少年少女のアドルナメンテ

蒼銃

第1話

●1

 巨大な魔物を一刀のもと斬りふせる人影。目標を定めた、無駄のない動き。

 魔物は瘴気を放って息絶えた。確実に絶命しているのを確認するのは、ローファーを履いた靴。死体を無造作に蹴る。

 それを無感情に見下すのは、琥珀色の瞳。

 白磁の肌に長い黒髪をポニーテールにし揺らした、一人の少女だった。年の頃は十七、八。しなやかな四肢を惜しげもなく晒し、その肌には傷ひとつない。

 荷物は身の丈の大太刀ひとつ。

 セーラー服に身を包んだ、シンプルな装いだ。左胸を守るように革のガードがひとつ。左腕に鉄で仕立てたガードをつけていた。

「アンバー!」

 少女に声をかけたのは、少女とはだいぶ年が離れた十三、四歳くらいの少年だった。頭にゴーグル、鼻筋に白いテープを横に貼っている。

 こちらは大荷物。大きなリュックはぱんぱんに膨れ、はみ出さんばかりに棒やら何やらが飛び出ている。

 服の上に胸当てや肘当て、膝当てまでして、完全防備。顔だけが露出していた。

 アンバーと呼ばれた少女は、魔物の死体にかけていた足を下ろして駆け寄る少年をみた。

「A班は片付いたよ」

「こっちも終わったところ」

「じゃ早く合流地点に向かおう!」

 背中に大太刀を背負い、アンバーは頷く。

「今回はラクショーだったね」

 少年を追い抜きながら、無言のアンバー。いつものことなのか、少年は一人で喋っていく。

「小型ばっかりで。いつもなら中型とか大型がいるのにね。他の班にいったのかな?」

 アンバーならラクショーなのになぁ、とリュックから手を離し、刀を構える仕草をする少年。

「シュート」

「なに?」

「少し黙って」

「……へーい」

 少年、シュートは唇を尖らせて機嫌悪そうに顔を背けた。

 少年らしいお喋りなところはあったが、少々うざったいところはあったが、重ねて、悪い子供ではない。とアンバーは思っていた。

 自分と相性が悪ければ、ひと月持たずに異動願いを出しているはずだ。

 突然、ドン!! と大地を揺らし、鼓膜を破らんばかりの爆発音が響いた。

 ここにまで砂塵が舞う。異変は少し離れたビルの廃墟群からだった。

「うわぁ!!!」

「……!!」

 すぐに驚きは焦りへと変わる。

 シュートは爆発がしたほうと、アンバーを見比べて真っ青な顔をしている。

「あ、アンバー! ど、どうしよう。あっちD班の担当だよ!」

「行くわよ」

 アンバーが駆けるのに追いつこうと、シュートも走る。


 二人を待っていたのは、焦げ臭い異臭と黒焦げになった大地に伏す人たちだった。

「うっ……」

 シュートが吐き気を催して駆け去るのを背中で聞いたアンバーは、死体の間を歩く。

 生き残りを探して。

 黒焦げになった大地の中心に生存者はいなかった。少し離れた場所を探すと、廃墟に体を打ち付けられた人影。

 アンバーが駆け寄ると、まだ息がある。

 顔見知りだった。しかしアンバーは顔色一つ変えず少女の顔を覗き込んだ。

 内臓がむき出しになっていた。シェルターに運んでもこれでは助からない。

 アンバーは話しかける。生きている間に情報を引き出さないと。

「何があった?」

「あ、あんばー? ……わから、ない……急に魔物が爆発、して」

「魔物が爆発?」

「みんなは、? みんなは、生きて、る?」

「ええ、数人死んだけど何人かは無事よ。D班は処理が終わっていたのよね?」

「よかった……。そ、う。終わってた、なんで? ああ、死体が爆発したの、そうよ、小型が爆発したの」

「突然? 前触れもなく?」

