第21話 有人戦闘機、実戦


「スパロウツー、ボンブズアウェイ!」

 そう周囲に伝えながらボタンを押した途端、小さな炸裂音と軽い振動を残し、右主翼にぶら下げられていたカノープスのうち一発が重力に従い落下を始めた。

 航空機搭載爆弾を切り離す場合、普通武装とパイロンを金具で結合して、落とすときにそれを切り離す。

 けどこの世界の戦闘機は意味不明なほど激しい機動を行うため、その方法だと爆弾がすっ飛んで行ってしまう可能性がある。


 急旋回してたら爆弾すっとんでましたなんてお話にもならないし……。


 ゆえに、武装とパイロンを使い捨てのボルトで連結し、落とすときには弱い爆薬でそのボルトを吹き飛ばして落下させるのだ。

 今の振動と音がそれ。


 海兵隊からのレーザー照射をもとに誘導落下するカノープスは、空中で安定翼を展開。敵の装甲車に向かって落下を続けていく。



 対空攻撃を一応警戒し、高度を取りながら標的の周囲を旋回して着弾確認の態勢を取った俺。

 コンソールには、爆弾がしっかり予定された誘導ラインを飛んでいることと、着弾までの時間が表示されている。



「着弾五秒前……。三、二、一、インパクト!」

 地面で火の塊が産声を上げる。天高くまで黒煙を立ち上らせながら、周囲百メートルを吹き飛ばす爆炎。直撃したという証拠だ。



「スパロウツー、目標破壊。次の目標を!」

『了解。そこから九時方向の湖の湖畔。戦車が二両だ。頼めるか?』

「了解、攻撃に移る!」


 指示された方向に、美しい湖。その湖畔には確かに、メデュラドの主力戦車が三両展開していた。

 これでカノープスは使い切ることになる。


 それでも敵地上戦力のほとんどは、すでにスクラップになっていた。





 早々とカノープスも使い切り、残りの兵装はビーム機銃とエウリュアレーのみ。

 けど戦車や装甲車など、ビーム機銃で破壊することのできない重装甲の地上兵器はすでに壊滅させることに成功している。

 正確にはすべてじゃないけれど、ほとんどが戦闘不能状態になったことで残りの兵器はクモの子を散らすように逃げていったのだ。


 それらを追撃することはせず、いまだ海兵隊に対し攻撃を続けるあきらめの悪い目標にたいして向け機銃掃射などを行って追い払う。

 海兵隊も気迫の反撃を見せ、戦車を先頭に包囲網を突破することに成功したようだ。


 それに続く歩兵部隊に被害が出ないよう、なるべく低く、遅く飛んで敵をけん制する俺たち。


 戦闘の流れは完全に、こちら側に傾いていた。





『こちらAWACS、ホークアイだ。スパロウスコードロン、メデュラドより高速で飛来する機体を確認。CAP中のヘロンが三機撃墜された。方位一八〇、マークゼロ、数二、速力二千三百、ホット。警戒せよ』


