関してはズブの素人である俺から見てもわかる。
――このオッサン、ただものではない――
と……。
そんなことを考えながらも、いつの間にか俺たちはマルタの街を抜け、アーネストリア空軍基地へと延びるハイウェイへと差し掛かっていた。
さっきまでのあわただしさが嘘だったかのように、今日も美しいライムグリーンの絨毯がそよ風に揺れている。
小さな雲が午後の太陽を遮ってはまた流れ、まるで早送りでもしているかのように平原は多彩な顔を見せた。
「まぁ、君たちのある意味先輩。とだけ言っておこうかな?」
そんなのほほんとした空気と同じくらい緊張感のない声で、教官はそうとだけ言って微笑んだ。
そして視線を進行方向へと戻し、
「お、君たちのお迎えが来たみたいだよ」
「お、お迎え!? 地獄からのですか!?」
そう、落ち着いた口調で笑った。
もう、このオッサンの言葉が死神のささやきに聞こえてしまうようになっていた。
だって笑顔のままスポーツカーをクラッシュさせて、追手まで片してしまうオッサンなんだぞ? 恐怖を感じない方がおかしい。
「ははは、違うよ。前を見てごらん」
彼の言葉を受け、恐る恐る視線を進行方向に向ける。
対向車線から、屋根に機関銃を乗せた軍用四駆を先頭にした、誰が見ても軍だとわかる車列が接近してきていた。
「おせぇっつうの……」
シャルロットさんの呟きが、平原へと吸い込まれていく。
「ステファニー、車を止めてくれ」
「わ、わかりました」
路肩に車を止め、外へ。
そして軍用車両の車列へと、シャルロットさんが手を振った。
先頭を走っていた軍用四駆の機関銃手が、こちらに気づいて車列を停止させる。
本当に、来るのが遅い。いや、連絡を受けてすぐ出発してくれたのは間違いないだろう。
それでも、
「もう終わってるっつーの……」
俺もそう呟かずには、いられなかった。
※
「すまない、遅くなった」
装甲車から颯爽と飛び降り、俺たちにまず話しかけてきたのは筋骨隆々の大男だった。
ウッドランド迷彩のBDUに身を包み、上半身には様々な装備品を取り付けるためのプレートキャリア。足のホルスターには黒い大型拳銃。
そして当然のごとく、ゴテゴテにアタッチメントが取り付けられた、所々塗装が剥げて地金が見える歴戦のMk3アサルトライフルを携えている。
ここまでは、まぁ普通の兵士だなぁくらいにしか思わない。
でも俺は、そんなことよりもある一点に意識を集中してしまい、言葉を発することができなかった。
「え、えぇと……」
「あぁ、君が例のスパロウ二番機か。サイナス司令から話には聞いている。異世界の人間なのだろう? これからよろしく頼む。それと、この前は助かった。礼を言う」
深々と頭を下げた彼。例えるならば身長二メートル近いブルース・ウィリスとでも言える端正な顔立ちの、その上。
近年のブルース・ウィリスよろしくつるりと禿げ上がったボーズ頭に、フッサフサのケモ耳が生えていたのだ。
いや、ケモ耳が生えている亜獣人やエルフなどの『亜人』がこの世界にいることは知っている。リュートさんも横に耳の長いハーフエルフだ。
だけどこれはあまりにも、アンバランスというものではないだろうか?
少し視線を下すと、ハリウッド映画で良く見るあの渋くてイケメンな顔だち。そこから再び視線を上にあげると、フサフサの灰色の毛を持つ縦に長いケモ耳。
今度は視線をさらに下へ。すると、腰のあたりから耳と同じ灰色の毛並みを持つ美しい尾っぽ。
狼……っぽいけど……どうなんだろう。
「ん? これがどうかしたか? もしかして亜獣人を見るのは初めてか?」
「初めてではないですが……」
彼はそう言って、美しい毛並みを持つ灰色のしっぽをユラリユラリと揺らして見せた。
なんというか、こう、ハリウッドとデ〇ズニーを無理やり足してサン〇オで割った上に京〇ニを振りかけたような、そんな印象を受けてしまうというかなんというか……。
いや、とりあえずそれはおいておくとして、
「は、初めまして。橘涼介少尉と申します。よろしくお願いします」
とりあえずは、自己紹介をしなければ始まらない。きっとこのケモ耳ブルース・ウィリスが海兵隊の隊長なんだろう。最初に降りてきたことも判断材料だし、なんかもう、纏う雰囲気がすでに隊長のソレだもの。
えぇと、確か名前は……
「シルヴィア・フランポートさん。でしたっけ……?」
あのCAS任務の時、シャルロットさんと罵詈雑言を飛ばしあっていた人の名前がそんな感じだった覚えがある。あの時は女の子の声っぽく聞こえたけど、無線の調子でも悪かったんだろうか?
