10-3


     × × ×     


 第6回大会「他人になる系選抜マッチ」はそれから2巡ほど行われ、栄えある『他人のふり王』には伏原くんが選ばれた。

 というのも、五郎さんの3巡目『荒野に唄うバラードのように』が女装作品だったため、若年層(1人)からの得票が得られず、おのずと順当にせんべいを集めていた伏原くんが勝利する形になったのだ。

 小山内球団については、2巡目・3巡目ともに他球団も知っている作品を指名したこともあり、残念ながら2位に終わっている。一二三ゼネラルマネージャーは「隠し玉を指名できなかった」と悔しさをにじませていた。


 冗談はさておき、やはり大会では他人に読ませたいと思わせるために未読の作品を出したほうが強いみたいだ。そのあたりは同志たちの知識量に負けたとも言える。

 まあ、そんなのわかりきっているので別にどういうことはないけどね。むしろ知らない作品がまだたくさんあるほうが嬉しい。


 ともあれ、雨が止んだこともあって、元々の予定通り、僕と伏原くんは早めに帰宅させてもらうことにした。


「久しぶりに語り合った一日でしたね」

「そうだね。また色々とアマゾンで注文しなきゃいけないよ」


 そんな話をしながら、二人で『第2保管室』を後にする。

 もう一人の同志は当番が終わるまで30秒ドローイングを続けるとのことだった。誰かが閉館までいないと、忘れ物を取りに来た人に対応できないらしい。

 どうしていつも伏原くんと五郎さんが当番をしているのかな――なんて考えていたら、忘れ物カウンターに女子生徒が寄りかかっているのが見えた。


 彼女はきれいな姫カットの持ち主で、カウンターに両手をついて「すぅすぅ」と寝息を立てている。まつ毛の長さがなんともお姫さまっぽい。

 足元には学校指定のカバンがそのまま置いてあった。靴下は白い。


「……センパイ、起こさなくていいんですか」

「ぐっすり眠ってるんだから、放っておいてあげようよ」

「でも、このままだとカバンを盗まれちゃいますよ。センパイはトリセンパイにマンガを貸しているんですよね」


 伏原くんは彼女に近づくと「トリセンパイ」と声をかけた。

 うーん。ぶっちゃけ眠っている彼女がとてもきれいだったから、その様子を壊したくなかったんだけど、たしかにこのままにはしておけないな。

 仮にここで同志の中の誰かを待っていたなら、それはそれで申し訳ないばかりだ。かなり語り合っていたからね。


「ん……明佳くん」


 両手で伸びをして、鳥谷部さんが「ふわあ」と目を覚ます。

 あごのあたりに痕が残っていて、ちょっと面白かった。それでも美少女なのは、以前入れ替わった時に学んでいる。


「トリセンパイ。小生は先に帰ってますね」

「どうして?」

「どうしてって……あっちの小山内さんを待っていたんですよね」


 伏原くんはこちらを指さしてくる。

 対して「ちがう」と彼女は答えた。どうやら僕の出待ちではなかったらしい。何だか自意識過剰だったみたいで心が痛くなる。

 右手で目をこすって、切りそろえられた前髪を整えた彼女は、ようやくいつもの鳥谷部さんになった。


「私が待っていたのは明佳くん。小山内くんは後で一緒に帰るだけ」

「え、小生を待っていらしたんですか」

「そう。忘れ物班の当番体制について調べているの」


 彼女は「あなたたちの班の2年生はサボりすぎ。どこかの小山内くんと田村くんみたい」とカバンからノートを取り出してくる。

 どこかの小山内くんがどこの小山内なのかはさておいて、あれはたしか『チェカのノート』だったはずだ。部内の素行不良生徒をまとめた名簿のことで、委員になる前から鳥谷部さんがつけていたものである。

