梓、限界を知る6
そうしているうちに、大皿は1枚1枚と無くなっていき10分後にはしゃぶしゃぶの大皿は全部空になっていた。
「ふー」
と梓が大きな息を吐いた。
「梓、大丈夫、キツかったらもう止めていいよ」
「ううん、お腹はまだ余裕あるんだ」
「ええっ」
「ちょっと、あんたのハラどうなってんのよっ」
この子どうなんてんの?という空気が一瞬にして場を支配した。
(次はどれだ)
梓はテーブルを一覧し次のベストを探り始める。
カレーは一気に食べれるから最後でいい。ケーキは一番おなかにくるから更に後だ。
だったらチャーハンとシューマイか。
そう考えると、チャーハン3皿をぐっと手前に引き寄せた。あと40分
皿ごと口元に引き寄せ、一気に流し込む。
じっくり噛んでいたら時間が足りない。咽にひっかかるものは噛まなければならないが、チャーハンならちょっと噛んだだけで飲み込んでも問題ない。シューマイはチャーハンに味に飽きたら食べればいい。
カツカツカツと箸の音が響く。
んぐ
カツカツカツ
んぐ
カツカツカツ
んぐ
(噛まないと、けっこう入ってくる感じあるなぁ。このペースは絶対オーバーペースだし、いけるかなぁ)
隣のひなは、食べる口元と飲み込んだ先にあるおなかの間を、ずっと視線で追っていた。
飲み込み息を吸うたびに、お腹が膨らんでいくように思える。
ひなは自分が食べているわけではないが、なぜだかドキドキしていた。
このドキドキは食べきれるか心配なドキドキなのか、がんばれと応援しているドキドキなのか、ひなにも分からない。
ただ単に、スゴいものを見ているドキドキなのかもしれなかった。
「はい、1皿完食。つぎ」
と梓は声に出して自分を鼓舞すると、2皿目を手に取り、同じように箸で一気に口に運ぶ。
途中、箸を止めて自分のお腹を触って具合を確認する。
我ながら凄いお腹。
手を真っ直ぐ下に下ろすことが叶わぬくらい、みぞおちからぼこっと突き出たお腹を両手でさする。
脇腹のあたりもさわって、全くくびれのないウエストを確認する。
(ほんとは、ここがくびれてて、この下に骨の感覚があるんだよね)
と考えると、苦しい消化試合にもかかわらず、ちょっとうっとりした気持ちになった。
(わたしバカだなぁ、こんな時にもお腹一杯になる興奮を感じちゃうんだ)
そんな高ぶりを打ち消すように、ずり落ちたスカートを軽く持ち上げて現実に気持ちを引き戻す。
といっても、止まる所を持たないスカートはすぐ下に落ちるのだが。
「3皿ごちそうさまでした」
「おー!!!」
と仲間から拍手が起こる。
「凄い!梓、凄いよ!!」
「まじ、すごい!」
大食いだと言ってたけど、これほどまでとは、これは大食いタレントの領域を遥かに超えている。
もしかしてギネス級かもしれないと思えた。
「でも、お腹がこんなだよ。胸よりだいぶ出てる」
「だよね。梓けっこうデカいから、それより出てるんだもんね」
そういうナイスバディなうれしいコメントを戴いたのだが、嬉しがっている暇はない。
(このままだと時間がたりないなぁ。どこでペースを上げたらいいだろう)
そう考えながら焼きそばを手に取った。
これは流し込めないから時間がかかりそうだ。ここで15分かかったら、ケーキのあたりで時間切れになるし。
緻密な計算をしながら焼きそばをほおばる。
味の事は考えていない。
ずずっ!
もぐもぐ。もぐもぐ
ごくっ
ずずっ!
