―― ローマより極東へ ――

第7話 Ayaの際遇

――ローマより極東へ――

□第7話□

□Ayaの際遇□


 ――イタリア。ローマにて。


 Ayaは、“Italyイタリア”、“Romeローマ” のコロッセオ前で違和感のあるフランス語を耳にした。


「“Oui,ウィ ça vaサヴァ. Allezアレ, au revoirオフヴォワーハ.” ああ、大丈夫。では、さようなら」


 ピッ。


「“Merciメハスィ.” ありがとう」


 Ayaは、黒の帽子に黒のジャケットとパンツに赤いサングラスで目立つ格好ではあったが、身を忍ばせ、気取られぬ様にフランス語の二人を見た。

「やはり、男二人ですわね」

 それは、確認できた。


「どうやら、向こう側にいて礼を言った男の代わりに、手前のもう一人の青い帽子の男が電話をしたと言う見方で合っている様ですね」

 雑踏の中でしかもこんなに離れていても、Ayaは、見る力が優れている。

「二人は丁度重なってしまっているのが残念だわ。後で、どかしますかね」

 顔を確認しようとした。


 きらっ。


 太陽に恵まれた昼日中、電話の持ち主の手元が光った。

「あのスマホは、新しい機種だわ。Kojikaコジカ NFW-02J、日本のだわ」


 そして、いつなんどきも疑問を捨て置けないAyaは、どうして違和感を覚えたのか、考えを巡らせた。

「フランス語の発音は、一般的レベルで合格かしらね。ネイティブではない様子でしたけれども」

「会話も不自然ではない内容でしたわ」

「雑踏に紛れての密売は、否定できる環境でしょうね」

「服装は、観光客なら溶け込んでいるわね」

 次々と情報を整理した。


 そして、もう一度、すっとそちらを見ると、まだ二人ともそこにいて近付き難い。

 タイミングを見計らっていたその時だった。


「“Mademoiselleマドモアゼル Mukuむく” むくさん」


「……!」

 Ayaは、はっとした。

「つい先日の、“仕事” で、依頼主から、土方むく様に手紙を届けたのでしたわ」

 日本の事を思い出した。

 Ayaは、手帳の類いを持たない主義だ。

 情報が危ないからだ。

「土方むく様の事かしらね。声からして、電話の持ち主が話されたと推察しますわ」

 サングラスを直した。

「聞き覚えのある声です……。この方は……」


 そこからのAyaは、豹の様に素早かった。

 “Schwarzシュヴァルツ Dracheドラッヘ” と言う名の銃口に龍のペインティングが施してある母の形見のコルトパイソンをホルダーからゆっくりと取り出した。

 そして、コロッセオの天高く輝く太陽にちらつかせた。


 チッチッ。


 その光は、フランス語の二人への合図であった。

「こっちを見ましたね、電話を掛けた青い帽子の男」


 Ayaは、黒の帽子を目深に被り、流し目で眼力を飛ばした。

「これ、効くかしら」

 すると、立っていた二人の内、電話の主が重なっていた手前の男から顔を出し、こちらを見た。


「目が合ったわ……! 失敗! 眼力強過ぎたかしら?」

 どきっとした。


 向こうから軽く手を挙げて、こちらに近付いて来た。


「Aya……!」


「……! Kouコウ……!」


「どうして、どうして、いつも際遇するのかしら? Kou」

 二、三歩、駆け寄った。

「それは、神様でも分からないよ」

 Kouは、両の掌を上に開いた。


 シュッ。


 Kouのスマホは、奪われた。


 パキリポキリ。


「“Schwarzシュヴァルツ Dracheドラッヘ” では、勿体ないので、素手で叩かせて貰ったわ。電話は、おじゃんよ」

 どこか嬉しそうであった。


「手厳しいな。相変わらず」

 いつもの様に優しく目を細めた。


 この際遇が二人の歯車を狂わせる事になるとは、知る由もなかった。

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