善因善果

朝星青大

第1話






ほうずきさん企画・第二十八回・三題噺参加作品





短篇小説『善因善果』





「ばあば、これも ! マシュマロも買ってーっ ! 」


その声に振り向くと、菓子の並んだ棚の前で、幼い女の子がジャンプしている。赤い靴が可愛らしい。


「はいはい。飛ばないで。危ないから」


ばあばと呼ばれた女性は女の子を抱き上げた。女の子は棚に手を伸ばしている。その祖母の表情は、可愛い孫の願いなら何でも叶えてあげるという風な甘い顔だ。


どこにでもある場面だが、あれが人の幸福な生活というものだろう。誰もが、祖父母に甘やかされながら大切に育てられたのだ。


そう言えば、昔、父にゲーム機をねだって買って貰ったが、それ以前に遊んだスーパーファミコンは、祖父が買ってくれたものだと後から聞かされた。それ以外の遊び着やお菓子の類は、祖母が買ってくれたのだ。


そんな事を思い出しながらレジの順番を待っていたのだが……


「おねがいしまーす ! 」


赤い靴の女の子が素早く走り出て、背伸びしながらカウンターに子供用のカゴを置いた。


「これ ! 待ちなさい ! 順番よ。お兄さんが先でしょ ! 」


ばあばが止めに入る。


「あっ ! そうなの ? 」


女の子はカゴを戻そうと手を伸ばすが、届かない。


「どうぞ。先でいいですよ。僕は急ぎませんから」と、ばあばに伝えた。


「あら ! すみません。ごめんなさい。もう聞かない子で。すばしっこくて。すみません本当に」


彼女は何度も頭を下げながら、レジの前に歩み寄った。


コンビニの店員が笑っている。女の子は会計も、もどかしげに足踏みを始めた。





「風柳くん」


コンビニを出たところで声をかけられた。


「いいとこ、あるじゃない。順番を譲ってあげるなんて。見直したわ」


幼なじみの彩香が居た。中学まで同じ学校へ通った同級生だ。


「えっ ? 見てたの ? 」


「俊くんの前に会計してたのが、あたしよ」


「ああ、そうだったのか」


「お久しぶり。成人式以来だから2年ぶりね」


「うん。帰って来てたの知らなかったよ」


「就職先が決まったからね。引っ越しの準備もあって。アパートの方は準備したのだけど、引っ越しも順番待ちなのよ」


「そうなのか。何かと大変だな」


「これ、俊くんの車なの ? 」


「うん。ああ、そうか。彩香の家まで送るよ」


「ありがと。そう言ってくれると思った。待って。コーヒー買って来る」





僕は車に乗り、エンジンをかけた。買ったばかりのタバコの封を切る。


タバコに火をつけて運転席の窓を全開にすると、隣の車から女の声が聞こえた。電話中のようだ。


「だからね。あなたがそういう態度なら終わりにしましょうって言ってるの ! 」


僕は声のする方へ顔を向けた。


中年女の眉が吊り上がっている。痴話喧嘩か ? なんだか、険悪な雰囲気だ。


「今更、何を言ってるの ! あたしとの約束を反故にして、あの小娘に…………違わないわよ ! とにかく、あたしは、もう、あなたを信じられないから ! 」


旦那の浮気か ?


「だったら、今すぐに、ここへ来なさいよ ! えっ ? 明日 ? 明日じゃダメよ。どうしてすぐに来られないの ! 今すぐ来られないのは、あの小娘と…………ほらね、あなたは、いつも、そうやってはぐらかす。そういう人だって分かったから、もういいわよ ! 」


電話の相手は旦那ではないらしい。自分の遊び相手の不実か ?


「この前、用立てた30万。あれ、すぐに返してね。あたしにも都合があるから。えっ ? そんな事、知らないわよ。もう終わりなんだから返してって言ってるの ! どうすればって……そんな事、自分で考えなさいよ ! …………なら、サラ金から借りれば ? 」


金銭問題か。どっちにしても、胸の悪くなる話で聞くに堪えない。


僕は煙草を消して、窓を閉めた。





「はーい、お待たせ」


彩香が両手に挽きたてのコーヒーを持ってコンビニから出て来たので、助手席のドアを内側から押し開けた。


「はいこれ。先にコーヒーを受け取って」


「ああ、ありがとう。実はこれを飲もうと思ったんだけど買い忘れたんだ」


「そうなの ? それなら良かった」


彩香は助手席に座りドアを閉めた。


「さやは綺麗になったな。見違えたよ」


「ふふん。そうでしょ ? 父にも言われたわ。この頃、化粧が上手くなったなって」


「いや、そうじゃなくて、魅力的なレディになったって……あちちっ」


「ほらあ、言い慣れないこと言うから、こぼすのよ」







「……で、俊くんはどこへ就職したの ? 」


最初の信号で停まった時に彩香が訊いた。


「南房総国定公園休暇村だよ。簡単に言えばホテル」


「国立公園の中にホテルがあるの ? 」


「いや、国立公園じゃなくて国定公園。国立公園は国の予算で管理している公園。国定公園は都道府県が管理している公園」


「あっ、そんな風になってるの。知らなかった。……で、それはどこにあるの ? 」


「館山だよ。『南房総国定公園・休暇村 館山』が正式名称。前は国民休暇村って言ったらしいけど」


「そうそう。その名前なら知ってる。……で、今日は休みなの ? 」


「うん。有給休暇を取ったんだ。今日と明日の二日間。ばあちゃんが……いや、祖母が御墓参りに行きたいって言うから。じいちゃんの……いや、祖父の墓を掃除したいって」


「ああ、そうよね。今日は春のお彼岸なのよね。おばあさん孝行ね ? 」


「いや、本当は小遣い欲しさでさ。おこづかいあげるから送り迎えしてちょうだいって言うから。金に眼がくらんだんだ」


「まあっ ! ふふふ…………」


「えっ ? なに ? 」


「照れ隠しね。俊くんは昔から、そうだった。今、付き合ってる彼女はいるの ? 」


「いや、いないけど」


「やっぱりね」






「変だな……」


「えっ ? 何が ? 」


「信号は青に変わってるのに、前の車が進まない」


前のワンボックスカーが車線を変えると視界が開けた。


次の交差点で赤色灯が回転している。事故だと分かった。


断続的に徐行して交差点に近づくと理由が分かった。交差点の先で、車が中央分離帯に衝突したのだ。救急車が見当たらないので怪我人はいないようだ。


警察官が交差点に立って誘導している。


事故の当事者はコンビニで声を荒げていた、あの中年女だった。


「やっぱりな」


「何がやっぱりなの ? 」


「ばあちゃんが……いや、祖母がね。いつも言ってるんだ。善因善果・悪因悪果。他人ひとに優しく出来ない人間は幸せになれないって。本当だなって」


僕は、コンビニで聞いた中年女の悪態と事故との関連を彩香に伝えた。






「送ってくれてありがとう。久しぶりに会えて楽しかった。もしかしたら、夏に行くかも」


「えっ ? 館山に ? 」


「そうよ。仕事と職場に慣れて、少し余裕が出来てからね」


「そうか。いいよ。前もって分かれば、都合をつけて観光スポットを案内してやるよ」


「ええ。前もって連絡するわね。じゃあね」


「うん。任しとけ」


彩香を車から降ろして方向転換をしていると、彼女が戻って来て告げた。


「あのね。館山へはね。観光に行きたいんじゃないの。俊くんに会いに行くのよ」



ー了ー





お題【靴】【マシュマロ】【国立公園】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

善因善果 朝星青大 @asahosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