第59話 真実への足がかり

あきらくん、怪我がなくて何よりだ。今日はうちに泊まりなさい」

「え、でも……猫もいますし、家は無事だったし」

「バカ言うな。今まで、狙われてるのは俺だけだと思ってたから黙ってたが。お前の家まで燃えたってことは、犯人が店自体を目の敵にしてるってことだ。犯人が戻ってきたらどうする」


 なぎが珍しく、年長者らしいことを口にした。それだけ事態が重大ということだ。晶はぐっと唇をかむ。


「まあ、泣きそうな顔するな。悪いことばかりでもないから」

「え?」


 晶は凪の様子をうかがう。どうやら、気休めで言っているわけではなさそうだ。


「事件が連続したから、前のと共通点がないか調べてな。弱いが、一つ見つかった」


 凪の言葉に次いで、力石りきいしが口を開く。


「共通点?」

「発生したのが、両方とも月曜日なんだ」

「にゃ?」


 それがどうした、といった風情で黒猫が鳴く。晶は黒猫に顔をくっつけて、そっとささやいた。


「こっちの世界じゃ、みんな働いてる日なんだよ。次の日も休みじゃないし」

「……日中も忙しく、終わったら終わったで明日も仕事。普通の人間ならあまり出歩こうとは思わんね」


 流石、黒猫は察しが早い。


「ってことは、犯人は月曜休みの職業か」


 凪がつぶやいた。何か心当たりがあるらしく、形のいい眉をひそめている。


「有名なのは、美容師だな。組合に入ってると、月曜日は休まなきゃならない。やっと糸口が見えてきたか」


 力石が言った。仲間たちと、この辺の美容院に片っ端から聞き込みをしてくれるようだ。


「いや、待て……」


 凪が何か言いかけたところで、彼の携帯が鳴った。番号を見た凪は、スピーカーモードにしてから通話を始める。


「あの、松坂です」


 電話は依頼人からだった。カフェで別れた時とはうって変わって、また陰気くさい声になっている。


「ああ、こんばんは。今朝渡した茸、どうでした?」

「実は、食べられなくて捨てました。正体不明の茸なんて、怖くて」

「え」


 晶は思わず、声をあげた。抱いていた黒猫から、「しっ」と叱られる。


「おや、お口に合いませんでしたか。前金もいただいていますし、何か別の物をもって来ましょう」


 凪が珍しく、サービス精神にあふれることを口にした。しかし、電話口の彼女はますます暗くなっていくばかりだ。


「いえ、それももういいです。よく考えたら、そんなに困ってませんし」

「あんなに思い詰めた顔でうちに来て下さったのに、そりゃおかしいでしょう」

「……いいんです。私はもともと、おかしい女なんです! だからもう、そっちには行きませんから!」


 依頼人は突然絶叫し、電話を切った。晶には彼女の態度が、どうしてもひっかかる。


 凪はそこまで変なことを言っていない。そもそも、始めは百万出してまでやせたかったはずだ。それが、こうもあっさり態度を翻すとはどういうことか。


「話はすんだか。電話の前、お前は一体何を言いかけたんだ?」


 力石が凪に聞いた。凪は低い声で、返事をする。


「ちょっと事件について心当たりがある。一応、調べてもらえるか」

「やけにすぐ思いついたな。昔、美容師の女とでも付き合ってたのか?」

「それは多すぎて思い出せない」


 凪は途中までは指を使って数えていたが、諦めてぱたぱた手を叩きだした。力石が、この世の理不尽を全て受け止めたような顔で舌打ちをする。


「詳しく聞くから、こっちへ来い」


 力石が、力任せに凪の襟首をつまみ上げる。モテ男を連行する途中で、力石が振り返った。


「坊主はもう、そっちの先生と一緒に帰っていいぞ。気をつけてな」

「わかりました、ありがとうございます」

「ぶにゃぶにゃ」


 黒猫はなぜか、凪のところに行きたいらしく、しばらくごねていた。しかし、高橋の車に乗ってしまうと諦めがついたようだ。


 十分ほど走ると、高橋の家に着いた。彼の職業にふさわしい立派な一軒家で、部屋もたくさんある。高橋の妻も晶のことは知っていて、快く受け入れの準備をしてくれた。


「昔は子供たちが使ってたんだが、もうみんな独立してしまったからね。今は後輩が泊まったりしてる。好きに使いたまえ」


 高橋夫妻の好意をありがたく受け取り、晶は黒猫と部屋に入る。


