第14話 小人の国

 扉の先には広大な空間が広がっていた。人間のサイズからすれば頭が擦れんばかりの天井と、数分あれば走破できる程度の広さしか無い洞穴だが、小人と同じ大きさの今の俺達からすればここはまさしく巨大洞窟だった。

「おー」

 ロロが目を輝かせあたりを見渡す。洞窟内には石と土で出来た家屋が建ち並んでいる。その様式は西方都市の物を参考にしたと思われるが、装飾や材質の問題で若干のアレンジが加えられていた。


 周囲には人……いや、小人達がまばらに行き交っている。見た目は人間とほとんど変わりないが、そのどれもが若く、平均で十二歳前後、年長者と思わしき者でも十七~十八歳といったところだ。

「ひとまず、私の屋敷まで行きましょう。詳しい話はそこで」

 アルバートは先行し、俺達を促す。


「王子!帰ったんですね!」「王子様!」「後ろの人達は?」

 歩き始めると周りの住民達がアルバートに気付き近寄ってくる。

「やあ皆、元気そうでなによりだ。彼らは地上の人間だよ。少し頼みがあってね」

 すると小人達の視線が一斉に俺達に注がれた。

「人間!?」「すごい!本物だ!」「どこから来たの?南西にあるっていう街から?」「握手して!」「なんかちょうだい!」

 途端に言葉の波が一気に俺達を襲った。


「おいおいおいちょっと待て!」

「な、なんかって言われても……」

 グレインとロロは押し寄せる群衆にもまれひどく狼狽える。俺に至ってはどう対応していいか分からず、せわしなく視線を動かしおろおろとするばかりだ。

「どうしよう……」

 たまらずアルバートに助け舟を求める。彼は苦笑いした後、住民達に呼びかける。

「皆。この人達は大切な客人です。あまり困らせてはいけませんよ。さあ、離れて」


 アルバート言葉を聞き、住民達は渋々といった様子で離れていく。

「お騒がせしてすいません。では行きましょうか」

 彼が先に進もうとした時、一人の小人が訊ねた。

「あの、王女様はお元気でしょうか?ここ最近姿を見ていないのですが……」

 アルバートの表情が一瞬曇り、だがすぐに笑顔を取り戻した。

「シャルロッテは少し病気を患っていまして、今は屋敷で安静にしています。心配せずとも、もう二、三日もすれば良くなりますよ」


 アルバートは住民達に手を振り、俺達と共にその場を後にする。

「まったく。えらい目にあったぜ」

 グレインが腕を組み愚痴をこぼす。アルバートは申し訳なさそうに笑う。

「皆、無邪気で好奇心旺盛ですから。それがこの国の良い所でもあります……悪い所でもありますが」

 悪い所、という部分に若干の引っ掛かりを感じたが、それを口には出さなかった。


「しかしさっきの住民達を見るに、そのシャルロッテとやらの事、話してないな?」

 ロロはすれ違う小人達を横目で伺う。

「ええ。あまり民を不安にさせたくはないので。話したところでどうにかなるという事でもありませんし。だからこそ、一刻も早くシャルロッテを解放してやりたいのです」

 アルバートの足取りが速まる。


「シャルロッテ、というのはどういう人なんだ」

 手持ち無沙汰の道中、アルバートに訊ねる。

「そうですね。明るくて元気……悪く言えば少々おてんばですかね。勝手に国を抜け出して人間達の様子を見に行ったりして、家臣を困らせることもしばしば。ですが責任感の強い娘で、今回の住民からの報告にも真っ先に調査に行くと言い出しましたね」

 アルバートは微笑ましそうな顔を浮かべる。



 数十分ほど歩き続けたところで、眼前に周りの建物より幾分大きな木造の屋敷が見えてきた。

「あれが私の屋敷です」

 そう言いアルバートは指を指す。入口には槍を抱えた兵士らしき小人が立ち、警備を行っている。


「これはアルバート様。お戻りになられましたか」

 兵士が俺達の存在に気付き背筋を正す。

「……もしやそちらの方々は」

「ああ、『お告げ』の人達だ。通してくれエリック」

「はっ!」

 エリックと呼ばれた兵士は横に避け、アルバートは俺達を招き入れる。


 中に入ってすぐ、アルバートは屋敷の二階へと俺達を促した。屋敷内にいた使用人は俺達の存在に気付くと挨拶をしてきが、みな一様に浮かない表情だった。

「皆シャルロッテの事が心配なのです」

 階段を上がりながらアルバートは寂し気にそう呟いた。二階に上がるとその内の一室の客間へと案内された。客間、と言っても木の椅子とテーブルが並べられただけの簡素な作りだったが、あえてそれを口に出すものはいなかった。


「じゃあまあ、早速作戦会議といくか」

 グレインが席に着くやいなやそう切り出した。

「その暴走した王女様とやらの力、具体的にどんなもんなんだ?」

「わたしも力の一端を見ただけですが、その時の彼女は私を片手で投げ飛ばし、素手で岩を砕き、踏みしめるだけで地面を陥没させていました。おおよそ、私達小人族の持つ力ではない」

「……やばそうだな」

 グレインが苦虫を嚙み潰したような顔でつぶやく。


「提案があるが」

 ロロが何事か思いつき、アルバートに告げる。

「シャルロッテをなんとか広い場所……たとえばさっきの地上へと誘導はできないのか? そうすれば私達が元の大きさに戻って応戦できる。いくらそいつの力が強かろうと、人間と小人では体格の差が歴然だ」