 だけどその流れを断ち切るかのように通信が入る。初めて聞くこの声は、さっきリュートさんが言っていたAWACSのものらしい。

 渋い男性の声で、何というか絶妙なエロスを感じさせるような……。


 まぁそれはおいておいて、彼から伝えられた通信の内容に俺は眉を顰めた。

「たった二機にヘロンが三機も……?」

『私たちも二機だ。二機有人機がいれば、戦況がひっくり返ることもあるってのは今私たちが証明したばかりだろうが』

「は、はい……!」


 俺は気持ちを切り替え、同じくHUDの表示モードをA/GからA/Aへと切り替え、LCOSも表示させておく。

 対地兵装はすべて使いつくしたから空中戦に悪影響はない。

 残りは第一ハードポイントにつるされた計六発のエウリュアレーと、ビーム機銃。

 そしてフレアはまだ半分以上残っている。よし、これならいける。


『ルーキー、接近中の敵機に対応する。方位一八〇をヘッドオン。ターンヘディング、ナウ!』

「コピー! 一八〇をヘッドオン!」


 シャルロットさんの合図で機首を巡らせ、接近中の敵とヘッドオン状態となった俺たち。

 やがて、敵機をセンサーが捉えてトレース表示が行われ始める。機種はレイダー、有人機だった。


「ヘロンを落とすくらいなんだから相当な手練れなんだろうな……!」

『その可能性は高いと思われます。接近中のレイダーがヘロン三機を撃墜するのに費やした時間は、わずか五十秒です』

「一分もしないうちにあの機動性の鬼を三機も落としたのか……!」


 これは、今までとは根本的に違う相手だと思った方がよさそうだ。

 ゲームでの世界一を決めるあの戦い。そんなものとは比べ物にならないほど、緊張が全身を支配した。


 彼我の距離がすさまじい勢いで縮まり、そして――

「エンゲイジ!」

 ――まさにあっという間。凄まじい勢いですれ違った敵の戦闘機を視界にとらえるため、俺は大きく体を捻った。

 


 前を飛んでいたシャルロットさんから通信が入る。

『ルーキー! 空中戦はお前の十八番だろう! 好きに飛べ!』

「言われなくたって!」



 ヘッドオンからの高速パス。普通はパスした後にシャンデルという機動で旋回しつつ高度を稼ぎ、相手よりも有利な位置を取るために動き始める。

 速度をなるべく殺さないように、慎重に慎重に。



 でもそれは、俺のもといた世界の戦闘機の話だ。

 この世界の、このエイルアンジェにできない機動は、ほぼない! ほぼ!



「行くぞアンジェ!!」

『了解』



 操縦桿を思い切り引き、その場で縦に百八十度回転。天地がさかさまになって機首は今まで飛んできた方向を向いたことになる。

 そして、スロットルレバーをバーナー位置へ。


「行くぞオラァ!」

 シートに押しつけられるほどの急加速。

 ほぼゼロにまで低下していた速度計の表示が、見る見るうちに音速まで迫っていった。



『ルーキー! 私は高度を取ってお前のバックアップにつく! 背中は任せとけ!』

「了解! お願いします!」

 音速を超えたところでひっくり返っていた機体を右ロールで元に戻し、俺の世界でのセオリー通りであるシャンデル機動を取りつつあった敵のレイダーをロックする。




 ……いや、待てよ? 

 こういう機動ができる戦闘機なんだからこの世界の空中戦の常識は俺のいた世界とは違うはずだ。なのにシャンデル? 何かの罠か?



 それとも、そういう機動を行えないほどの素人なのか? いやでも、三機もヘロンを撃墜してるんだ。それは無いだろう。

 他に考えられるとしたら……、



「様子見か?」

『その可能性が高いと思われます。撃てば落ちる無人機とは違いますから』



 なるほど、撃たれてもどうせ回避できる。

 だから相手の技量をまず確かめるってか? フフン、いいぜ? なめてかかったことを後悔させてやる!




「アンジェ! 一番から六番エウリュアレー全てシーカー冷却開始!」

『了解、エウリュアレー全弾の発射態勢を整えます』


 なめられているうちが、チャンスだ。

 こっちの実力を知って相手が本気になる前に叩き潰すんだ。


「ヘヘッ、六発なんて一気に撃たれたことねぇだろ? ゲームではなぁ、こんなの日常茶飯事なんだよ! スパロウツー! FOX2! FOX2!!」

 ゲームじゃない。これは現実だ。だけど、ゲームの飛び方が通用するっていうことには変わりない!


 甲高いロックオンブザーが鳴り響くのと同時に、俺はミサイル発射ボタンを押しこんだ。

 心地よい振動がつながって六回、射出座席と操縦桿越しに伝わってくる。



 六本の白線が大空に弧を描き、シャンデル中の敵機へと凄まじい勢いで突進していった。





二一話に続く。

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