 少女は首を縦に振るだけだった。涙が溢れ、口をぱくぱくさせて、震えていた。

 アンバーはこれ以上は無理だと判断し、少女の肩に手を置く。

「今、助けがくる。少し休んで」

 はぁはぁと息が荒くなってきた。それが穏やかになり、そしてそっと息絶える。

 少女の目は色を失う。アンバーは少女の目を閉じさせると再び周囲を見回した。

 その時点でシュートが戻ってくる。顔色が悪い。

 アンバーは気にせずシュートに言った。

「生き残りを探して。離れたところに飛ばされてるのがいるかもしれない」

「うう、この中を?」

「どこを探すの」

 言い放ち、アンバーは小高い廃墟の破片に飛び乗る。ざっとみた限りでは人影はいない。

「アンバー!」

 シュートの焦ったような声が聞こえ、急いでそちらに駆ける。ビル片の陰になっていたが、こちらにも人がいた。金髪の少女だ。

 先ほどの少女よりはマシだ。シェルターに運べば生き残るかもしれない。

「うう……いた、い、」

「大丈夫か? 今手当してやるからな」

 リュックサックを下ろし、中から救護用品を取り出すシュートを横目に、アンバーは太ももに装着している通信機を外し口に当てる。

「こちら討伐B班、アンバー。作戦中、D班に異変を探知。D班はほぼ壊滅したことを確認した。生存者約一名。救護班の派遣を要請する」

 しばらくして本部からの連絡が通信機ごしに聞こえてくる。珍しく男の声だった。男のオペレーターなどいただろうか。一瞬アンバーに疑問が過ぎるが、すぐにどうでもいいことと片付けた。

『ご苦労様。すぐに救護班を派遣する。位置はこちらで特定した。調査班に、他班も救援に向かわせる。しばし待機してくれ。以上だ』

「了解」

 ブツッと通信が切れる。アンバーは通信機を太ももに装着し直して、背中の大太刀の位置を直す。

 救援が来るまで、しばらくはシュートと少女の護衛をしなければならない。

 退屈な役目だが仕方がない。アンバーは短く息を吐いて周囲に注意をはらう。

 周囲に、というよりD班の残骸が気になる。調査班は後々送られてくるだろうが、先ほど死んだ少女は「小型の死体が爆発した」と言っていた。


 小型の魔物。

 魔物はインヴァシオンと呼ばれている。侵攻者という意味だ。

 インヴァシオンは大きく大型、中型、小型に分類されていて、それ以上は超大型に分類される。


 それを狩るのが、『チルドレンソルジャー』と呼ばれる、少年少女たちだ。

 チルドレンソルジャーには子供しかなれない。ある一定の年齢を過ぎると、インヴァシオンが死ぬときに放つ毒霧に抗体がなくなり、シェルターの外に出られなくなるのだ。

 大人たちはガスマスクがなければ、外で自由に動くことができない。

 西暦1999年12月31日に、突然根っこと呼ばれるインヴァシオンの支柱が世界各地に現れたのだ。

 支柱が現れた周囲で子供しか生き残れないとわかったのは、その二日後。

 そして魔物が現れ、命からがら魔物を倒したとしてもその死骸から毒霧が吹き出し、大人は全員絶命する。

 それを繰り返し人々は、子供ならインヴァシオンに対抗できると知った。


 それがアンバーとシュートを含む、チルドレンソルジャー。世界各地の支部にいる。

 アンバーやシュートは日本支部の討伐B班に所属している。アンバーは特に気にしていないが、戦士たちにも得意不得意がある。

 アンバーは超前衛型の戦士。前線でインヴァシオンと直接戦えるものたち。シュートは超後衛型の戦士。いっそ救護班にでもなればいいものを、と紹介されたときにアンバーは思ったが口には出さなかった。

