昔日-olddays-



「ッ…!!はぁ…はぁ……。」


月の満ちた真夜中。飛び起きた少年の眼に映ったのは花が咲く中庭。彼はそこが馴染んだ畳張りの自室である事を確認し、ほっと息をついた。


「夢……?」


ギュッと手を握ると、微かな痛みと共にじわりと汗の感覚が伝わる。


「はぁ…」


溜息を一つ吐きながら、先程まで"誰か"の手が触れて居た感覚がある右肩へ手を当てる。


…と。


「何…これ……」


そう呟いた彼の肩には、鈍く紅に灯る牡丹の痣があった。



「キャァァアアアア!!!」


突然響いた悲鳴に、我に返った少年は急いで障子を開け放つ。見慣れた筈の、庭に面した廊下。そこは紛れも無く…"地獄絵図"だった。


そこに存在する人影は2つ…否、直ぐに少年は見誤りに気付く。人影は一つ。


「美夜(ミヤ)様ッ…!!」


彼が仕え、又、恋慕を抱いて居る女性。そして見間違えたもうひとつの影、は…


『オオオオオオオォォォ!!』


雄叫びを上げる闇色の…人狼。


"それ"は少年に近付くと、その眼球の無い…真っ暗な瞳で彼を見詰めた。


『ミ…ツ……ケ、タ』


低い、地の底から手を延ばす様な不快な声で四つ音を発すると、ねっとりと貼り付く寒々しい殺気は消え…人狼は夜の闇に蕩ける様に姿を消した。


何時ぶりか…再び夜の静けさが辺りを包む。と、同時に、少年は美夜と呼んだ女性に走り寄った。が…其処で、彼は自分の瞳から涙が溢れて居る事に気付く。


「あれ…僕…違ッ……!」

「良いの。紅珠(コウジュ)…」


美夜と呼ばれた彼女は、薄く笑みを浮かべたまま静かに口を開く。その胸は…血に濡れて、紅く染まって居た。


「ごめんね…。貴方の言いつけを守らずに、夜の庭に出て仕舞ったから、罰が当たったのね」


彼女の呼吸は、激しい鼓動と共に大きく、荒くなって行く。


「違う…違います!僕が貴女を……ッ」

「いいえ。…仕方が無かったのよ。こんなに早く時が来るとは思って居なかったけれど…。嗚呼、貴方、瞳の色がとても美しい…やっと、紅珠の運命を…本当の道を、辿れるから」


「瞳?なんで?どう云う事…ですか」

「ごめん…ごめんなさいね、紅珠。本当は、ずっと一緒に居たかったのだけれど。でもね、こうなる事は…分かって居たの。だから…真実を知っても、自分を責めないで。私の分まで、生きて…?」


笑顔の美夜から、一筋の涙が零れる。


「嫌だ…そんな事を、言わないで下さい!美夜様…愛して居ます、だから、どうか!!」


「ふふ…私も……愛して居る…わ……」


プツリ、と糸が切れた様に彼女は倒れ、少年の肩が重みを受け止める。


「う…うわあああああああ!!!!」


血の海の中で叫ぶ少年の瞳は、

真紅に、妖しく輝いて居た。







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華舞いの運命 悠桜 @gray_ri

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