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昨日は9段目から飛び降りたから、今日は10段目から行ってみよう


人の少ないB棟のさらに人気のない最上階からの階段で、僕は毎日勇気を振り絞る


別に何が目的とかではない

ただどれくらいから飛び降りれるのかなと、好奇心に釣られただけだ

1週間ちょっと前から、1日1段増やして踊り場へ向かってジャンプしていたのだ


半分はとうに超えて、そろそろ段数も尽きようとしてきた第10段目

眼下の段たちから思いの外プレッシャーを受けつつ、手のひらにじんわりと浮かんだ汗を握りつぶした

じりりと上履きを前ににじり出し、段差の角に足の指をかける


さぁ覚悟を決めろ


「っやぁ……っ!」


喉の奥から漏れ出た掛け声はあまりに頼りなく、力が抜けていくような気さえしたが、

僕は大きく力強く踏み切った


ぶわりと体が宙へ放たれる


さっきまで緊張で高まった体温が急速に冷えていくのを感じた

頭が冷静になる


姿勢は完璧

距離も申し分ない

このまま自然に落ちていけば、今日も僕の勝ちだ


やった

と思った時にはもう落下が始まる


ひゅうと下っ腹に不愉快な浮遊感が一瞬走り

踊り場の床がせまる

せまる

せまる


ずぱぁぁぁんっ!


上履きとリノリウムによる凄まじい破裂音が、ちょっと薄暗い昼下がりの階段に響き渡った



ううん

気持ちいい


僕は足の裏の痺れを感じながら立ち上がり、今自分が踏み切った階段を振り返る


踏み切った10段目はもはや僕の身長を超える高さにあり、昨日まではとてつもない壁のように思えていた


だが、今日、今ここで、僕はそこ壁を飛び超えたのだ

実際には飛び超えたわけではないが、高さというある種の試練を乗り越えたという意味で、僕にとっては凄まじい優越感をもたらすもであった


高揚する自分が抑えきれず、思わず声が漏れる

踏み切りの時の情けない声じゃない


それは勝者の余裕を持った、力強い笑い声だった



僕はそのまま階段を一気に駈け下り、普通教室の集まるA棟に走り出す

午後の授業が始まるのだ

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