「なぜあの男と一緒に行かせてくれなかった」


 二人きりになった途端、黒猫が怒り出した。前足で、器用に猫パンチをくり出してくる。


「なぜって……凪が延々女の人を思い出す作業だよ? 僕らがいたって仕方無いじゃない」

「いいや、あれは違う。無理に思い出す必要なんて無い、あの男はもう気付いている」


 黒猫がきっぱりと言う。晶の背筋に、寒いものが走った。


「もしかして、犯人が分かってるってこと?」

「ああ、間違いない」

「なんで、僕に言わないの」

「君は子供だからな。全部カタがついてから言うつもりだろう。重苦しい所は省いてね」


 黒猫はそう言って、毛を逆立てる。晶は腕を組み、ベッドの上に正座した。


「納得できるかね」

「できないよ」

「なら、私と君は一緒に行動することとしよう」


 黒猫は起き上がり、晶を見つめた。


「私はね、〝知らない〟という状態が我慢できないのだよ。あの男だけが全てを知っているなんて、そんな話があるか。終わってから触りだけ聞いたところで、なんになる」


 どうやら本気で怒っている。流石七賢人、知識欲は人一倍だ。


「決行は次の犯行日。あの男を尾行する。魔法を使う必要があるから、その日君は凶器を用意したまえ」

「そこまでする?」

「本気でやらねば、私は人間の姿に戻れん。刀でも弓でも、好きなだけ持ってくるがいい」

「じゃあ、お言葉に甘えて。助かるよ」


 晶が頭を下げると、黒猫がおもむろに手を出してきた。


「感謝は行動で示したまえ。昨日作ってくれた、サーモンのタルタルを強く所望する」

「……ツナ缶じゃだめ?」

「サーモン」


 晶は肩をすくめて、高橋にお伺いをたてに行った。



☆☆☆



 そして、一週間が過ぎた。運命の月曜日、晶は金属バットで黒猫に殴りかかる。もちろん、本気で。どうか、知り合いに目撃されませんように。


 十分ほどバットを振っていると、黒猫の姿が急に変化して人型になる。その姿でいられるうちに、彼がごにょごにょと呪文を唱えた。


「うわ」


 耳元に違和感を感じる。携帯のカメラで見てみると、耳たぶに褐色のトカゲがまとわりついていた。


「その子がくっついている限り、君の姿は誰にも見えない。さあ、真実を追うとしようか」


 黒猫が下手なウィンクをし、指をはじいた。すると、晶の体が宙に浮く。


 空中飛行に、胸が高鳴る。しかし、体は全く動かない。ものすごい勢いで、ある一点に向かって引っ張られている。晶は悲鳴をあげたが、速度が緩くなることはなかった。


「……ここは?」


 ようやく止まったところは、よくある団地街だった。代わり映えのしない、灰色のアパートの前で黒猫はちょこんと座り込む。


「リキイシ、とかいう男の住み処だ。全く、あんな図体のくせにどうしてちっぽけな部屋に済んでいるのだろうね」

「日本は土地が狭くて……」


 不思議がる黒猫に晶が説明していると、マンションの入り口から凪と力石が出てきた。二人とほぼ同時に、パトカーや白バイがやってくる。二人は車に向かって手を振った。


「む、どこかへ行くのではないのか」


 黒猫の言う通り、警察官たちは乗り物を離れたところに止め、徒歩で集まってきた。そして、マンション横にゴミが積み上がっているのを指さし、話をしている。晶たちもそこへ向かった。


「燃えやすそうだな」

「ここを狙いそうだ」


 男たちは、ゴミ捨て場を張り込むことにしたようだ。しかし、なぜここなのだろう。


「店も君の家も放火してしまったからね。本人たちの拠点を潰したら、次は周りということだろう」

「でも、力石さんが凪の知り合いだって知ってる人は、そう多くは……」


 つぶやきかけて、晶は大事なことに気付いた。一人、いる。店員二人の顔を知っていて、なおかつ力石と凪の関係も頭に入っている人物。依頼人の、松坂だ。


 動機はわからない。しかし予測はできる。依頼人は、凪のことを昔から知っていたのではないだろうか。そのまま会えば素性がバレる可能性があるので、あんなに太ってやってきたのだ。


 晶が見た実行犯とは体のラインが違いすぎるが、そこは共犯者がいればなんとでもなる。犯人は、二人組か。

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