 その言葉を聞き、アルバートはしかし首を振った。

「それはできません。誘導が難しいというのもありますが、なによりその方法は彼女には通用しないでしょう」

「何故だ?」

「彼女は私と同じくバースの力を持っています。そして彼女のバースは《拡大》。自らの体を巨大化し、人間と同じサイズまでなることができる力です。そして当然力も人間同然になる……ここまで言えばお分かりですよね」


 ロロは顔をしかめ、「よく分かった」と言った。つまり元のサイズに戻り戦ったところで状況は好転しない。むしろ誘導のための労力を考えると悪手と言える。

「あんたのさっき出した力は使えないのか?」グレインが問う。

「申しわけありません。私の《収縮》は最小でも私と同じサイズまでしか小さくできないのです。ですので元から同じ大きさの小人には効果がなく……」


「つまり、正攻法で行くしかないってことか」グレインが頬杖を突く。

「ええ、幸いシャルロッテの《拡大》は最大のみ……つまり人間と同サイズにしか巨大化できません。調整ができないのです。なので戦闘中彼女の力が使われることは無いと考えていいです」


「なら、いつもの方法だ」

 アルバートの言葉に頷き、グレインとロロを交互に見る。

「俺が正面からシャルロッテを迎え撃つ。グレインとロロはその援護を頼む。いくら力が強かろうと相手は一人だ。全員でかかれば隙が見えるはず」


「私もお供しましょう」

 アルバートがそう言い手を上げる。

「これは元々我々小人族の問題。そのうえであなた方に助けを求めているのですから、その間傍観しているというわけにもいかないでしょう。それに私、これでも剣の腕には少し自信がありますので」

 そう言いアルバートは腰に提げたレイピアの鞘に手を振れる。


「ところでそのシャルロッテがいる場所、隔離されたと言っていたが、具体的にはどうなっているんだ?」

 ロロが疑問を口にする。

「シャルロッテがいる場所は国の一角にある広場です。私は自身のバースでがれきや岩を収縮、移動させ元に戻すことでその場一帯を封鎖しました。さしもの彼女もあの壁を突き破ることはできないようです」

「侵入はどうする」

「そこはご安心を、エリックに命じて進入路を確保しています」

 アルバートは戸口を見やった。


 


「じゃあ次、最後の質問いいか?これが一番はっきりしときたいだが」

 グレインが腕と足を組む。

「そのシャルロッテの中に入ったっていう黒い物体、どうやって取り出す? まさか体掻っ捌いて摘出するわけじゃあるまいし」


「実はそこなのです、問題は」

 アルバートが言いにくそうに口に手を触れる。グレインがギョッとした顔をする。

「まさかお前、考えてないのか? 俺ら呼んできたくせに」

「考えてなかったわけじゃありません。ですがその物体を見たのもほんの一瞬のうえ、あまりにも常軌を逸した物だったのでほとんど答えが出ず、その最中に例のお告げが響いたので、その勇者なら摘出法を知っているかもしれないと、藁にも縋る思いで……」

 アルバートが取り繕うように早口でまくし立てた。


「で、つまり何も分からないということなんだろ」

「……はい」

 ロロのじっとりとした目線にアルバートが弱弱しく背筋を丸める。

「どーすんだよ。対処法分からねえんじゃ俺ら動きようがねえぞ」

 グレインがやってられないといった様子で椅子にもたれかかる。


「まあ、無いものは仕方ない。今から考えるしか」

 萎縮するアルバートをみかねて会話に割り込む。

「幸い、まだ時間があるんだろ? ならその間に……」


その時、客間のドアがいきなり開け放たれた。

「アルバート様、おられますか!」

 客間に飛び込んできたのは先ほど入口の警備をしていたエリックという兵士だった。ひどく息を切らし、その顔には困惑と焦燥が滲んでいた。


「どうしましたエリック? そんなに慌てて」

「シャ、シャルロッテ様が、壁を破壊して外へ抜け出しました!」

「なっ」

 その言葉にアルバートは椅子を蹴り立ち上がる。


「どういうことだ? 壁はシャルロッテの力では破壊できないんじゃ」

 ロロがきつい口調で問う。エリックは必至に呼吸を整える。

「わ、わかりません。ですがわたしが進入路の確認をしようと隔離された場所に行くと、中から突然轟音が響き、壁が破られ、そこにシャルロッテ様が立っていました。間違いなく、あの方が破ったものかと」

 

「彼女は今どこに?」

 衝撃から立ち直れぬままアルバートは問う。

「広場から真っ直ぐ向かっているなら、おそらくそのまま市街地に出るかと。足取りはゆっくりでしたが、あの力のまま暴れられたら……」

 言葉を遮り、俺は椅子から立ち上がる。


「物体を取り出す方法はまだ分からないが、このままシャルロッテが進めばそれどころじゃない。まずは彼女止めよう」

「まったく、考える時間もありゃしねえ」

 グレインがぼやきながら立ち上がり、続いてロロも席を立つ。


「おいアルバート、お前がいなきゃ場所が分からないぞ。それともエリックに案内してもらうか?」

 放心状態だったアルバートはロロに呼びかけられはっとする。

「……いきます。この国と、彼女を守らなければ」

 アルバートはエリックに向き直る。


「エリック。他の兵士を共に市街地の人達を避難させてくれ。どこでもいい、とにかく離れた場所に逃がすんだ」

「分かりました、王子もご武運を!」

 エリックが出ていったのを確認し、俺は皆を見渡し言った。

「行こう」



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