歯とエクボ

@yamitukijukusei

第1話

「ショパンだよ、ショパンしか聴かない。最近は」

レイナが目を閉じて気持ち良さげにピアノを弾く仕草をしながらそう言った。

「音の一粒一粒が光ってんだよね、ショパンは」

今度はハミング付きでピアノを弾く仕草。

エビコはストローでヨーグルトマンゴーを啜りながら、感心した風を装いつつウンウンと頷いた。

 やがて、店内のBGMが交響曲からピアノ曲に変わりエビコは目の色を変えて言う

「ねぇ、この曲もショパンだよね、私もショパン好きだよ。特にこれは名曲!あっ、何て言うんだっけこの曲、タイトル教えなよ」

「いやいや、この曲はショパンじゃないだろ。どう聴いたってさ…」レイナは初めて聴いた曲だけど、ショパンらしさがないので自信はないがそう言った。

「いやショパンだよ、レイナってショパン専門なのに知らないの?この名曲を」

「別にショパンの専門家じゃないし。ショパンの曲全部知ってるわけじゃねぇしさ…。正直言ってショパンを聴きだしたのは二日前からだし…」にわかショパンファンである事を白状せざるをえない状況にレイナは居心地が悪くなり、テンションも自ずと下がる。

「にわかもにわかだよ、そこは認める。でもこの曲はショパンじゃないよ…」レイナには、これで精一杯だった。

「このサビが良いんだ!」エビコは気持ち良さげにピアノを弾く仕草をしながら、その曲に合わせてハミングしだした。

 土曜日の昼下がりの店内にはレイナとエビコ、そして60代のマスターだけである。貸し切り状態の店の中、自然とエビコのハミングも増長する。

たまらずレイナはマスターを二度見して訊ねた。

「ごめんマスター。この曲のタイトルってわかります?」

「『エリーゼのために』という曲だよ、作…」

「そうそう『エリーゼのために』だよね!知ってたけどね!ショパンの代表的名曲!」

エビコはマスターが言い終わる前に割って入り、一層楽しげにハミングした。

「ショパンはねぇ、音の一粒一粒が光ってるんだよ。レイナが思ってる以上に光ってるんだヨ」エビコはうつむくレイナに気遣うように優しく声をかけた。

「ショパンを聴き始めて二日目のにわかファン、あっごめん初心者…には『エリーゼの何とか』は難しかったですかねぇ」エビコはすこし呆れたようにマスターに目配せをした。マスターはそれを受けて苦笑いするだけだった。

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