前のエピソード――第26話　父の秘密（２）

　そもそもの始まりは雪緒（ゆきお）の母親が殺されたこと。警察が親父を　「かなり重要な参考人」　……俺はそれがどういう意味なのか、まだよくわかってないんだけど、疑われてるってことはわかる。もちろん犯人として、だ。その理由は、死体のそばに親父の指紋が付いたコップが落ちていたから。

　９年前に死んでるんだけど

　雪緒に聞いた話じゃ、母親が殺された夜、親父は殺害現場となった閉店寸前の廃れたスナック……は俺が勝手に想像してたんだけど、実際に雪緒の母親が経営するスナックはごく普通の店だった。ま、酒なんて飲めない俺が普通のスナックがどんなものか、なぁ～んてわかるはずないんだけどさ。まだ高校生だし。

　だから雪緒は親父の指紋が店にあるのはおかしくないって言うんだけど、ありえないんだよ、そんなこと。だって親父、９年前に死んでるんだからさ。

　これ、不動の事実

　１回死んだ人間は絶対に生き返らない。だから２度死ぬなんてあり得ない。

　もしそんなことが本当に起こるとしたら、それは１回目が本当は死んでなくて、いわゆる仮死状態ってやつだっただけじゃね？　仮死は死亡じゃないから。死んだ感じになってるだけだから。

　たぶん……

　９年前に死んでるはずの親父の指紋、それは６年前にも駐車違反で違反切符に押されていた。今回その指紋と、殺害現場に落ちていたコップについた指紋が一致したってことで、警察は親父を　「かなり重要な参考人」　と思ってるんだけどあり得ないんだよな、そんなこと。

　死んでるんだから

　駐車違反で捕まった奴は、なんでか　「穂川周平（ほがわしゅうへい）」　つまり親父の運転免許証を持っていた。住所もうちだったから間違いない。そいつはなぜか親父の名前で免許取ったわけだ。そいつはどうして自分の名前で免許証を取らなかったんだろう？

　理由はわからないんだけど、どうもそいつが雪緒の父親らしく、しかもこれが親父によく似たおっさんだった。雪緒から借りた写真を持って親父の父親、つまりじいさんを訪ねてみると、親父がじいさんの実子じゃないことが判明。これはまだ清隆（きよたか）には話してないから、ばれないように気をつけないと。ってかこんな話、する機会なんてこの先あるのかな？

　なさそうだ

　その親父の故郷と思われる町を訪ねてみた。じいさんの家よりも田舎で、駅前にはなんにもない。なんにもなさ過ぎて視界だけはやたら開けている。

　すっげぇ見晴らしの良さ

　本当に何もなくて、道路がずっと向こうまで見渡せる。それでも駅前周辺には何軒か店とか家とかあったんだけど、ちょっと離れるとなんにもなくなる。雑木林っていうの？　ただただ木と草だけの中を道路が一本走っているだけ。バスもないからさ、俺はその一本道をずっと歩く。

　ひたすら歩くだけ

　見るものもないし、誰も通りかからないし、おかげで１０分も歩かないうちに寂しくなってきてさ、３０分もしないうちに悲しくなってきた。そのくらいなんにもない、ただの一本道。こんなことなら清隆を連れてくればよかったって、ちょっと後悔するぐらいなんにもない。

　１時間を過ぎた頃、危うく涙が出そうになるのを堪えていたら、ようやく目指していた町名が道路脇に見えた。ずっと続いていた一本道から脇に逸れ、分岐した道を行く。その先に目指す集落があった。

　開かれたそこは結構広くて、家もかなりの数が建っている。でも周囲はギリギリまで草木がぼうぼうで、集落の部分だけ堀返したって感じ。仕事や学校でみんな出払っているのか、集落に踏み込んでも人の姿を見ない。ちょっと廃村じゃないかって疑ったくらい、人気がないっていうの？　ひっそりとしていて淋しく、そのくせたいていの家は庭側の窓とか全開。これ、ひょっとして玄関の鍵も開いてるんじゃね？

　すっげぇ不用心

　今時の家じゃなくて昔の古い家で、中には屋根が傾いていたり、縁側が崩れ落ちていたりしてる家もある。でも廃屋じゃないらしく、洗濯物が干してあったり庭に花が植わっていたりする。

　ちょっとタイムスリップした気分になる

　古き良き日本みたいな農村だ。そんな集落を歩いてみる。番地がわからないからそうするしかなかったんだけど、それほど広くはないから、すぐ集落の外れに辿り着いてしまう。そこで一軒の廃屋を見つける。

　どう見ても廃屋だろ

　玄関の引き戸は外れていて、ガラスも割れていて、玄関前からのぞき見た屋内は薄暗く、破れた屋根の隙間から光が漏れている。畳もない剥き出しの床板は泥だらけで破れていて、好き勝手に生えたらしい雑草が、これまた好き勝手に枯れている。何気なく顔を上げてみたら、玄関脇の柱に掲げられた表札が見えた。すっかり風化して消えかかった文字は、かろうじて　「佐々木」　と読めた。

　親父の家

　人が住まなくなってどれくらい経ったのか。どれくらい経てばこんなに壊れてしまうのか。わかんないけど、かなりの年月が経っていることは確かだ。今、親父が生きていれば４０代半ば。じいさん家にもらわれていったのが１１歳の時だから、誰も住まなくなって３０年くらいってことか。

「おいお前、そこで何してる？」

　突然掛けられた声に振り返ると、大きな籠を背負ったおっさんが立っていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　……つづく

【後書き】

　またおっさんが出てきたよ。

　ここんとこ、ずっとおっさんばっか。ひょっとしてここから先、ずっとおっさんしか出てこないとかっ？