 シュートと出会ったのも、まだ春になってない頃だから、二ヶ月とちょっとだ。


「アンバー!」

 警護しながら物思いにふけっていたアンバーの思考をシュートの声が遮る。

 シュートと少女のほうに行くと、真新しい包帯に左肩を包んだ少女が浅い息をしていた。

「鎮痛剤と軽い手当をしたよ。肋骨も何本かやられてるみたいだけど」

「そう」

 興味がなかった。ただ興味があるとすれば。

「喋れるの?」

「ううん、やめたほうがいい。喋れるとしたら完治するまで待ってほしいな」

「そう、じゃあ救護班がくるまで待機ね」


 しばらく待つこと十数分。

 飽きてきたシュートがアンバーに話しかけ初めて、アンバーがイラつきだしてから人影が現れる。

 アンバーが人影を見咎めて、背中の大刀に手を添える。

 シュートは気づいて、それとなく少女をかばう位置に移動する。

 人影は複数いた。

「よう、アンバー!」

 手を上げ、明るい声でアンバーを呼ぶのは少年だった。

 目を引いたのは頭皮が黒髪、毛先は金髪というプリンの髪色。

 次は手に持つ得物、槍。

 黒目のタレ目に泣きぼくろ。じゃらじゃらとつけたアクセサリーは重そうだ。とてもじゃないが戦闘するように見えない。

 年は十七、八歳。アンバーと同じくらいの少年だった。

 少年は馴れ馴れしくアンバーの肩に手を回し、アンバーの顔を覗き込む。

「お前が救援要請だって? 珍しいこともあるよなぁ? 助けて欲しかったら直接言えば駆けつけてやるのに、お前ってほんとにそういうとこ」

 パシッと乾いた音が響いた。アンバーが少年を振り払ったのだ。

 アンバーの無表情な琥珀色の目が貫く。

「目が見えない? 動かせない怪我人がいるのよ。それに調査班もくる。護衛役がたりないの」

「……わ、わかってたさ。それくらい」

 振り払われた手を所存なさげに下ろして、少年は渋面の顔をシュートと少女の方に向けた。

 少年の後から続いてきた腰に二刀のナイフを差した茶髪のツインテールの少女が、シュートのほうに向かいながらアンバーに話しかけてくる。

「うちのがいつも悪いわね、アンバー。怪我人はどうなの、シュート」

「手当は終わったとこっす! 安定してるから今のうちに運びたいところっすね」

「どのくらいかかりそう? まだなら先に調査したほうがいいかしら。二人先に置いてきたけど」

 ツインテールの少女は矢継ぎ早に喋る。シュートは目をぐるぐる回しているが、アンバーは冷静だ。

「二人いれば先行調査は十分ね。連絡して十五分ほどになるけど、先にあなたたちA班がきた。本部からここまで遅くても三十分かかったから、用意することを考えて短く見積もってもあと三十分はかかるでしょ」

 アンバーも負けず劣らず矢継ぎ早に説明する。ツインテールの少女はふんふんと頷きながらそれを聞き、再びアンバーに問いかける。

「ここはあたしたちに任せて、アンバーは先行調査に行く? 事情がわかってる人がいたほうが調査も進むわ」

「そうさせてもらう」

 礼も言わずアンバーはシュートを一瞥して何も告げず駆ける。

 残されたシュートは、頬をかきながらツインテールの少女を見上げた。

「俺、一応B班なんだけど……」

「救護にいてもらわなきゃ困るわ」

「だよね、なんで俺B班なんだろ」

「あのアンバーが強すぎるからよ」

 シュートはアンバーの駆けていった方角を見つめて、ため息をついた。

 自分が本当にアンバーの役に立っているのかわからなかったからだ。


 討伐は全部で四班。A~D班までに分かれている。これとは別に哨戒や調査なども担当する遊撃班が二班。救護班が二班。調査専門の調査班が一班ある。

 討伐班の班員は最大四人。なのだが、アンバー率いる討伐B班は特例で班員は二人となっている。

 上層部の判断で、アンバーの戦い方では構成員が多ければ多いほど死人がでる。という判断だ。

 事実、アンバーの元いたA班では、アンバー以外全員戦死するという惨事も以前あった。

 戦死三人は多すぎる。

 子供しか戦えないこの世界では、子供は貴重だ。そして未来を築くためにも、子供は必要不可欠な存在だ。

 誰一人殺してはいけない、子供は駒であり将来の自分たちなのだから。それが上層部の意見であり、チルドレンソルジャーの創意。


(戦死三人)

