「700年シリーズ」より

青谷因

存在の再生

いつからここにいるのか。


どれくらい、ここにとどまっているのか。


そもそも、ここは何処なのか?


何度、この疑問を繰り返しているのか、わからなくなっていた。


俺は、おかしくなってしまったのだろうか?



何も見えない。


自分自身の存在すら、疑わしくなってしまう。


夢の中に居るのか。


だとしたら、何故、一向に目のさめる気配が無いのか。


自分以外の存在が認められない、この、奇妙な時空は何なのだろう?


意識だけが、漂っているような、説明のしがたい体験だった。


ただ、時折。


ぼんやりとした輪郭の、少年が姿を現す。


この時だけ、俺は俺の存在を確信できるのだ。


そして、また、あいつがやってきた。


「・・・・・・」


相手から、会話を持ちかけてくることは無い。


俺がいつも、一方的にまくしたてるだけだった。


「なぁ、いい加減、外へ出してくれ」


「外、とは?」


「お前、外から来たんだろ?外じゃなかったら、何処から来たんだ?」


「外、の定義が判然としないので、お答えしかねます」


―チッ。


いつも、これだ。


頭がいいのか馬鹿なのか、会話が成立しない。


これが大人の男だったら、すぐさま掴みかかって、ぶっ飛ばしていただろう。


背格好からして、相手は子供にしか見えない。


それとも、子供のように見える成熟した異星生物の類なんだろうか。


何もかも、厄介になってきた。


「俺は、ここから出られるのか?」


「分かりません」


「お前は何で、出入りできるんだ?」


「繋がっているからです」


「・・・またそれかよ。じゃあ、何で俺は、自由に行き来出来無いんだ?!」


苛立ちをこらえきれず、口調が荒くなる。


「俺をこんなところに閉じ込めて、何がしたいんんだ?」


「閉じ込めているわけではありません。ただ、存在が再生されていないだけです」


「??」


「あなた自身の存在認識と、あなたにつながるものの認識に大きな齟齬があるためだと思われます。それを解消しない限り、あなたは帰結することが出来ない」


「・・・・・・言ってる意味が、よく分からないんだが・・・」


「あなたのネットワークを調べてみましたが、正確なつながりを見せているものは、ほとんど皆無でした。そして、残念ながら、こちらから働きかけて修復を試みることはほぼ不可能です。」


 正直、さっぱり意味不明だった。


 自分が投げかけた疑問だというのに、納得する答えがひとつも得られないのだから。


「要するに、どうあがいても、俺はここから出ることが出来ないと。そういうことか?」


「外部ネットワークからの働きかけで、あなたの存在が証明ないし再生されれば、その場所へ帰結することは出来ます」


「だから、その、難しい言い方はやめてくれ。誰かが見つけて助けてくれれば、俺はここから出られる、ということか?」


 少し思案するような間を置くと。


「そうとも言えます」


相変わらずの、歯切れの悪い返事だった。


「くそっ。らちがあかねぇ・・・」


苛立ちから、意識を逸らした一瞬の間に、少年はまた、跡形なく消えていった。


・・・・・。


また、一人取り残されてしまった。















いくばくかの、孤独な時がすぎた後に。


―?!


彼の足元に突如、一筋の道が現れた。


―こんなのは、ここに来てから初めてだな・・・まぁ、行けってことだろうな。


他に手段も無いからな、とひとりごちると、これ以上の迷いも無く進みだした。


だがしばらく行くと、目の前に壁が立ちふさがる。


「・・・何だよ・・・期待させやがって・・・・・・・くそったれ」


 唯一とも言える脱出の望みを絶たれてしまい、悔しさと悲しみで悪態をついた。


―・・・ここまで導いといて、こんなひでぇ仕打ちあるかよ・・・何の嫌がらせだ・・・俺が、何をしたんだ・・・!!


 彼は、ここへきて何故か、自身の行動の記憶を再生し始めた。


 呼び起こされた衝動、と言ってもいいかもしれない。


 何故なら―。


「・・・・・・!」


 かすかな物音に顔を上げると。


 壁のように見ええていたものは、何かを映し出し始めた。


 それは、細かな文様のようで、文字のようで―。


「・・・・・・これ、は・・・!」


 彼の注目を引くように明滅する一点を凝視すると。


「・・・・・・そういう、こと、なのか・・・俺は・・・・・・」


 文様のように刻まれたものは、碑文だった。


 その下に、いくつも並んでいたものの中に、見つけたものは。


―そうか。俺は、死んだのだ・・・・・・。


 自身の、名前だった。


 感慨深げに触れると、そのまま。


 吸い込まれるように、融けていった。







「・・・祖父です・・・間違いありません・・・ありがとう、ございました・・・!!」


 老婆は涙ぐみながら、なんとか、感謝の言葉を搾り出した。


 遺体の一部すら見つからず、行方不明のまま歴史の闇に消えようとしていた存在がまたひとつ、碑文に刻まれることで、再生された。

(終わり)

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「700年シリーズ」より 青谷因 @chinamu-aotani

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