第33話 安っぽい祝福は効果があるのか、疑問だ。

 昼休み。

 僕は屋上にいた。

 普通なら、鍵が閉まっており、誰も入ることができない場所。

 僕はとある人物を待っていた。

 相手が現れたのは、僕がここにやってきてから、十分ほど経った頃だった。

「川之江、くん?」

 屋上の出入り口となるガラス扉から、クラスメイトの麻耶香が出てきた。

 僕は視線をやるなり、気持ちを引き締める。

 一方で、麻耶香は周りに目を泳がせつつ、不安げに僕の方へ近づいてきた。

「その、川之江くん。話って、何かな。その、もしかして、昨日の放課後にあったりしたことだったりとか……」

「うん。その、昨日の放課後のことなんだけど」

 僕がぎこちない口調で答えると、麻耶香は恥ずかしくなったのか、僕から顔を逸らした。

「あ、あれは、その、勢いで言ったというか、その、わ、わたしがとんちんかんなことを言っただけで……」

「あれって、その、僕に対する告白、だよね?」

 僕の問いかけに、麻耶香は体をびくつかせた。

「な、何を言ってるのか、わたしにはわからないけど……」

「昨日は、『間戸宮くんに対する気持ちは、わたしは誰にも負けてないって思っています』って言っていたけど……」

「ご、誤解です!」

 麻耶香は叫ぶなり、両耳を手で押さえた。昨日の自分が発した言葉に対して、拒否反応を示しているようだ。

「うううう。わたし、もう、嫌だ……」

「僕は聞いて、はじめ驚いたけど、改めて、その言葉を振り返ると、嬉しかった」

「えっ?」

 既に涙目になっていた麻耶香は、呆気に取られた表情を僕の方へ移してきた。

「女の子から、そういう風に告白を受けるなんて、初めてだったから」

「わたしはまだ、川之江くんが好きだなんて、直接な言葉はまだ何も、言ってない……」

「でも、昨日、間戸宮さんが言ったことだけで、僕は十分、好きだという気持ちが伝わってきたんだけど、もしかして、その、僕の単なる勘違いだったのかな……」

「ち、違います! それで大丈夫です! わたしは、川之江くんのことが」

 麻耶香は途中で間を置き、深呼吸をして、息を整える。

「好きです」

 言い終えた麻耶香は、返事が怖いのか、瞼を閉じていた。

「僕も、好きです」

「本当に?」

「うん」

 瞼を開いた麻耶香に対して、僕は躊躇せずにうなずいた。

 今は、明日香に殺されるという不安とそれをどうしようかで頭が一杯だ。けど、その中で、麻耶香の僕に対する気持ちが唯一の安らぎみたいな感じになっていた。なので、僕はちゃんと麻耶香のことを受け止めようと心に決め、今日、屋上に呼んだのだ。

「だから、その、付き合えたら、嬉しいかなと思う」

「川之江くん……」

 麻耶香は僕と目を合わせつつ、流れてくる涙を指で拭う。

「後、このことだけど」

「はい」

「妹さんにはまだ言わないでもらえたらなと」

「明日香に、ですか?」

「うん」

 僕のうなずきに、麻耶香は戸惑ったような表情をした。

「明日香に隠し立てするのは、ちょっと……」

「いや、その、ずっととかじゃないから。いきなり言うのはびっくりしたりするから、僕と一緒に改めてっていう意味で」

「そう、ですね。それなら、いいと思います」

 麻耶香は笑みを浮かべると、髪を何回も手でいじった。

「こ、これから、その、よろしくお願いします」

「こちらこそ、その、よろしくお願いします」

 お互いに軽く頭を下げるも、どうしようかと目が合わせられなくなる。

 と、他人からはじれったく思えるような光景だったらしく。

「見てられないなー」

 どこからか現れたのか、僕と麻耶香の前に、春井が不満げな顔で出てきた。

「美希奈?」

「麻耶香、せっかく、好きな人と一緒になれたんだよ? それなのに、そんな緊張しっぱなしでどうすんの?」

「で、でも、誰だって、その、好きな人の前では緊張とかするものだから……」

「そんなんじゃ、いつまで経っても、色々と進展しないよ」

 春井が呆れたように声をこぼす。

「でしょ、川之江くん」

 呼ばれた僕は、「まあ、そうだね」と口にした。

 ちなみに、春井の手には、屋上の鍵が握りしめられていた。何でも、職員室から盗み取ってきたらしい。

「ほら、そんなんじゃ、すぐに川之江くんにフラれちゃうよ?」

「で、でも、わたし、こういうの、初めてで、まだ、慣れてないのに……」

「だ、大丈夫だって。僕だって、こういうの初めてだから。その、すぐにフったりだなんて、しないから」

「本当かなー」

 春井が怪しそうな目を僕の方へ向けてくる。恋人同士になった僕らを茶化しているらしい。というより、天使なら、純粋に祝福とかをしてくれるはずなのに。

「まあ、何はともあれ、おめでとう」

 春井が拍手をし始めたので、僕は恥ずかしくて、俯いてしまう。麻耶香も同じらしく、「やめて、美希奈」と春井に突っかかっていた。

 しばらくして、麻耶香がはにかんだ表情を浮かべつつ、屋上からいなくなった。春井が僕と何か話をしたいという理由で。もちろん、麻耶香に続いて、僕に告白するとかではない。それは、麻耶香にも言い切っており、あっても、僕は断ろうと思っていた。

「まあ、何はともあれ、おめでとー」

「さっきもそれは聞いたけど」

「二度も天使から祝福を受けるのは贅沢なことだよ」

「天使からの祝福って、そんな安っぽいものだっけ?」

「まあまあ。そう、細かいことは気にしない」

 春井が手を振りつつ、適当な調子で言う。にしても、春井は本当に天使なのだろうか。

「あっ、その目はあたしのことを天使かどうか疑ってるね」

 春井は続けて、「ちょっと待ってて」と言うと、左右の手のひらを合わせ、目を閉じた。何かに祈るといったポーズ。

 僕が見ていると、急に春井の周りから光が眩く輝き、背中から、白い羽根が生えてきた。長さは、両腕くらい。

 春井が目を開けると、屋上のコンクリートから宙に浮いた。

「これでも、信じない?」

「いえ、信じます」

 僕はあっさりと、春井が天使だということを認めた。死神のリタに続いて、僕は非日常の世界を、人間以外の存在から垣間見た。

 春井はコンクリートに降り立つと、光を消し、羽根を隠した。

「とまあ、本来の姿をここで晒すと、色々とエネルギーが必要なんだよね」

 手のひらで首筋を扇ぎ、暑そうな様子をする春井。相当体力を使うようだ。

「さて、あたしのことを本当に天使だと信じてくれたところで」

 春井は僕と目を合わせた。

「麻耶香の妹さんは、どうする気?」

「どうする気って、何が?」

「もう、決まってるんでしょ?」

 春井の問いかけに、僕はどう答えようか悩んだ。

「答え方次第では?」

「まあ、見過ごせないことなら、それなりの対応はしないとね」

 春井は言うなり、不気味そうに笑みを浮かべる。僕にとっては、何をされるのかわからないなと怖さを感じるものがあった。

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