 アンバーは黒焦げになった人だったものを見下ろす。黒焦げになった死体は二つ。残り一つは先ほどの少女、そしてシュートが手当している少女。

 全部合わせると四人。D班だったもの。

「アンバー」

 巨体を揺らしながら黒髪の角刈りの一人の少年が歩いてくる。手にセスタスを装着している。

「向こうには生存者はいなかった。アンバーのほうにはいたか?」

「一人死んで、一人生きてる」

「ここに死体は二つ……三人か」

 ふう、と少年は息をつく。

「D班は壊滅やなぁ」

 訛りをして現れたのは、薙刀を持った少女だった。艶やかな黒髪を揺らし、楚々とした振る舞いは淑女のようだ。だが未成年。袴に革ガードも不釣り合いだ。

「マイコ」

 少年が声をかけると、マイコと呼ばれた少女はゆったりとした動作で頷く。

「向こうに小型の死体がありましたえ」

「カヤが小型が爆発したと言ってた。迂闊に近づくと危ないかもしれない」

「爆発?」

「おやまぁ」

 カヤとは先にアンバーが最期を看取った少女だ。

 マイコは口元を覆い、少年は険しい顔をする。調査班がこなければ動きようがないが、今できるのは現状を荒らさないこと。そして小型の死体に近づかないことだった。

「調査班がくるまで何もできないか」

「ハガネさん、わたしこわいわぁ」

「む、」

 アンバーはそこで二人から体ごと顔を背けた。二人は恋人同士だ。

 A班どころか、B班も知っているし、たぶん二人に関わる全員が知っているだろう。

 隠していないし、別に恋愛も禁止ではない。将来結婚するなら、上層部は喜ぶだろう。子供ができる。

 ただアンバーは見たくない。それだけだ。


 それから三十分ほどして調査班と救護班が到着した。

 やることもないアンバーは、ビル片に腰を下ろして待っていた。

 ガスマスクをつけた人物が手を振って近づいてくる。

「ご苦労さん。調査を始めるが、連絡はあるか?」

 男のくぐもった声がガスマスクから聞こえてきた。

「小型の死体が爆発したとカヤが言っていた。カヤはあそこ。奥に小型の死体が一体。救護班は……特にないわ」

「了解。相変わらずアンバーの報告は無駄がなくてありがてぇ」

 ガチャガチャと防護服を揺らし振り返ろうとした相手を、アンバーは呼び止めた。

「トキ。そろそろ引退したら?」

 振り向いて不恰好になったトキは、体を揺らして笑う。

「ははは! 後が育ってねぇのにやめられるかよ! じゃあな」

 トキはすでに子供ではなかった。数ヶ月前、出撃前のガスチェックに引っかかった。その時は本人が強引にガスマスクと防護服を着て出撃し、今もまだ後進が育っていないという理由で出撃し続けている。二十歳だ。

 チルドレンソルジャーとしてはシェルターの外に出られるが、いつ子供でなくなるかわからないため非常に危険な状態のラインが二十歳。

 チルドレンソルジャーでなくなっても、それでもトキは出撃し続けた。

 調査班という立場であるからまだいい。アンバーはそう思っていた。

(引退すればいいのに)

 調査に赴く背中を見ていると、そう思わずにいられない。

 トキは他人に無関心なアンバーの数少ない心を許せる相手だった。

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少年少女のアドルナメンテ 蒼銃 @aozyu

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