・
・
だめだ、やっぱり飲めない。これじゃ間に合わないなぁ。
苦しいけど水で流し込むか。でもさすがに私でも焼きそば3皿を水で流し込んだら、ケーキあたりでもう食べられなくなりそうだし。
多分このお腹なら、もう5、6kgは食べてると思うし。
梓は、急に焼きそばを食べるのを止めた。
「どうした、梓」
琴音が声をかける。
「大丈夫、先にカレーを食べようと思って」
けいちゃんが、
「もう、びっくりした。ギブかと思った」
「大丈夫、ちょっとそっちの方がおいしそうに見えただけだから」
「こんなに食べてるのに、食いしん坊だな」
笑いの輪が広がったが、もちろん皆を心配させまいとして言った事だ。味や嗜好の事など考えてない。
カレーを一気に流し込む。
まるでスープのようにハイペースでカレーを食べる。
食道はハイウェーのように、ひっきりなしにカレーが流れている訳だが、その先にはもう満杯が近い胃があった。
「・・カレーってこんなに早く食べれるんだね・・・」
「うん」
ぼそっと一人が言った。
噛んでないのだから当然だ。その分、空気も一緒に食べてしまうのでお腹には負担になる。
一気に2皿。
食べ終えるのに5分もかかってない。
「けぷっ。あと25分だね」
「うん」
みんなが真剣な表情でうなずいた。
中華まんじゅうは、わりに簡単に食べれそうだが、かなり口の水分を奪われる食べ物だ。
(しまったなぁ、カレーと一緒に食べるんだった)
後悔するがもう遅い。
(しょうがない。少しお水を飲みながら食べよう)
「ちょっと、お水をとって」
「OK」
中華マンを二つに割り、はぐはぐとほおばり、水を含んで流し込む。
また二つに割り、めいっぱいほうばり水で流し込む。
(何か、急にきつくなってきた。もしかして初めてかも、これがお腹一杯ってやつ?)
飲み込みたくても、力を入れないと飲めなくなってきたのだ。それでも中華まんじゅを食べ終える。
「ケーキいきます」
梓がキリッと言うと、
「はい」
と皆も応じて答え、テーブルの上にちらばったケーキを梓の前に並べる。バイキングのケーキだから大きくないが、それが10個もあると結構な量だ。
それを梓は1個一口で、ぱくっといく。
「おー」と歓声があがる。
また一つぱくっといくと、また「おー」と声があがる。
女の子の食べ方として、ケーキを一口で食べるのは無いから、新鮮に見えたのだろう。
「梓、口のまわりチョコだらけだよ」
琴音は、そう言うと超真剣な顔で梓の口をナプキンで拭いてあげた。
「琴音、ありがとう」
隣で見ているひなも、梓の口には気づいていたのだが、そこに気が回るような気持ではなかった。
ドキドキは更に高まり、椅子に両手をついてじーと梓を見ている。まるで子供のように。
「ケーキはこれで全部?」
梓の確認の声が鋭く響く。
「うん、あと焼きそばとパスタだよ」
「時間はあと15分」
「がんばって梓、応援してるから」
「うん、がんばる」
そうがんばるしかない。
梓はさっき断念した焼きそばを取る。だがやはり15分だと時間が届かない。
(水作戦をやるしかない)
「ひなちゃん、けいちゃん、お水を一杯持ってきて」
「どうすんの」
「お水で流し込む!」
「大丈夫なの?」
「梓のお腹、こんなになってんのに」
「たぶん。けっこうきついけど、なんか途中で止めたくないから」
遠くで見ている琴音は、その言葉に熱いものを感じた。そして目がうるうるするのを感じた。
琴音はとても傍観者ではいられず、ツカツカと梓の横に来ると、「ああ、がんばれ」そう言って、梓の両手で強く握った。
琴音にはそれしか出来なかった。
ギュッと握った梓の手は、自分と同じくらいの大きさで柔らかくて、全くただの女の子の手だった。
ちょっと焼きそばの脂でべたべたしていたが、圧倒されて自分は敵わないと思った。
・・・
水がどんどん運ばれてくる。
梓は焼きそばをほおばると、少し噛んで飲み込み、口に残った麺を水で流し込む。
また焼きそばをほおばると、また水で流し込む。
そうして一皿を食べた。
(くっ、一気にきた!きつい!お腹の皮がもう伸びないって感じだ)
水で飲んでいるので、お腹の中のご飯が膨れてきてるのだ。
飲み込むとお腹が「みしっ」といって少し広がるが、また腹圧で押し返されてくるように思えた。
「でもがんばる」「がんばる」
小さな声で2回いう。誰の為でもない自分のために言う。
2皿目。まだぎりぎり入る。
(ふー、ふー、なんか息も苦しくなってきた)
梓は椅子に座り直して、ちょっと上下にどんどんとしてみた。もしかして食べたものが下に落ちるかもしれないと思ったから。