それにしても、この成りでシルヴィアって……。フランポートって……。名前負けじゃなくて名前にコールド勝ちしてしまっている感すらある。
けどケモ耳ウィリスは、一瞬何を言っているのかわからないといった風に眉をひそめ、首をかしげる。
すぐに得心したようにうなずき、苦笑を浮かべながら――
「あぁ! 俺はシルヴィアじゃないよ。隊長でもない。副隊長だ。俺はガレット・シュマウズィス。階級は大尉。よろしく、リョースケ君」
――丸太なんじゃないかっていうくらいごっつい筋肉モリモリの腕を、俺に向けて差し出した。
どうやら人違いだったらしい。
「す、すいません! 俺てっきり……!」
「かまわんよ。ちなみに隊長のシルヴィアはアレだ」
がっしりと右手で握手を交わしつつ、空いた左手の親指を立ててある一方を指し示す彼。
そちらに目をやると、腕を組んで仁王立ちになったシャルロットさんと、これまた狼っぽいケモ耳をはやした小学生くらいの女の子が、まさに火花を散らす勢いでにらみ合っていた。
その女の子は、シャルロットさんの隣に立っても色あせないほどの可愛らしさを誇っていた。
風にたなびく白髪のロングヘアーを襟足で二つおさげにし、その頭のてっぺんからピンと立ったオオカ耳も、風にたなびく銀色のしっぽも、トパーズのような透き通った瞳も、全てが美しい。
まるで童話のヒロインのような印象を受けるのに、明らかに他より発達している犬歯をむき出しにしてシャルロットさんを威嚇しながら、ガルルルルと唸っている彼女。
……まさか、あの、申し訳ない言い方だけどちんちくりんなオオカ耳美少女が、海兵隊隊長……?
「まさか、あの女の子がシルヴィア隊長ですか」
「その通りだ」
「えぇっと……。ずいぶん、お若いですね」
「あぁ、だいぶな」
「だいぶて……」
火花を散らす美少女二人。
先に打って出たのはシルヴィア隊長だった。
「おうおう無い胸クソビッチ。助けに来てやったんだぞ? そのスッカラカンの頭と地面より平らな胸を足元にこすりつけて、『ありがとうございますシルヴィア様。あなたは命の恩人です』と崇め奉る場面じゃないのか? えぇ?」
「間に合ってない。私たちはこの前の任務で、戦場に間に合って、その上お前らを助けたのになぁ?」
「う、うぐっ!!」
……前もそうだったけど、力関係はシャルロットさんの方が上っぽい。
いとも簡単に言いくるめられたりするあたり、見た目相応というかなんというか……。
「フ、フン! 今回はたまたま間に合わなかっただけだ! 私達が到着していたら、十秒もせず問題を解決できただろうな!」
「そういうのは実際解決してから言うもんだ」
「ふぐうっ!!」
もう、やめてあげたらどうだろう? はたから見ているこっちが辛くなってくる……。
「あの、ガレットさん。止めないんですか?」
「無駄だよ。止めても十秒せずにまた言い合いを始める。ほっとくのが一番だ」
「でも、なんだか弱いものいじめみたいになってますけど……」
シャルロットさんに論破され続け、シルヴィア隊長はすでに涙目になっていた。もう誰かタオルを投げ込んでやればいいのに……!
でも、シャルロットさんの攻撃はとどまることを知らない。
アレだろうか。無い胸とか言われたことが相当応えているのだろうか?
「大体、貴様のようなちんちくりんが海兵隊の隊長だと? 身長はいくつだ? 言って見ろ。えぇ!?」
「ひゃっ……ひゃくよんじゅう……」
「聞こえん!!! 腹から声を出せ!!!!」
「ひゃっ、百四十であります!!!」
「私の身長を知っているか? 知っているだろう!? 言って見ろ!!!」
「ひゃ、百五十四センチであります!!!」
「よろしい!!!! この身長の差が何を意味するか分かるか!?!? 貴様と私の人間としての器の差だ!!!」
ズビシィと意味不明な結論を投げつけられ、シルヴィア隊長の涙腺はついに決壊してしまった。
「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあじゃるどっどがいじめ゛る゛っぅぅぅぅぅぅ!!」
そして、とてとてと可愛らしく、おぼつかない足取りでガレットさんの足元まで駆け寄り、むんずとその丸太のようなたくましい体へとしがみついた。
……やばい、ちょっとかわいいかもしれない……。
いや、いかんいかん。このままではいけない気分になってしまいそうだ。
なんとか足元で号泣するケモ耳美少女から目を離し、勝ち誇ったように胸を張るシャルロットさんへと視線を戻す。
彼女は、軍用四駆の運転席から身を乗り出している若い男と親し気に会話を繰り広げていた。
彼はいかついサングラスをかけ、はたから見てもイケメンさんだとわかる雰囲気をこれでもかというほどまでに醸し出している。
生まれ持ったダンディズムが、その器に収まりきらずに零れだしているかのような印象さえ受けた。
ガレットさんがケモ耳ウィリスだとしたら、彼はケモ耳ブラピと言ったところだろうか?
