いたるところにかみさま。
やたこうじ
第1話 自販機さま
実は僕、神さまと話せるんだ。
誰も信じちゃくれないし、誰にも言ってないけど、本当、本当だ。
話せるようになったのは、高校生くらいから。初めは自分がおかしくなった話じゃないかと思ったけど、僕と話す神さまみんなが、僕の知らない事を色々と知っていて、それが後で調べてみたりすると、間違いじゃない事がわかった。
それが驚きで、嬉しくて、色々なモノに話しかけちゃって、周りの人に気味悪がられたりもした。そんなことがあって、今僕は誰にも言ってない。そして神様たちにもあまり話しかけないようにしている。
でも、大切なことなんだと気がついた。とても驚いたことなんだけど、世界は神様たちに見守られ、満ちているんだ。
神様は気がつけばもう、いたるところにいるんだって。
今日はうだる暑さを通り越して、体が焼け溶けそうな連続猛暑日。
僕はそんな中、物好きにも散歩をしている。そして進行方向の道の少し前から、自販機が何かとうるさい。
『よう、にいちゃん、こんな暑い日には、冷たーいジュース、どうや?キンキンに冷えてんで』
自販機の取り出し口から声が聞こえる。
この辺は実際にはパタパタしてるわけではなく、そんな風に見える、という感じだ。
それと、こういうのは
意外かも知れないけど、僕は神様が視えても、幽霊は視えない。
「自販機様。何かおすすめはある?」
僕は話しかけてきた自販機に聞いてみる。一応神様なので、様付けで呼ぶけど、これまでの経験から、あまりかしこまっても、いけないらしい。
『おっ、返事がきよった!珍しいこともあるな!とんでもなく暇でも、片っ端から話しかけてみるもんやな!』
自販機は、返事があったことに少し驚いたような声を出したけど、そこはプロ?関西弁のようなセールストークを続ける。
『よう聞いてくれた。先週入荷したプリンソーダってのが、オススメや。付属のカラメルシロップを後から混ぜてな、思いっきりグイッといくんや!』
プリンソーダ?!何言ってんだ。しかもカラメルソースって液体に液体じゃないかよ。
「・・・それって結局混ざるんじゃないの?プリンってほどの味になるの?」
『そっ、それは・・・の、飲んでからのお楽しみや!!』
「ふうん。ま、じゃ、買ってみるか」
『まいどさん!泣く子もビビる税込み100円や!」
「やっす・・・」
ふと見れば、自販機の両側には、"地域最安値"とか"ALL100円"とか、ベタベタ貼ってある。
ああ、この自販機の中身、いわゆる"売れ残り在庫処分"ってやつか。
僕は100円を投入して、そのオススメとやらのプリンソーダを選ぶ。
ガゴン、と音がしてなんだか乳白色の缶が落ちてきた。
『まいどおおきに!』
自販機様が叫ぶ。暑いのにこの関西弁みたいなのは、さらに暑苦しい。
キンキンに冷えたプリンソーダのパッケージは・・・擬人化したアメコミ調のプリンが口から泡とシロップを垂らしている。かなり微妙なデザインだ。
「このプリン君、すでに口から吐いてるんだけど」
『パッケージの見てくれはええねん!ささっ、ぐーっといっとくれや!』
「はあ、わかりましたよ」
隣の古ぼけたベンチに腰掛け、プシュッとプルタブを開ける。
ちょっと匂いを嗅いでみると、乳製品のソーダのような匂い。思えばプリンも乳製品、なんだ悪くないじゃない。そう考えて口にあてて、飲もうと缶を傾け始めると、自販機様が慌てて止める。
『待ってや!にいちゃん、秘伝のカラメルシロップを入れ忘れてんで!!』
いちいちうるさいなあ。どう飲もうといいじゃないか。それにカラメルシロップに秘伝なんてあんのかよ。と言いかけて・・・。
いや、いかん。ここは神様の顔を立てないと、と思い直す。
「あ、そうか。でも、これだけの方でもいける気がするけどなあ」
『ダメや。それじゃ、この商品のコンセプトっちゅーもんが失われてまう。ささ、缶の底に付いとる特製シロップを入れてくれや』
僕はジュースの底をのぞいた。
「あ、これ?」
チューブタイプのカラメルシロップを取り出すと、飲み口からジュルっと入れてみた・・・あまりいいもんじゃない。
『よっしゃ!それでプリンソーダの完成や。ほな、グイッといっとき!』
言われるがままに一口、二口と喉に通す。
暑い日差しにぴったりな炭酸の清涼感に、喉越しに絡みつく甘さとカラメルシロップのねっとりとした口に残る濃厚さ。
「まっず・・・」
『な・・・なんやて?!』
「・・・あ」
しまった。つい。
『・・・』
自販機様は首を項垂れながら、黙り込んでしまう。そんな風に見える、が、実際は何も変わっていない。雰囲気だ。
ねえ、なんか話してくれないかな。
『・・・そうか、やっぱ不味いか』
「えっ」
そんなもん俺に勧めたわけ?!
