第32話 晩飯の理由

 土曜日にじいさんの家に行って、日曜日に親父の生まれた家を探しに行った。そうすると必然的に月曜日がやってくる。


 ブルーマンデー


 学校行きたくねぇよなぁ~。サボっちゃおうかな……なんて、もちろん思わなかったわけじゃない。ないんけど、俺が学校をサボったのは別の理由があったから。嘘じゃないから。本当だから。


 信じて!


 ちょっと行きたいところがあったからなんだけど、清隆きよたかに知られたくなかったから朝は普通に家を出た。もちろん制服を着て、学校鞄を持っていつもと同じよういつもの時間に家を出た。一応学校に行く振りをして、途中で進路変更。向かった先は駅だ。

 俺は幼稚園から高校までずっと公立で、しかも全部徒歩通学通園圏。満員電車なんて遠足とかでたまに乗るくらいだったんだけど、やっぱ何回乗ってもうんざりする。なんかさ、こう、無性に腹が立ってくる感じ? なんで電車に乗るだけでこんなにムカつくのか、疑問に思うくらいムカつくんだけど。

 これはあれ? パーソナルスペースに、情け容赦なく問答無用でズカズカと踏み込まれる不快感ってやつ? あ、そんな感じしてきた。でもだからって 「そこから俺のパーソナルスペースなんで近づかないで」 なんていって、誰が聞いてくれるんだよ?


 皆無


 それが出来るんなら、そもそも満員電車になんてならないもんな・。人と人のあいだがすかすかじゃん。

 俺の他にも通学で電車に乗ってる高校生とかいたんだけど、たぶんそいつは俺と違って本当に通学で乗ってるんだろうけれど、それがそいつにとってはいつものことなんだろうけれど、すっげぇ音量で音楽聴いてやんの。なんかこの漏れてくる音、無性にムカつくんですけど。理由なんてないけどムカついてくる。


 静かに聴けや


 ……最近ちょっと……ちょっとだけどさ 「まぁるい雅孝まさたか君」 が壊れかかってる感じがする。これじゃ駄目だって思うんだけど、どうも怒りっぽくなってる気がする。


 カルシウム不足か?


 いや、たぶんこれは満員電車における特殊なストレスだと思う。たぶん、パーソナルスペースを維持出来ないどころか、見ず知らずの他人に、無神経にパーソナルスペースに踏み込まれるストレスだと思う。


 無理ゲー


 せっかく学校卒業して私服が着られるようになったってのに、会社員ってさ、スーツ着てるじゃん。あれってさ、結局制服と同じじゃね? なんか、そんな気がするんだけど、俺だけ? そんな会社員に混じって、俺はある会社に行った。

 結構大きな会社で、自社ビルを持っていて、その入り口で待った。次々に出社してくる会社員とかOLが俺のこと変な眼で見てたけど、誰も声とか掛けてこない。みんな早足で、どんどん、掃除機に吸い込まれるゴミみたいな感じで自動ドアを入っていく。


 ほんと、吸い込まれてく感じでみんなす~っと入っていく。しかも人の流れが途切れないから自動ドアは開きっぱなし。これさ、もう開けておけばいいんじゃね? 電源切って開けておいた方がいい節電にもなると思う。

 扉ガラスの部分が戸袋のところで、一瞬がくっとなって閉めるのを諦める感じがちょっと可愛そうでさ。しかもそれを何度となく繰り返して、マジ可哀相なんだけど。お仕事を頑張ろうとして、頑張れない自動扉が可哀相すぎる。

 しかもだよ、誰もそんな自動ドアを見向きもしないんだぜ。まるで自動ドアなんてそこにないみたいな感じの無視。警備員さんすら完無視とか、世界で一番可哀相じゃね? それでも仕事を頑張ろうとする自動ドアを、誰か報いてやって。


 そんな人の流れに混じっていた母さんは、気付かずに自動ドアを入っていった。流れに逆らえなかったとか、そんなんじゃなくて、みんなと同じように、同じ速さで掃除機に吸い込まれていくような感じでビルに入っていった。 全く息子に気付かなかったってどういうことっ?


 ちょっと母さん!


 ひでぇよな、息子に気付かないなんてさ。しかも自動ドアのすぐ横に立ってたから、結構目立ってたはずなのに……。ひょっとして俺、この瞬間自動ドアより存在感なくなった? 自動ドアより可哀相な奴になったっ?


 どうせ俺は地味ですよ


 会社に入って何秒かな? 1分は経ってなかったと思うけど、でも結構経ってから気付いたみたいで、慌てて出てきた。


「何やってんのよ、あんたは?」

「ちょっと訊きたいことがあって」

周平しゅうへいさんのこと?」


 あれ? どう切り出すか結構悩んだんだけど、なんか母さん、わかってたみたいな感じなんですけど。

 そう。わかってたんだよ、この人は!


「このあいだ警察に行ったら、夕方にあんたが来たって聞いたから」


 ちょっと待て。このあいだっていつ? いつのこと言ってんの?

 いや、考えるまでもないか。うん、考えるまでもないよな。だって俺が警察に行ったのは1回だけだから。


 んな何回も行ってたまるか、あんなとこ!


 あの日だ、俺が警察に行った日。あの日、家に帰ったら清隆きよたかが玄関で待ち伏せしてて、晩飯何がいいか訊いてきた。母さんの帰りが遅くなるから出前取って食べろって、留守電が残っていたあの晩。つまりあの晩、母さんの帰りが遅くなったのは警察に寄っていたから。

 ひょっとしたらあの時、変態……じゃなくて刑事2人が俺を見て奇妙な顔をしたのは、母さんが来ることになってるのに、その前に息子の俺が来たから 「なんで?」 って意味だったのかも。そういう意味の変な顔だったのかも。


 ちょっと合点がいくよな


 俺と母さんは、会社の近くにあるオープンカフェに入った。  ……つづく



【後書き】

 また徐行を始めたよ。

 ただでさえ鈍行列車なんだから、徐行なんてしてたら進まないだろ? さっさと進めろよ!

 いや、もちろんわかってる。結局母さんの話を聞かなきゃ先に進まないって。でもこれってちょっとなしじゃね? 自動ドアより存在感がない俺って……泣く。

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