「青春素晴らしいですねー」

 社会において社内恋愛はしない、というのは暗黙の了解だと私は思っている。決まりがあるないに関わらず、「別れた後気まずい」だとか、周りの人間が気を使わないといけない、とかそういう面倒事が付きまとうからだ。


 ただし。


 絶対やっちゃダメっていうことを私は言えないし、「このカップルおいしいなー、萌えるなー」って思うので全然やってもらっていいとも思っている。



「アルバイトとアルバイトくらいはくっついていいと思うよ、紗姫ちゃん」

「本当ですか?」



 私の出勤前。そして紗姫ちゃんの自由時間中のお話中。

 「社内恋愛ダメって本当ですか」って突然紗姫ちゃんに問いかけられた。もちろん私の腐った思考回路は切り離しつつ、本心を口にした。


「紗姫ちゃんの想い人は……まぁ難しいかもだけど」

「上げて落とさないでください!!!」


 紗姫ちゃんの想い人、多瀬たぜ敬心けいしんさんは、高校教師志望のフリーターさん。教員採用試験を受けては落ち受けては落ちを繰り返している。法律とかその辺に詳しくはないけど多分、未成年とお付き合いするということには抵抗を感じる人だと思う。


「何で日本には不純異性交遊がダメなんていう決まりがあるんですか」

「えーと」

「異性が不純に交遊しないと子供できませんよ!? 少子高齢化を問題視するなら――」


 後ろから紗姫ちゃんの頭が殴られた。

 宵風さんだった。


「女子高生が大きな声でそういうこと言うんじゃない」


 ごもっとも。


 宵風さんは壊れてしまったのか、カラオケの曲を入れるリモコンを持って、バックルームへやってきた。多分修繕依頼の打ち込みだろう。


「宵風さんも去年まで女子高生だったじゃないですか!」

「あ、ほんとだ。もう3年くらい前の話だと思ってた」


 まだ一年もたってないと思うんだけどな。宵風さんの過ごす一年がとっても濃い物で、それで時間の流れが遅く感じているのかもしれない。


「っていうか誰にでも恋愛相談してるの?」


 多分同じ内容を宵風さんも受けたのだろう。少しむっとした様子で、宵風さんはパソコンに向き合っている。


「いろんな人の意見を聞いているんです!」


 と、紗姫ちゃん。

 確かにそれは悪いことではない。むしろいろんな人の意見を聞いて、それから結論を出すのは実によい選択だと思う。


「答えは出るの?」

「そ……れは」


 多瀬さんがどう思っているかは、多瀬さんに聞かないと意味はない。けど、そんなにはっきりと聞けるような問題でもないのが恋愛の難しいところ。


「灯名子さんは、成人と未成年の恋愛どうしたらいいと思いますか」

「遅く生まれた紗姫が悪い」

「不可抗力です!!」


 好きで遅く生まれたわけじゃありません! と紗姫ちゃん。

 そりゃそうだ。世の中の年齢差で悩んでるカップルの人たちは好きで遅く生まれたり、早く生まれたわけじゃないのに何でかそのことで悩む。好きになった人と年齢が離れているだけで。


「紗姫は……どうしたらいいんですか」

「とりあえず今は、休憩終わりだからタイムカード切ってきて」

「ええええ!? 早くいってください!!」


 バタバタと紗姫ちゃんはあわただしくタイムカードを切りに厨房へ向かって走っていく。そのまま多分フロントにいるんだろう。


「冷たいと思いますか?」

「え?」

「紗姫に対して」


 確かに言葉だけなら、宵風さんの言葉は冷たいかもしれない。

 でも、


「紗姫ちゃんは多分、そういう言葉の方がありがたいと思いますよ」


 紗姫ちゃんはどちらかというと「同意してください」って顔がそう言っている子だけど。悩んでるときにはっきりと否定してもらえることってなかなかないことだとは思うから。宵風さんの言葉は紗姫ちゃんを成長させると思う。


「だって、どうしようもないじゃないですか年齢なんて。それでも好きだって言ってもらえるように、こっちはなるしかないんです」

「こっちは?」

「あ、えっと間違えました。『紗姫は』です」


 「こっち」というのは、宵風さんと紗姫ちゃんの二人ということだろうか。二人とも未成年で、成人してる男性に恋をしていて。

 つまり宵風さんも年上の想い人がいる……?


「青春素晴らしいですねー」

「同居してる人とはどうなりました?」

「どうもなってないですよ?」


 まだどうもなってないんですか。

 と、宵風さんが言った気がした。

 「まだ」ってなんですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る