「アネゴー! うちの隊長いじるのもホドホドにしてくださいよー!?」
「おうトニー、久しぶりだな。嫁さんは元気か? というかそのアネゴってのやめろって言ってるだろ!!」
「えー! いいじゃないスカ! 嫁とはまぁ、よろしくやってますよ。また遊びに来てくれって言ってました」
「そういや久しくあってないなぁ。わかった。時間ができたら顔を出させてもらうよ」
「お願いしますよアネゴ。うちの女房、アネゴニウムが欠乏するとイライラしだすんで」
「なんだそのアネゴニウムって……」
柴犬のような犬耳をピコピコさせつつ、トニーと呼ばれた彼は車内へと引っ込んでいった。
本当に、この海兵隊はみんなケモ耳をはやしているのか……?
ほかの海兵隊員たちを見回すと、やっぱりケモ耳、ケモ耳、ケモ耳だ。
そういえば基地の守備兵もケモ耳はやしてたけど、地上戦闘要員はケモ耳がしなければならないという決まりでもあるんだろうか?
そんな彼らは号泣するシルヴィア隊長を我が子を見つめるようなまなざしで見守っていて、とてもではないけど戦闘のプロには見えない。
でもこの人たち、あのアーネストリア平原で実際に戦っていた人たちなんだよなぁ……。
だから、こんなことを無意識のうちに呟いた。
「にしても、さっきまでのが嘘みたいに平和だなぁ……」
「いちおう、我が国は戦争の真っただ中なんだがね。それを市民に感じさせないのが、俺たち軍人の仕事なのかもしれないな」
彼が何とはなしに呟いたその言葉。
なんとなくだけど、心の辞書にしまっておくことにした。
この世界に来てから、結構こういう言葉をもらっているような気がする。
そんな考えを持てるほど余裕が生まれ、ただ一人泣き続けるシルヴィア隊長以外は、まったく緊張感のないのほほんとした空気が流れ始めていた。
海兵隊がいれば、もしほかに襲撃者がいたとしても何とかしてくれるだろう。そんな安心感が、次のアクションを起こすことをためらわせる。
でもその空気を、一言で吹き飛ばす男がいた。
「おやおや、シルヴィア。まだお前はそんなに泣き虫なのかい?」
俺たちの背後から投げかけられたその声。
聞き間違えるはずもない。さっきの騒動で魂に刻み込まれたと言っても過言ではないほどの、その穏やかな男性の声。
号泣していたシルヴィア隊長がビクリと跳ね、顔面を真っ青にして、まるで油の切れた人形のごとくギギギギと、その声の主へと視線を向けた。
彼女がしがみついているガレットさんも、なぜか少しだけ青ざめているような気がする。
「教えたはずだ。海兵隊たるもの、涙を流していいのは仲間が死んだ時だけだと。隊長は、どんな時でも部下に涙を見せてはいけないと」
さっきは穏やかだった声が、まるで火山の噴火で火口が盛り上がるように、決壊前のダムから少しずつ水があふれ出すように、次第に力と覇気を帯びていく。
「これは、まだまだ教育が足りなかったのかな? なぁ、シルヴィア・フランポート中佐。なにか、言い分はあるかね?」
極限にまで覇気を帯びた声は、魂をも屈服させる。
「あっ、あっあっ……ありません指導教官!!!!」
そして、ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま敬礼。
「指導教官って……。海兵隊の指導教官ってことですか!? なんでまた教習所の教官なんて!!」
いやまぁ、大体の予想はついていた。完全に軍人だなってのはわかってたし……。
くたばれマゲッツ(うじ虫野郎)なんて、海兵隊くらいしか言わないだろうし……。
でも、なんで自動車教習所の教官なんてやっているんだ。
「いやはや、こんなところで会えるとは思っていなかったよ。まさか君がとは思わなかったけどね。異世界のエースパイロット君」
「えっ、ええっ!? あ、は、はい。よろしくお願いします……?」
とりあえず、紳士的に握手。
けど俺は、どういうリアクションを取ればいいんだろう?
自己紹介? 敬礼?
でもそれ以上に――
「ナーナーリョースケー! 私ハー!? おこるゾー!!!」
――騒動の中心だというのにきれいさっぱり忘れ去られてご立腹だったフレイアをまず何とかする方が、先決かもしれない。
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