「あ、コーヒーより血が先の方がいいのかな?」

 前回のあらすじ。

 深夜に街を歩いていたら、倒れてる人がいて声をかけたら吸血鬼で、どうやら私の肩が硬すぎて血が飲めなかったらしいので家に連れ帰ってきました。終わり。



「いやいやいやいや」


 何かに突っ込みを入れるように、吸血鬼のお兄さんが声を上げる。

 何に突っ込みを入れているのか? もちろん私の行動にだ。

 倒れてる人間に声をかけるな、と母親から言われていたにも関わらず、倒れて振りをしていた吸血鬼を家に上げているなんて自分でもどうかしていると思う。

 でも、私のような人間の血でも欲しがったのだとしたら、それは多分飢えているということだろうから。


「何ですか? とりあえず適当に座っててください。吸血鬼ってコーヒー飲めるんでしたっけ?」

「飲めるけど、いやいやいやいや」

「何ですか」


 どうやらお兄さんは、唐突に人を襲おうとした割には、常識を持っているらしい。


「お嬢さん。倒れてる人間を家に連れ帰るとろくなことないと思うんだがどうだろうか」

「お兄さん。倒れてる人に声をかけるような優しい人間の血を、問答無用で飲もうとしたのはどうかと思うんですけど、どうでしょうか」

「すみませんでした」


 論破完了。大勝利。

 お兄さんはミニテーブルの前に座る。私もそれを見ながらインスタントのコーヒーのビンを手に取り、お湯を沸かす。

 コーヒーのビンからマグカップに小さじ一杯ずつのコーヒーの粉を入れて、自分の分には砂糖を足した。


「あ、コーヒーより血が先の方がいいのかな?」

「何でオレが吸血鬼だと?」

「いやぁ、お恥ずかしながら『オタク』というやつでして。それなりに吸血鬼物は読んでるので」


 まぁ、どちらかというと二次創作で『アニメのキャラクターが吸血鬼だったら』みたいなやつのBLものしか読んでないんだけど。ああいう展開の奴を昔読んだ記憶があった。


「オタク、日本の経済回してるあれか」

「その認識は間違ってると思います」


 間違ってはないけど、オタクだけが日本の経済を回してるわけではありません。

 というか、何でそんなピンポイントの情報だけ持っているのだろう。この吸血鬼さんは。


「とにかく、お嬢さんは吸血鬼に理解があると」

「多分間違った知識だと思うんですけど」


 私は思いつく限りの吸血鬼の知識を列挙していく。


 1.太陽がダメ

 2.聖水と銀がダメ

 3.死ぬと砂になる

 4.不老不死

 5.催眠術かけられる

 6.変身術も使える


 くらいのことしか知らない。

 というと、お兄さんは「充分だ」と笑った。美形だからとっても絵になります。はい。

 そういえば、吸血鬼が美形って設定はどこから来たんだったっけ? 女性を魅了しやすいようにだったっけ?

 

 沸いたお湯をマグカップに流し込みながら、私はそんなことを考えた。

 お兄さんの分はカップの8割くらい、私の分は6割でお湯を止めてミルクを淹れてかき混ぜる。

 ミニテーブルの長辺のところに座る。

 短辺のところに座っていたお兄さんの前にカップを置くと、手を取られた。

 お兄さんの雰囲気が、話していた時とは違うものになる。多分人間を装っていた仮面がはがれて、吸血鬼の顔が現れる。 



「切った方がいいですか?」

「いい、このまま」


 言い終わるが早いか、お兄さんは私の左腕に噛みついた。皮膚が突き破られる感覚は痛みとなって私に流れ込んでくる。多分私は顔をしかめただろう。けどお兄さんは気にする様子もなく、吸血行為を続ける。

 お兄さんから、吸ってるというよりも啜っている音がして、何か厭らしいというよりも恥ずかしい気持ちになる。今すぐにでも手を放してほしい、でも、やめないでほしい。相反する気持ちが葛藤して、私の顔は熱くなっていく。

 ああそういえば、吸血鬼に血を吸われると官能的な快感を感じるんだったっけ。なんてそんなことを思い出して必死に平常心を保とうとするけど、挑戦している間に終わったらしい。



「ごちそうさま」



 最後に噛み跡から流れている血をペロリとなめて、お兄さんは妖艶に微笑んで、私は意識を手放した。

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