ローリング・サンダー

@Maya_Azai

第1話

 日の入りから2、3時間程度経ってるのにもかかわらず、セミの鳴き声が辺りに鳴り響いていた。

 夏の夜、日中に比べれば幾分かマシになったとはいえ、まだまだ暑く蒸していた。

 ここ数年の夏の陽気は、ずっとそうだった。床に就くとタイミングを見計らったかのように、セミが鳴き出す。

 去年は特に最悪だった。エアコンの調子が悪かった。連日寝不足になったし、扇風機は私の身体から水分を根こそぎ奪っていった。

 夏は蒸し暑く、冬は骨にまで凍みるほど寒いのがこの街、宇都宮市の特徴だ。夏には更にゲリラ豪雨と共に落雷も多発する。


 バイトの帰り。私は歩いていていた。自分が住んでいるアパートまで後少しというところで、前方に気配を感じた。

 立ち止まって顔を上げる。前方30m程度の電灯の陰に、大きな塊のような物が鎮座していた。

 その黒い塊は、よく見ると人間だった。いや人間というには余りに大きすぎ、塊という表現の方が正しいように思えた。

 塊は、2mはあろうかという身の丈に、ドラム缶のような胴体、それに丸太のような手脚4本を持っていた。

 塊は身体を低くして突進してきた。電灯の下を通った一瞬、塊の顔が見えた。満面の笑みだった。咄嗟に半身に構える。

 塊が私の身体にあと半歩で到達しそうになったとき、私は突進を避けた。単純な直線運動。避けるのは簡単だった。避けたと同時、手刀を塊の後頭部めがけ、打ち下ろす。命を奪いかねない危険な攻撃だった。実際、まずいと思った。が、身体が勝手に動いていた。分厚いブロック肉を叩いたかのような感触が手に残った。大男のタフさを祈った。

 大男はつまづいたみたいにして、前かがみに倒れた。動かない。気絶したか?殺してしまったか?様子を伺う。ストリートファイトなんて何年ぶりだろうか。しかも殺人罪で捕まりかねない。鼓動が速まり汗が吹き出た。

 大男が素早く動いて私の足首を掴んだ。隙を突かれた。抵抗したが、とてつもない力で私は脚を取られた。私は大男のタフさ呪った。目の前の世界は90°回転し、今度は私の後頭部がアスファルトに打ち付けられた。

 世界が一瞬暗闇に包まれる。すぐさま戻るも目の焦点が合わない。息が苦しくなった。胸の辺りを自動車に乗り上げられたような感覚がある。

 ぼやけが消え始める。先程より間近に鮮明に笑顔が見えた。どうやら大男にのしかかられているようだ。もがくがビクともしない。

「ここまで無様にぶっ倒されたのは初めてだ。楽しかった、ありがとな。お詫びと言っちゃなんだが、直ぐに楽にしてやるわ。」

 大男が私の首を極太の指で締め上げてきた。タダでさえのしかかられて呼吸がし辛いというのに、アスファルトに頭をぶつけて意識が朦朧としているというのに。ふたたび視界はぼやけ、先程より長く闇に閉ざされた。

