桜が舞う頃には

コトリノトリ

変わらない想い

 


 受験が終わった高校三年生は本当に暇だと思う。

 受験中にやりたかったことも尽きてきたある日、私は近所の図書館で暇を弄んでいた。

 適当に本を見繕って、席に着く。

 少し前まで受験生であふれ、異様な雰囲気に包まれていたこの図書館も今では元の姿を取り戻しつつあった。

 日の当たる席を選んでしまったのが悪かったのかのかもしれない。

 私は本を読みながら、ついついうたた寝をしてしまった。


「いったー!!」


 頭に落ちてきた突然の衝撃に私は思わず頭を抱えた。

 何すんのよ、と後ろを振り返るとそこには参考書を持った瑞樹の姿があった。


「図書館は寝る場所じゃねーぞ!明里!」

「知ってるわ!バーカ!」

「バカとは何だ!バカとは!全く起こしてやったっていうのに」


 瑞樹はやれやれという風に首を振ると、バックから何かを取り出した。


「お前、今から暇?」


 暇だった私は瑞樹の提案にすぐに乗った。

 瑞樹が取り出したのは、参考書。

 つまり、赤本だった。

 学校では赤本の寄付を受け付けており、受験が終わった人たちは学校にこぞって寄付しに行っていた。

 とうの昔に私は赤本を寄付していたのだが、瑞樹は違ったようだった。

 瑞樹と私は小学校からの友達である。

 昔はとても仲が良くて、毎日のように家を行き来していた。

 ただ、高校に入ってから少し疎遠になっていた。

 すれ違えば、挨拶もするし、教科書の貸し借りもしていたが、距離は確実にひらいていった。

 だから、今日こんな風に誘われたことに私は驚いていた。


「瑞樹は大学どこ?」

「明里こそどこ?」


 自転車をこぎながら、二人で会話をする。

 この時期に話すことなんて、大学のことしかない。

 私は瑞樹が頭がいいことを知っていた。

 中学校でも高校でも、瑞樹は生徒会長を務めていたし、何より頭がいいことで学年中に知られていた。

 そんな瑞樹だから、きっと県内の国公立にうかっているだろうと思っていた。


「俺、東京に行くんだ」

「え?」


 聞き間違いかと思った。

 何で東京なんて遠いところに行くのかと思った。

 私は呆然として自転車を止めた。

 それに気づいた瑞樹も自転車を止める。


「嘘でしょ」

「ううん、本当だよ」


 瑞樹と私は普通の友達じゃない。

 元恋人だ。

 中学校三年間、私は瑞樹と付き合っていた。

 キッカケは小学校六年生の卒業式、瑞樹に告白されたことだった。


『好きです!付き合ってください!』


 恋なんて、ましてや恋人なんて、夢のように思っていた当時の私はその場の雰囲気も影響して、その申し出を了承した。

 そして、私たちは高校を入学するまで、仲良く付き合っていたのだ。

 周りからは祝福され、私たちは幸せそうに見えた。

 だけど、私は一人悩んでいた。

 本当に瑞樹が好きなのか、と。

 勢いとノリで付き合ってしまった私にはいまだに恋というものがわからなかった。

 確かに瑞樹にはキュンとする。

 女子扱いをされた時とか、キスされた時とか、するけれど。

 するけれど、それが私にとって当たり前すぎてよくわからなかった。

 だから私は高校の入学式の時に別れを告げた。

 ごめんなさい、って。


「ずっと考えてたんだ、俺。なんで明里は俺を振ったんだろうって」

「うん」

「そこで思ったんだ。俺、明里のことしか考えてなくて、自分のしたいこととかやってこなかったな、って」

「うん」


 そうだ、いつも瑞樹は私に尽くしてくれた。

 部活を選ぶ時も、食べ物を食べる時も、自分の服を選ぶ時も、瑞樹は私の好みを聞いてから選んでいた。

 そんな気持ちに少しばかり、飽き飽きしていたのもまた事実だった。


「だから、俺」

「うん」

「東京で法学学ぶことにした」

「そっか」


 何も返す言葉が見つからなかった。

 今さら、まだ好きです、と告白したところで何も変わらない。

 だけど、このままだともう会えなくなる、そんな気がした。


「私ね、瑞樹と別れたのは本当に自分勝手な理由なの」

「え?」


 瑞樹は驚いた顔で私を見つめた。

 そんな顔を見ながら、私は言葉を続けた。


「本当に瑞樹が好きなのかがわからなかったの。付き合いだしたのは、まだ小六。私はまだ子供だった。」

「そうだね、お互い子供だった」

「うん。その時はその場のノリと雰囲気でOKしちゃったの」

「え、ノリと雰囲気?」

「はは、ごめん。それから三年間付き合って、瑞樹に対して自分が一体どういう感情を抱いているのかがわからなくなった。だから、私は瑞樹を振ったの」


 そっか、と瑞樹はため息をこぼした。

 そして、何か言葉を探しているようだった。

 私も言葉を探していた。

 今度はもう間違えないように、と。


「「あの」」


 二人の声が被って、顔を見合わせて笑う。

 そして、私たちは声を揃えて言った。


「「好きです!」」


 これからは、瑞樹は東京に、私は地元に残るから、離れることになるけど


「よろしくね、瑞樹!」


 きっと今の私達なら大丈夫。

 私達は二人並んで、学校まで向かった。

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