第27話 旅情の誓い

□第27話□

□旅情の誓い□


 ――むくがジュリエットを舞った深夜〇時丁度。“L” 病院の仮眠室にて。


「むくちゃんの玲ぱーぱ、いらっしゃるかしら?」

 Ayaがノックの代わりに声を掛けた。


 ガチャ。


 仮眠室の内側からドアが開いた。

 AyaがKouと一緒に腕を組んでいるのが玲の目に映った。

「こんばんは。お久し振りですね。まだ起きてましたよ。来客の予感もありまして」

 歓待の表情で、玲は仮眠室から出て来た。

「私達は、お客様らしいわよ」

 玲は、二人を促して、近くに腰掛けた。


「土方さんを殴った犯人をリューゲン島の白いコテージで見つけたのだが」

 Kouは、小さな声で用件を切り出した。

「その話ですか」

 玲は、軽く笑っていた。

「“未来への手紙Jの刻印撲滅機構” のボス、ローマの男の事だ。慰謝料でも貰いに行くか?」


「慰謝料は、要らないな」

 玲は、頭を振った。

「俺としては、謝って貰わなくてもいいよ。お陰で、病識のなかったむくちゃんが病院に来てくれた。あの水島先生にも診ていただけた。災い転じてかな」

 親として、何よりの事であった。


「それに、行けば、話し合いは厳しそうだし、力と力の叩き合いになるだろうしな」

 玲は、弱い訳ではないから強がらなかった。

「望まない事を無理強いはしない。土方さんがそれでいいのなら、“J” ももう目的を失った。何も干渉されないと思う」

 Kouの情報は確かだった。


「厄介事は、ごめんしてくれ」

 笑ってさよならの手を振った。

「では、これで。失礼」

 Kouが、手を上げて去った。

 その後をぱたぱたとAyaが追った。

「お大事にね」

「そうだったな。お大事に」

 AyaとKouの優しさが余波なごりを奏でていた。


「ありがとう……」

 深夜の来訪者に恙無つつがなくむくを育てようと心に決めたのであった。


  ***


 ――“S” 城ホテルへと戻った。


「うふふ。ベッドがふかふか」

 ぽふんと、座って浸ってみた。

「今夜もKouはソファーで寝るの?」

 少し諦めていたから、冗句で訊いた。


「何なら、ベッドでもいいが」

 Kouは、ソファーに向かっていたが、踵を返した。

「な、何々……?」

 Ayaがベッドに向かうKouに焦った。


「もう、“J” に振り回されずに済むな」

「そうね」

 Kouは、そっと隣に座った。

「Ayaと私を苦しめた、ローマの男の情報。悔しいか」

 Ayaは、ためらって、絞り出した。

「悔しいと言うより哀しいけど」


「ロメオとジュリエットの様かな?」

「あら、Kouがそんなロマンチックな事を?」

 Ayaが口元に手を当てて、笑わない様にした。

Repubblicaレプッブリカ Italianaイタリアーナ イタリア共和国、Veronaヴェローナは、ロメオとジュリエットの舞台だな……。行ってみるかい?」

「何故、そんな悲劇の街に?」


 Kouからキスをした。

「あ……」

「ロメオとジュリエットは、ラストは、確かに悲劇だ。でも、二人は結ばれようと如何なる障害も苦としなかったではないか」

 Ayaがどきどきしながら、ゆっくりと頬にくちづけをした。

 Kouもそれに応えて、Ayaの瞼に柔らかくくちづけた。


「さあ、誓おう……。あの不実な月に……!」

 KouがAyaの手を引いて立ち上がらせ、Kouはひざまずいた。

 高い所にある窓から月光が射し込み、二人の影を伸ばした。

「私は、ジュリエットではないわ」

「私もロメオではない」


 手を合わせて見つめあった。


「愛し合ってもいいの?」

 甘くたるく言の葉を絡めた。

「ああ、結ばれてもいい」

 Kouは、Ayaに腕を回して抱き寄せた。

 Ayaは紅潮して長く細い首を上げた。

 耳元にKouが囁く。

「背徳感は要らないよ」

「兄と妹でも……?」

「ああ、二人に神はいないのであろう?」

 

「一緒に暮らそう。妹以上に大切にするから」


「もう、ドイツにも日本にも余波なごりはない」


  ***


 ――翌朝、ドイツを発ち、遅くにヴェローナ入りをした。


「え? もう住む所が決まっているの!」

 きゃっきゃしたいのを隠していた。

「そうそう、こっち。ついておいで」

 くくっと笑った。

 Kouは、家族に恵まれなかった。

 今、可愛い妹ができた。

「毎日話す相手がこれでは、寡黙でもいられないな」

 口を衝いて出た。


「やっだー」

「嫌なのか?」

 振り向いて、覗き込んだ。

「嫌よの意味ではないの。嬉しいの」

 ぷうっとふくらんだAyaは、幸せそうであった。

「紛らわしいな」

 困ったまま、案内した。

「家は、ここなのだが、どうかな?」


「Kouと一緒なら、最高!」


  ***


 ――“L” 病院。五〇九号室。もう、蒸し暑さもなく、秋に差し掛かっていた。


 美舞は、むくにずっと付き添っていた。

 今日は、ウルフとマリアがお見舞いに来ていた。

 玲は、勿論受け持った患者である前に、可愛い娘として、回診に来た。

 

 美舞が、むくの髪を撫でた。

「むくちゃん、髪が少し伸びたかな……」

「美舞まーま。女の子らしいですか?」

「そうね。似合っているわよ」

 むくは、周りを見た。

「皆、来てくれて嬉しいですよ」


「Ayaさんは……?」

「異国で新しく暮らしているそうだ」

 葉書を渡された。

 ヴェローナからと書いてあった。

 裏には、ジュリエットの銅像とバルコニーが写っていた。


 むくは、しんみりとして呟いた。

余波なごりの別れとなるのでしょうね」

 いつか、ここの皆と帰郷しようと、泣かずに言えた。

 むく以外は、目頭を押さえたりしていた。


 もう、夏休みも終わったのであった。

 家の周りのセミも鳴くのを止めたであろう。

 望郷の念が強まった。


「むく」

「むくさん」

「むっくん」

 その日のうたた寝で、美術部の皆の顔に会った。

 今迄、自分を着飾っていた様だ。

 もう少し、伸びやかにしよう。

 むくは、新しい自分を探しに旅立とうと誓った。


 一五歳の初秋、旅情の果てに……。

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