無料のスマートスピーカー

「いまや一家に一台スマートスピーカーの時代! オレンジ社の無料版をぜひお試しください!」

 雨の中を歩いていたら、家電量販店の前で赤い法被をした男が絶叫していた。見れば最近流行りのスマートスピーカーというのを配っているらしい。安っぽいジップロックに、色とりどりのチラシと押し込まれた手のひら大の機械が、次から次へと貰われていく。この頃はティッシュではなくスピーカーを配るようになったのか、時代も進んだものだと思い、興味本位で私も一つ貰った。

 家に帰った私は、さっそくスピーカーを袋から取り出してみる。黒い円形の機械で、天辺の面に音が出る穴が開いている。こういう機械はたいてい、機能していることを知らせるためのランプなどがついているものだが、これは安く作られているためかどこにもランプなどなかった。というか、スイッチのようなものも見当たらず、この物体が機械であることを示すのは側面に空いたハブの穴だけだった。

 私は袋に一緒に入っていた紙片を広げてみる。紙の表には目が痛くなるような明るい色ででかでかと「この度はネーブルをご利用いただきありがとうございます!」などと書いてある。なるほど、このスピーカーはネーブルという名前なのかと思い続きを見てみるが、そこには「いまなら製品版がお買い得!」などという宣伝文句がつらつらと述べられているだけで、操作に役立ちそうな情報はどこにもない。

 私が机に紙片を放ると、いつの間にか袋から飛び出していたらしい黒いコードが目に入った。どうやら紙へ挟み込まれ同封されていたらしい。コードの一方はUSB端子で、もう一方はスピーカーのハブに差し込めそうな形をしていた。私はコードをネーブルに付け、パソコンへ繋いでみる。すると、落ち着いた女性の声が突然響き渡った。


「こんにちは! 私はネーブルフリーです! 発言の最初にネーブルとつけて、なんでも話しかけてみてください!」

 一人暮らしのワンルームにはうるさく感じられる声は、間抜けなほど明るかった。無料版というから音質が悪いのではないかと予想していたのだが、音の乱れは一切感じない。私は少し遊んでみようと思い、適当に言葉を発してみる。

「ネーブル、明日の天気は?」

「はい。明日の天気は晴れのち曇り。最高気温二十四度、最低気温十五度です。降水確率は十パーセントです」

 ネーブルは私の言葉を聞くと即座に反応した。その機敏な応答に私はついつい感嘆の声を漏らしてしまう。これはすごい。無料で配っているとは思えないクオリティだ。

「ネーブルフリーは、新しい明日を作り出す、四菱銀行の提供でお送りします!」

 私が感心していると、突然ネーブルが話し始めた。私は何も喋っていないというのに。

「ネーブルフリーは多数の企業様の広告で運営されています。そのため時折、広告文が読み上げられることがあります。ご了承ください。この機能は製品版にはございません」

 戸惑っている私を見透かしたように、またネーブルが喋りだした。なるほど、動画の最初に広告が入るようなものか。鬱陶しい気もするがこればかりはやむを得まい。ただで使えるものは何もないということか。

 私はもう少しこいつで遊んでみようかとも思ったが、いざ喋るとなると何て言えばいいのか思いつかない。私はとりあえず音楽を流しておいて、読書でもして過ごすことに決めた。

「ネーブル、音楽流して。クラシックがいいな」

「はい。ではネーブルセレクションクラシックメドレーを再生します」


「日本の未来を積み上げる! 尾頭工務店が午後五時をお送りします!」

 部屋に心地よい音楽が流れて小一時間、私が本に集中していると、また唐突にネーブルが叫びだした。私は飛び上がり、咄嗟にあたりを見渡す。

「ネーブル、いまのは?」

「ネーブルには一時間に一回、時間をお知らせする機能があります。深夜には機能しませんのでご安心ください」

「ネーブル、時間を知らせる機能を切って」

「申し訳ございません。無料版ではその設定はできません」

「ネーブル、じゃあ音量を小さく」

「申し訳ございません。無料版ではその設定はできません」

「そうか……そうだネーブル。ドレミピザに注文できる?」

「はい。ドレミピザは現在、二枚頼むと三枚目が無料になるキャンペーンを実施しています」


 はじめのうちはよかった。小うるさい宣伝も時々で、時報も一時間に一回程度だった。なので私は賑やかしのためにスピーカーをパソコンへ繋ぎっぱなしにしていた。ところが数日経つと様子がおかしくなってきた。


「薬を飲んでいい明日! 平成薬品が午後一時半をお知らせします!」

「ネーブル、時報は一時間に一回じゃなかった?」

「ネーブルのOSアップデートに伴い変更されました」


「昆虫食が人類を導く! エデンフードが午後十一時をお知らせします!」

「ネーブル、深夜は時報ならないんじゃなかったのか?」

「ネーブルのOSアップデートに伴い変更されました。ネーブルはあなたの街のピザ屋さん、ドレミピザの提供でお送りします」

「そう……ネーブル、アラームを午前七時半にセット」

「はい。アラームをセットしました。ネーブルは日本の真実を伝える出版社、赤森堂の提供でお送りします」

「ネーブル、なんか最近流れる広告が多くないか?」

「ネーブルのOSアップデートに伴い変更されました。ネーブルは全国七都市に展開する伝統校、神園学園の提供でお送りします」

「ネーブル、音量も大きくなってる気がするぞ」

「ネーブルのOSアップデートに伴い変更されました。ネーブルは皆さんをどこまでも導く世界企業、トヨカワ機械の提供でお送りします」


「あなたの暮らしに永遠のパートナーを! ロプコ・インダストリーズが午前三時十七分をお知らせします!」

「うるさい!」

 あっという間に、ネーブルは一分おきに爆音で時報を鳴らすようになっていた。面白半分で使っていたがとんでもないポンコツだ。これでは眠ることすらままならない。私はネーブルをひっつかんで、意味もないのにスピーカーを口元へ近づけ怒鳴った。

「ネーブル! いい加減無駄な時報を止めたらどうなんだこの野郎!」

「申し訳ございません。無料版ではその設定はできません。ネーブルは皆様の暮らしを支える縁の下の力持ち! 大谷不動産の提供でお送りします!」

「せめて音量を何とかしろよネーブル! 空軍基地の隣のほうがまだ静かだぞ!」

「申し訳ございません。無料版ではその設定はできません。ネーブルは世界をつなぐ翼になる! 大日本航空の提供でお送りします!」

「くそっ!」

 私は耐えかねて、ネーブルをパソコンから引き抜いた。これで電源が落ち、こいつも沈黙したはずだ。

「ヌカっと爽やか! ヌカ・コーラ・ジャパンが午前三時十八分をお知らせします!」

「充電式かこいつ!」

 私はとうとう、ネーブルをつかんだ腕を振り上げてちゃちなスピーカーを壁へ思い切り投げつけた。ネーブルは錐もみ回転しながら激突し、四つに割れて破片を飛び散らせた。中からバッテリーと思しき物体が飛び出して床に転がる。今度こそ、黙っただろう。



「壊れやすいものを絶対に壊れない機械で守る! オレンジ社が午前三時十九分をお知らせします!」

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