『そら、そうやろうなあ。ここに入荷して、まだ二本しか売れてへんもん』
「まあ、人気商品なら、ここで売らないでしょ?」
『せや。ワシが売るって事は、そういうことや。やっぱりワシがこのまま賞味期限切れまで、大切に保管って事になるやろなあ』
「ま、世の中何がどう売れるかわからないし、たまたま時代が合わなかったんだと思うよ。時代・・・そう、時代を先取りしすぎたんじゃないかな?」
さりげなくフォローはしておくが、僕は二度と買うつもりはない。
『ええんや、にいちゃん。ただ、このプリンソーダには、この会社の社運がかかっとったんや。・・・アホな大バクチや』
僕はそうなんだ、とだけ呟いた。
照りつける太陽。
風が鳴らす木々の葉の音。
蝉の声。
しばらく僕たちは無言でいた。
急に自販機が話し始めた。
『おっ、そこのねえちゃん達、ジュースどうや!キンキンに冷えてんで!』
振り向くと女子高生らしき2人が前を通ってきた。当然、自販機の声は聞こえない。
「あっつー、あーもうダメ。なんか買おうかな」
「あ、安い!私も飲みたい!」
『地域最安値を更新や!どれも美味いで』
2人がどれにしようかと自販機のボタンをなぞり始めた。
『ワシのオススメはこのプリンソーダや!スイーツに目のないイマドキ女子なら、これで決まりやろ!』
何度も言うが、彼女らには聞こえない。
「何これ?プリンソーダ?誰が飲むの?こんなの」
1人の娘が笑いながら言う。
もう1人の娘がその言葉に同意しようとした瞬間、彼女の袖を引っ張った。
「ね、見てあの人の」
あー・・・小さい声で言ってるつもりなんだろうけど、しっかり聞こえてます。そして2人の視線が僕の手の中のプリンソーダの缶に集まってます。
「あ、じ、じゃ、私、この麦茶にしようっと」
「わ、私はミネラルウォーターにしよ!」
『ありゃー、そりゃ残念やなあ。ま、おおきに!また買うてや!』
足早に去っていく2人がいなくなり、また静かになった。僕は少しぬるくなったプリンソーダを一気に飲み干した。
「うぷ。もう行くよ。それじゃ、また」
『ああ、おおきに。また、買うてや』
少し元気のない自販機を背に、僕は散歩を続けた。
ひと月後、その自販機の前に来ると、もうプリンソーダはなかった。
『あの後、少しは、売れたんやけどな。結局、結構残ってしもうたから、処分するしかなかったんや』
少し悲しげに笑う自販機が、そこにいた。
「あなたのせいじゃないですよ」
自販機はふーっとため息をついた。
『そうや!もっと美味くて売れるもん、作れっちゅーねん。いくら商売上手なワシかて、限界があるわ!あんなもん』
僕がそこでコーヒーを買い、歩き始めた頃、遠くで声が聞こえた。
「あれ。プリンソーダ、もうないんだ」
どこかの小学生くらいの女の子が自販機に向かって独り言を言っていた。
『お、まいど!すまんなあ嬢ちゃん、あれ、賞味期限切れで、もうないんや』
「残念。少しクセになる味だったのに」
『なんや、嬢ちゃん!わかってくれとったんか!ありがとなあ。おおきになあ』
成立するはずのない会話が、弾んでいるように聞こえる。心なしか、自販機も嬉しそうだ。
『嬢ちゃん。でも、安心してや!入りたての第2弾はエクレアソーダや!グイッと飲んでき!』
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