でも、その期待はあっさり裏切られ、お腹の具合に全く変化はなかった。そのくらいぴちぴちに詰まっている感じだ。
その様子はひなはしっかり見ていて、
「あずさちゃん、大丈夫?お腹急にふくれてきたよ」
「大丈夫?」
としきりに聞いてくる。
「ううん、なんとか」
とだけ答える。
もう一皿だ。
皿をつかんで、麺に箸をさしこむ、それを口に持っていくが・・・口が開かない。
食べなきゃと思っても体が受け付けない。
「どうした梓?」
真っ先に異変に気づいた琴音が梓に駆け寄る。
「大丈夫いける!いけるから!」
鋭い眼光で琴音をキッっとみる。
自分との戦いだ。
(いつもの先生との楽しいご飯じゃないんだ、みんなのために食べるんだ)
(みんなの役に立ちたい、いまなら役に立てるんだ)
(もう水も使わない、私は食べれる・・・食べれる)
自分に暗示をかけ、焼きそばを見つめる眼に力がこもる
皆もその気迫と真剣さを受けて水をうったように静まりかえる。
一人一人と、手をきゅっと握り祈りのようなポーズをとりはじめた。
そのくらい、ここにある空気は静謐で祈りに満ちていた。
覚悟が決まると、梓は一気に焼きそばを食べ始める。
こぼしてもおかまいなし。いつもの『朗らか梓ちゃん』の面影は全くない。
眉間にしわが寄っている、苦しそうな表情も時よりみせる。
そのたび、みんなも、同じ表情となり梓と同じ苦しみを分かちあう。
それを見て、琴音がパスタを手に取った。
自分の胃も、もう全くスペースがないのに、スカートのホックも全開なのに食べ始めるた。
明らかに食べれる表情じゃない。それを見て、私も、うちもと小皿を取ってパスタをとり、それぞれが限界を越えはじめた。
14人の力でパスタ一皿完食。
梓も箸を止めながらも、焼きそばを完食。
あとパスタ一皿!
不可能と思えたが、梓が諦めなかったから、ここまで来れた。
この一皿は全員で行こうとい心の声が全員に響いた。
これはただの食事なのに。
なのにもかかわらず、この15名は初めて一体となる感覚を全身で感じた。
だが時間は無常だった。
みんながパスタにフォークをさし一口、口に入れたところでタイムアップの鐘が冷酷になった。
「カランコロン」
「○○テーブルお時間になります。店員が伺いますので少々おまちください」
・・・あと一皿。
・あと一皿だったのに、ギリギリだったのに、クリアできなかった。
よくわからないが、涙がこぼれそうにな皆の姿があった。
ただの夕食。ただの楽しいパーティーなのに・・・
「ごめんね。いけるかと思ったけど食べきれなくて」
と梓は申し訳なさそうに言った。
ソースがベタベタについた口が、静かに動く。
その顔は、ちょっと辛そうな、ちょっと寂しそうな、そんなのだった。
それを言わせてしまったことが申し訳なくて許せなくて、すでに涙腺が一杯だった一人一人は、しくしくと泣き始めた。
「梓はわるくなひって」
「わたしこそ、ごめん、なんもできなくて」
「こめんね」
「ごめんね」
「梓、こんなお腹になるまで頑張らせちゃって、ごめん、ごめんなさい」
「わたしこそ約束、守れなかったね」
みんなの役に立てなかったことが、なにより梓には辛かった。わたしが、なにか皆に出来瞬間だったのに・・・。
お腹が苦しくて椅子に深めに腰かけた梓の肩に、みんなが集まってくる。
シャツのボタンとボタンの隙間から、大きくなり過ぎてパツパツに皮のつっぱたお腹かがチロチロと見えている。
「はじめて限界まで食べたよ。食べ過ぎって苦しいね」
「みんな、ありがと」
みんなを受けとめながら、梓は冗談ぽく、ありがとうを告げた。
・
・
・
その日は、打ち上げのはずだったのに全員が肩を落として家に帰った。
琴音も家族にただいまも言わず、2階の自室に籠った。
琴音はその夜、全然寝れなかった。
わたし、梓のこと何みてたんだろう。
おっぱいが大きくて、ちょっとかわいいかんじで、癒し系だなぁくらいしか思ってなった。
人に何を言われてもニコニコしててさ、梓は受け身で人生、生きていくんだろうなぁって。
私と違って、たのしい人生を生きてるんだろうなぁって。
でも、ぜんぜん違った。
そう自問すると、自分が嫌になるばかりで、頭に腕をのせてベッドの上をぐるぐる回るしかできなかった。
1階の深夜TVの音が、やけにザクザク耳に入ってくる。
「くそ、また兄貴のやつめ」
八つ当たりだったが、自分に無関心な兄に無性にムカムカする思いを押さえられなかった。
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