――旅路――

第18話 ユダの指す人

――旅路――

□第18話□

□ユダの指す人□


 ――日本。東京。


「フライトチケットは、とってあるのじゃ。

Bundesrepublikブンデスレプブリーク Deutschlandドイチュランド”、“Berlinベルリン” ドイツ連邦共和国、ベルリンへ行くのじゃぞ」


 日が昇る前から、ウルフは、荷造りや身支度をむくと一緒にして、むくを団地から連れ出した。

 空港へは、京成スカイライナーを利用しようとしたが、むくが疲れているのを見て、ウルフは、タクシーにした。


「あのタクシー、多分成田空港ね。こっちも追うわ」

 Ayaは、カローラで追跡した。


 キイッ。

 キイイッ。


 二台の車が、成田空港で人を掃き出した。

 上背のある白い男、彼に支えられた水色のコートの少女、そして、全てを黒くした烏の女。


「一〇時五〇分、“成田国際空港” 発、“Bruxellesブリュッセル” 経由、“Berlinベルリン-Tegelテーゲル Airportエアポート” ベルリン-テーゲル空港、一八時丁度着で行くぞ。成田からは、全日空じゃよ。ええじゃろ。乗り換えたら、短いエアバスじゃ」

 ウルフは、むくをカフェで休ませながら、これからの話をした。

 むくは、ぼうっとして、ココアも口につけなかったが、ウルフが心配して見ているのにふと気付き、お冷やで湿らす程度にした。


 Ayaは、近くの席でしれっと耳をそばだてて、チケットを都合しに行った。

 キャンセルがあったので、胸を撫で下ろした。


  ***


 ――午前、全日空機内。


 グァーキイィィィ……。


 三人を乗せた飛行機が、地面を蹴って行った。

「飛行機は、初めての時、怖がっていたが、今はどうじゃ? むくちゃん」

 早めにブランケットをむくに掛けた。

「離陸したら、恐くなくなりました。大丈夫です。ウルフおじいちゃま」

 肩にブランケットを寄せた。

「さあ、一二時間しないと、ブリュッセルにも行き着かないぞ。ベルリン迄は楽しみますかの」


 暫くして、キャビンアテンダントから、ウルフは、甘甘あまあまコーヒーと、むくは、オレンジジュースをいただいた。


「実はのう、むくちゃんに見せたいものがあるんじゃ……。しまった、甘過ぎたかの!」

 コーヒーに火花を散らした。

「何ですか? ベルリンにあるのですか?」

「そうじゃよ。ははは。驚くと思うぞ」

 むくは、オレンジジュースに挑んだ。

「一〇〇パーセントオレンジが堪らないです」

 喉をこくっとすると、ほっそりと笑った。

 疲れると食も細くなるが、少し飲める様になって来た。

 むくが元々痩せているのもあり、何でも口にできたなら良いと、ウルフは、少し安心した。


 キイィィィ……。

 グォー。


  ***


 ――ドイツ。ベルリン。


 『ポーン……。ご搭乗ありがとうございました』


 “Berlinベルリン” はすっかり、暮れていた。

 街並みは、他の都市と変わらないけれども、この国の哀しみも抱えている様であった。


  ***


 ――ウルフとドライブ!


「ここから目的地の近く迄、レンタカーで行くかいの。儂は、国際免許を持っておる」

「ウルフおじいちゃま、頼もしいです」

 むくは、自力で歩ける様になっていた。

 BMWを借りて、二人のドライブとなった。

 むくには道は分からなかったが、ウルフにはマップは要らなかった。

 東か西か南か北か、すいすい流れる車窓にむくは呟いた。

「絵の様に綺麗ですね……」


  ***


 ――無事、“M” 教会に。


 キッ。


「着きましたか? ウルフおじいちゃま」

 車から、そっと砂利道に降りた。

「教会……」

 ぶっと風が吹きさいた。

 砂利の間の雑草が、負けまいとした。

「勝手に入って怒られないですか?」


 カツーン。

 カツーン。


「勝手知ったる学舎じゃよ。はは」

 むくは、教会を見回す。

 テンペラ画、“マグダラのマリア” を見つめた後に、振り返った。

「ウルフおじいちゃまの学舎?」

「ははは」

 懐かしむ碧い瞳があった。

「そうじゃ。この教会の祭壇の後ろに行ってみなされ」

 真っ直ぐ先を示した。

「大丈夫ですか」


 カツーン、カツーン、カツーン、カツーン。


 自分の靴の音にさえ、ひやひやして、ゆっくり近付いた。

 誰が描いたのか、板に、“最後の晩餐” 風の油彩画があり、それを屏風の様に立てていた。

「裏? 裏って……」

 気を付けて向かって左のユダ側から覗いた。

「ああ! こんな所に……!」

 

「ベルリンに、“ジレとアデーレ” を空輸したのは、この儂じゃ。この絵は、知人のKouさんに、ここ迄、運んで貰ったのじゃ」

 ウルフが近付いて来て、むくの頭を撫でた。

「この絵を……。Kou様ってウルフおじいちゃまのお知り合いなのですか?」

「Ayaさんの専属マネージャーみたいなもの、情報屋らしいの」


 “マグダラのマリア” 迄歩み、振り返った。


「この絵、“ジレとアデーレ” を描いたのが儂なんじゃよ」


 ウルフは、両手を開き、微笑んだ。


「ええ……? え!」


「そして、白い手紙の、“M” は、儂の学舎である、“M” 教会。マグダラのマリアの、“M”。儂の名、“Müllerミュラー”。それらから来ておる」


 むくは、予測できない事があるのだと、驚いた……。

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