現世と異世界両方滅亡
胆座無人
神の名はエビル
第1話
「――君は、神様を信じるかな?」
そこは、会議室のような部屋――見るからに質のいい絨毯、その上に楕円形の大きな円卓、取り囲むように革張りの椅子。
椅子のひとつに腰掛けている僕のちょうど真向いには、ホワイトボードが立っている。で、その脇に立っているのは――
灰色の髪の女の人。
「君が今まで過ごしていた、現実世界。その世界は神様の手によって作られたものなのだ、と言われたら……君は信じるかな?」
灰色のショートカットはぼさぼさに乱れていて、身にまとう白衣にもヨレやシワが目立つ。
アンダーリムの黒いメガネをかけているんだけど、それが微妙に下のほうにズレているせいで、いまひとつしまらない印象を受ける。おかげで、薄青色の瞳もなんだか疲れて眠そうに見えた。
ざっくりとした第一印象が、”くたびれた理系の女子大生”。いや、くたびれた理系の女子大生を実際に見たことはないんだけど――
とりあえず僕が頷くと、女子大生は持っていた指し棒でホワイトボードを二回叩いた。
「では、続けて。神様は、君のいた現実世界に加えてもうひとつ別の世界……二つ目の世界を作ったと言ったら。君は信じるかな?」
よくわからないまま頷いておくと、女子大生も満足げに頷く。
「非常によろしい、柔軟でよろしい! さてさて、ここでは便宜上、一つ目の世界を『現世』、二つ目に作った世界を『異世界』と呼ぶけど、構わないかな?」
例によって、頷く。
「結構。では――」
そこで仮称女子大生は、不自然なほどの笑みを顔中いっぱいに浮かべると――
「今からおよそ二時間前――『現世』が機能停止した。このまま問題が解決できないなら、ほぼ滅んだと言ってしまっていい。加えて、『異世界』も現在ほとんど滅亡寸前の状況にある」
僕の目をまっすぐに見据えて、そう言った。
「……って言ったら、信じてくれるかな?」
張り付いたような微笑みが、見つめ合ううちにだんだんと引きつっていく。
今度ばかりはちょっと頷けなかった。
「……いや、なに。なんていうのかな……。神様がちょっと目を離した隙に、現世も異世界も、いつの間にかぶっ壊れてたって話なんだけど……」
深々とため息をついて――それはもう、くたびれた理系の面目躍如という感じの長いため息をついて、女子大生(仮)は椅子に座った。
ちょうど僕の真向いの席。テーブルに肘をついて、うめき声を上げながら頭を抱えている。
「いやもうほんと寝耳に水っていうか……、なんでこんなことになったのか全然わかんなくて……、とにかく原因探らなきゃって思って、それで一生懸命探して……」
顔を覆う手の指の隙間から、呪いじみた、おどろおどろしい嘆きの声が聞こえてくる……。
最後のほう、ほとんど消え入るようになってしまったその言葉の後に、女子大生はゆっくりと顔を上げ、僕に向かって愛想笑いを浮かべた。
「今のところ、唯一見つけた手がかりが、君。……って言ったら、その、信じて、協力、して、くれる……かな……?」
「……」
「……」
やはり今回も頷けなかった。
やはり今回も愛想笑いが引きつっていた。
いきなり世界が滅んだと言われて何をどうすればいいというのか。
そもそも僕には世界どうこう以前にこの状況がわからないことだらけで――話がいったん切れたようなので、意を決し、僕は手を挙げる。
どうぞ、と女子大生が僕を指した。
「あの、えっと……ここって、その、なんなんです? どこ?」
「ああ、ここ? そこからか。ここはね、現世でも異世界でもない……」
そうだなあ名前つけてないなそういえば、と腕を組み、女子大生は立ち上がった。
絨毯の上をうろうろと歩き回って、それから窓辺に近寄ると、閉め切っていたカーテンを全開にする。
「まあ、神様の住んでるところだから。てきとーに、『天国』とでも呼んでくれればいいよ」
「天国」
「うん」
「……えっと、じゃあ、その。僕って、もしかして……」
「うん。死んでるよ」
「……」
「……」
飛行機の窓から外を見た感じ――どこまでも広がる青い空と、下のほうに見える雲の絨毯。あれとまるきり同じ光景が、会議室の外に広がっていた。
そうか、天国か……。天国なら、しょうがないだろう。
しょうがないと自分を納得させて、それからもう一度手を挙げる。どうぞ、と女子大生が僕を指した。
「それで、あなたは?」
「ああ、あたし? そっか、そこからか」
そういやまだ名乗ってなかったね、そう言って一度咳ばらいをして、女子大生は――
「何を隠そう、あたしこそが世界を創造した神様です。よろしくね」
手短に自己紹介を済ませた。
そうか、神か……。神なら、しょうがないだろう。
しょうがないと自分を納得させて、それから会議室をぐるりと見まわした。
窓を除くと、出口らしきものはドアがひとつだけ。なるべく自然な動作になるよう意識しつつ僕は立ち上がり、ドアのところまで歩く。
ノブを回し、ドアを押し開ける。
ドアの外はダイレクトに青空へとつながっていた。
廊下なんてなまっちょろいものはなくて、一歩踏み出せば一発で落下できる構造になっていた。会議室が単品で宙に浮いているような空間らしい。
振り返ると、神はにこにこと愛想笑いを浮かべている。
つまり脱出は難しいということで、どう考えてもヤバイ人なのだが、逃げ場がないなら話を合わせておくしかないので納得することにした。
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