 目を覚ました。息ができる。大男が私の身体の上からいなくなったことに気がついた。


 上半身を少し起こす。さっきまで私の上にいた塊、大男が私に背を向け立っていた。大男の陰になってよく見えなかったが、大男の先に人間が2人居るのが分かった。

「夜食にゃ多すぎるな…」

 パシュンという音が連続して5回響いた。大男が倒れた。左足首がちぎれ、左足が吹き飛んだ。

「テ、テメェ!?何をしやがった!?」

 男が叫ぶ。

 男が倒れて何者が居るのかが分かった。女が2人立っていた。片方のショートカットの女は電灯に照らされ光る黒い何かを構えていた。銃だった。

「私達はキミのボスを探しているんだ。教えてくれないか?」

  銃を構えてるのとは別の方、長髪の女が大男に尋ねるように言った。

「んなもん教えるわけねぇだろうがクソ女!!畜生ッ!なんで治らねぇんだ!」

 大男が叫ぶ。

「そうか。じゃあもう一回。」

  パシュン、先程と同じ音がまた5回聞こえた。大男の右腕が吹き飛ぶ。

 その後も大男と長髪の女の会話にならない会話が続き、その度に5回ずつ大男は撃たれ、遂に手足全てが分離した。

 大男は顔を真っ赤にして女達を罵っている。

「う〜ん、こいつコッチの話分かってんのかな〜………もういいや、好きなとこ撃っていいよ。」

 今度は銃声が2発、男の顎は粉砕した。

 顎撃っちゃったらメインターゲットの居場所聞き出せないでしょ、と長髪の女がショートカットの女に言う。ショートカットの女はバツが悪そうな顔になった。

「まあいっか、どうせこいつ居場所喋んないっぽいし。私も罵られるのは好きじゃないからね。ちょうど良かったかな。」

 ショートカットの女はそう言われてホッとしたようだった。

 やっちゃって、という長髪の女の声の後、銃声が1度。大男の頭が下がった。

 長髪の女が何かを投げた。大男に当たる。紙飛行機だった。大男の身体は乾燥した泥団子みたいにボロボロと崩れ去った。


 私は気が動転して動けなかった。信じられないような出来事が目の前で起きた。私を殺しかけた大男、銃を撃って大男を殺した女、大男の死体をボロボロに崩した女。

 長髪の女が近づいてきた。腰がすくんで動けない。

「なんだ、結構肝は小さいんだね。まあでも無理もないか。」

 手を差し伸べてきた。

「とって食ったりはしないから安心しなよ。ほら立って。」

 長髪の女の手を握って立ち上がる。細身に見える身体つきにしては強い力だった。

「私の名前はカトウだ。よろしく。」

 しばらく唖然としていると、挨拶されたら返すもんだろ~、と言われ返事をする。

「な、内藤だ。よろしく。」

「よろしく内藤君。もう一度改めて握手をしようじゃないか。」

 長髪の女、カトウがまた手を差し伸べてきたのに応じて握手をした。手汗が酷いと言われたので誤った。少し笑ったように見えた。

「こっちのは須田って言って私の弟子。ホラ、挨拶しなさい。」

「須田です…どうも…」

 ショートカットの女、須田は仕方ないような顔をして、少し頭を下げた。

「とりあえず何処か休める場所はないかな?君だって疲れてるだろう?」

 大男のように私に対しての殺意は感じられなかったし、何よりも命の恩人だ。私は彼女らをアパートに招待した。


 私はお湯を沸かす準備をしながら、突然の客2人に緑茶とコーヒーのどちらが良いか聞いた。カトウがコーヒー、須田が緑茶と答えた。

 数分後、カップと湯呑みを持ってテーブルに持って行った。カトウはソファに座っていたが、須田は立っていた。須田は銃を持ったままだった。

 ありがとう、とカトウが私に労いの言葉を掛けながらカップに口をつけた。みるみるうちに顔が渋くなっていく。

 何でコーヒー飲めないのにいっつも頼んじゃうんですか、と須田に叱られている。入れ直そうかと私が言うと、その必要はないと須田の緑茶とコーヒーを交換していた。須田は黙ってそれを見ていた。

 私の方からカトウに質問をした。

「あなた方は一体何者なんだ。」

「私達はだね、そうだな、なんと言えば良いだろう、うーんとだね、うーん…」

 カトウが首を傾げて悩んでいる。

「ヴァンパイアハンターとか陰陽師とかそこらへんだね。魔物とか物の怪とか化け物って言われるようなのを倒して回ってる。」

「そんな物が実際に…」

「いるんだなコレが。」

 カトウは得意げに言った。

「キミを襲ったあのデカイの、あれはヴァンパイア、吸血鬼でね。夜な夜な人を狙っては、殺したり血を吸ったりしてたんだよね。私達はアレを追っててね、今日あたり見つかるかな~と思ってここら辺で貼ってたらビンゴ。君が襲われてたってわけだ。」

 カトウは人差し指を上に向けて喋っていた。漫画のキャラクターみたいだった。

「手足もぎ取って顎を吹き飛ばしたのに、うめき声ひとつあげなかっただろ?まあ汚い罵声はあげてたけどね。吸血鬼の痛覚は人間より強い、いや弱いって言ったほうがいいかな?とりあえず感じにくいんだよね。」

「あなたの話が本当だとして、銃、銃を使っていたが?」

「やっぱり強い武器を使った方が効率よく殺せるんだよね、化け物相手だって。ただし呪力を込められるように、細工をしてあげなきゃいけないんだけど。まあ私並みに強ければテッポウなんて使わなくても秒殺できるけどね〜。」

「そうじゃなくて、銃刀法とか日本で銃を持ったり使ったりするのは基本的に禁止でしょう?それも街中で。」

「あぁ、それは勿論当局に許可を取ってるさ。ただしうちの体裁は秘匿された組織だから、民間人やそこらへんのお巡りさんにまでは話がいかないんで、できるだけバレないようにしてるよ。なあ、莞奈のテッポウも音と炎が小さくなる奴とか、なんだっけ金色のやつ落ちないようにする袋とかつけてるんだよね?」

「サプレッサーと薬莢受けですね。」

 後ろで黙って立っていた須田が喋った。彼女の下の名前は莞奈というらしい。

「紙飛行機は?大男が乾いた土みたいに崩れたが?」

「あれは私の呪力を込めたお札みたいなもんだね。札のままだと飛ばないから紙飛行機にして飛ばすんだ。君だって吸血鬼が日光を浴びると灰になるって聞いたことあるだろ?あれはおとぎ話の中だけの話じゃないんだよ。まあ現実の吸血鬼は日光を浴びても灰にはならないってところに違いがあるけど。」

 信じられなかった、現実に吸血鬼がいるなんて信じられなかった。だが夢ではない。現実だった。

「秘匿されてると言いましたよね。なぜ私に話すんですか?私を殺すつもりもないみたいだし。」

 それは、カトウは言いかけて口をつぐんだ。

「頼みごとがあるんだ。」

 カトウが申し訳なさそうな顔をして言う。嫌な予感がした。

「ヴァンパイアハンターの仕事。引き受けてくれないか?」

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