 いつか忘れ物班の吉野さん(2年)が存在を恐れていたっけ。

 そういえば、あれからあの人を見ていないな。


「明佳くんはいつも当番をさせられていて可哀想。源五郎丸くんもついでに可哀想。だから私が正してあげるね」


 なにやら妙にはりきっている様子の鳥谷部さん。

 ところが、助けてもらう側であるはずの伏原くんはあまり乗り気ではない。


「いや、ありがたいことですけど、別にいいですよ」

「どうして?」

「だってその……小生たちはここの仕事が大好きですから!」

「嘘つき」


 鳥谷部さんは鋭利な目つきで伏原くんをにらみつけた。

 彼が「ええっ、なんで小生までバレちゃうんですか」とビックリしたのは当然である。嘘をついたら目が右寄りになるクセなんて、彼には存在しないからだ。

 いや、もしかすると僕が知らないだけで伏原くんにもウソの兆候が存在するのだろうか。例えば犬っぽい毛が猫っぽくなるとか。


「どうせ、あの部屋を自由に使いたいだけでしょ。2年生たちが来なかったらヘンタイの話もいっぱいできそう。明佳くんたちはヘンタイ」


 彼女はあごのあたりをさする。

 どうやら、単に同志の思惑を読まれていただけらしい。おのれ鳥谷部さん。また同志に牙を向けるつもりなのか。


「もしや、小生たちに出ていけと仰るのですか……」

「別にそんなつもりない。でも、あの2年生たちを許すわけにはいかないの。どこかで許したら他まで許さないといけなくなるから」


 彼女は「特別扱いはダメッ」と指を立てて伏原くんを諭そうとする。

 彼がなんともいえない目をこちらに向けているのはさておいて。


「あのさ、まさか河尻さんの差し金だったりしないよね?」


 こちらの問いに、鳥谷部さんは「?」と首をかしげた。良かった。プールであの人の気持ちを満たせなかった「罰」ではないみたいだ。

 つまり、今回の件は鳥谷部さんの単独行動ということになる。

 加えて同志から『第2保管室』を取り上げるつもりもないときた。

 だったら話は早い。


「伏原くん。せっかくだから鳥谷部さんにお願いしてみようよ」

「えっ、センパイ、どうされたんですか」


 彼は近寄ってくると「あそこを自由に使えなくなっちゃいますよ」と耳打ちしてくる。

 さらには五郎さんのイラストとか、マンガとか、いちいち家に持って帰らないといけなくなるとも。

 それは別に片づければいいだけの話だけど……僕としてはその件以外で、前から少し思っていたことがあったりする。


「……でもさ、伏原くんたちに休日ができれば、外に遊びに行けるんだよ」


 せっかく友人になったのに、これまでは当番があるからどこにも行けなかった。

 何なら近所の本屋でマンガを手に入れるようなことすら、みんなで一緒に行くことはできなかったのだ。


「たしかにそうかもですけど……」

「けど?」

「小生たちは同志なんですよ。別に外に出なくてもいいじゃないですか」

「三人でインテまでTS系の同人誌を漁りに行けたりできるよ」

「ぐっ……それにその、五郎さんの意見も聞かないといけませんし」


 あくまで忘れ物班の浄化に乗り気ではない様子の伏原くん。

 もしかして2年生たちに弱みでも握られているのかな。いや、それくらいなら五郎さんが一発で吹き飛ばしてしまいそうだ。ましてや「石室」の力なら弱み自体をもみ消してしまうことだって可能だろう。

 他に理由があるとするならば――いつぞや、図書部を飛び出して「TS部」を作ろうと提案した時のことが思い出される。


『センパイ、小生はここを抜けるつもりないですよ』

『え、どうして?』

『いろいろあったりするんです』


 あの時の伏原くんはお祈りのように両手を合わせていた。

 結局、いろいろの内容は教えてもらえなかったけど、彼に『第2保管室』へのこだわりがあることはまちがいなさそうだ。


 ちなみに案の定、五郎さんはドアの向こうで話を聞いていたみたいで「オレは休みが欲しいぞ」と叫んでいるイラストを紙飛行機で飛ばしてきてくれた。

 それを見た伏原くんは、ようやく「わかりました」とうなづいてくれる。

 ただ、両腕を組んで、悲しそうに目を伏せているあたり、本心から納得しているわけではないのは伝わってきた。


 なんだか悪いことをしたような気がするのはあれかな。今までは何だかんだで同志の中での意見の対立がなかったからだろうな。

 五郎さんとの女装・反女装の件だって本人が「プロレス」だと述べていたし。

 本気で対立してしまえば、年下の彼が不利であることは否めない。そんなのは伏原くんの良さをつぶしてしまいそうでイヤだ。

 彼とは年齢を超えた同志でありたい。


「鳥谷部さん。やっぱり介入をやめてもらっていいかな」

「ムリ。小山内くんたちがどう言ったところで、初めからここの2年生を叩くことは決まっているから」


 彼女はきっぱりと言ってのけて、そのまま中央ホールに『チェカのノート』と忘れ物班のシフト表を持っていってしまう。

 だったら、初めから僕たちの話を訊かなきゃよかったのに。


「……良い人ですね、トリセンパイって」

「そうかなあ」

「センパイにはもったいないです」


 伏原くんは柔和な笑みを浮かべて「では帰りましょうか」と歩き始める。その背中は少しだけ寂しそうに見えた。

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