第19話 追う者と追われる者
「マサ、ぶっ殺す!」
朝から物騒なことを喚くなよ。もちろん喚いているのは
「てめぇ、さっき見捨てやがったな」
見捨てるも何も、邪魔しちゃ悪いと思って気ぃ利かせてやったんじゃないか。人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇぞ、こら。おかげで俺は見知らぬおっさんにぶつかる羽目になったんだからな。
ま、ちょっと見た目はあれだったけど、中身はそんなに悪い人じゃなくて、謝れば普通に許してくれたけどさ。やっぱ人を見かけで判断しちゃ駄目だよな、うん。
とりあえず始業のチャイムに救われた俺は、この日1日、校内で清隆から逃げまくった。当然清隆は狭い校内で俺を探しまくったわけだけど、この勝負は俺の勝ち。家まで逃げ切った。
やるときゃやるんだよ、俺も
なんて勝ち誇ってたんだけどちょっと詰めが甘かったみたいでさ、家で捕まった。いや、ま、結局帰るところは同じだから仕方ないんだけど。兄弟だし、同じ家に帰るのは当たり前なんだけどさ。
不可抗力
兄弟という、抗いがたい運命に導かれて家に帰ってきたってわけだ。で、そうしたら清隆が玄関で待ち伏せてたってわけ。なんかもう、俺の追っかけみたいじゃん。学校でもさんざん追いかけ回されて、挙げ句に待ち伏せだよ。こんなことがクラスの女子に知られたらどんな目で睨まれるか、わかったもんじゃない。
いや、校内で追いかけ回されていたことは知られていたから、チャイムが鳴ると同時に教室に戻った瞬間、スゲェ睨まれたけどな。
勘弁してよ
男の嫉妬より女の嫉妬の方が怖いんだよ。そりゃもうドロドロでネバネバ。しつこいのなんの。ってか俺、なんで弟のことで女子に妬まれなきゃならないんだよ。半分とはいえ、俺と清隆はちゃんと血のつながった兄弟なのにさ。ほんと世の中理不尽だよな。
だいたい不公平なんだよ。そりゃ母親は違うけど父親は同じ。なのにこの出来の違いは何? この差は何?
「お前さ、手紙知らない?」
「手紙?」
あとで思い出すんだけど、この時は本当に綺麗さっぱり忘れていた俺。正真正銘のど忘れだったんだけど、これが功を奏するなんて誰が思うよ? 普通はそう上手く運ばないものだけど、下手に誤魔化しもアドリブも出来ない俺にはこのど忘れは見事に功を奏するわけ。おかげで下手に誤魔化すより見事に清隆も騙されてくれた。
いわゆる天然ボケだ
そっか、俺ってしっかり者のつもりだったけど実は天然だったらしい。新しい自分を発見して、正直ちょっと凹んだ。
俺のど忘れに見事に騙されてくれた清隆は、珍しく大人しく引き下がる。つまり何? いつもは嘘バレバレで怒ってたってこと? バレバレすぎて余計に腹が立っててたってことか?
俺はど忘れしたまま清隆をまたいで玄関を上がると、そのまま2階にある自分の部屋へ。鞄を下ろし、着替えながら何気なく窓の外を見たら……いや、見たんじゃなくて見えたの。ほんと、偶然見えただけ。
で、なにが見えてかというと、清隆とあの子が話しているのところが。
あ、恵子ちゃんっていうのは清隆の彼女。同じ学校の同学で、清隆とは半年くらい前から付き合ってる。ちょっと背が低い子で、俺が知る限りじゃ結構声が大きくてうるさい。いっつも大声で笑ってたり騒いでたり。正直、俺は苦手なタイプだけど、清隆とは合うのかも。いや、合うから付き合ってるんだろうけど、その恵子ちゃんがあれを見たら……。
ヤバくね?
ひょっとして清隆って、変なところで親父に似ちゃったとか。いや、顔とかもちょっと似てるけど、性格っていうか、あの悪い癖は似なくていいんだよ。ちょっと清隆君、お兄ちゃんの言うこと聞いてる? ってか、聞きなさいって。
聞くわけないけどさ
もう、親子ってさ、なんでこう変なところばっかり似ちゃうわけ? 似なくていいところばっかり似ちゃってるんですけど。勘弁してよ。俺、絶対清隆の尻ぬぐいはしないから。そこんところだけはきっぱり宣言させてもらいます。だってさ、チクるどころか、こんなことがあいつの彼女にばれたら俺が殴られそうじゃん 理不尽だけど、殴りそうな感じなんだよ、恵子ちゃんって。
だからここはあれで。あれっていうのはもちろん触らぬ神に祟りなし。臭い物には蓋……は、ちょっと違うな。あ、あれだ。
君子危うきに近寄らず
俺にとっちゃ清隆もあいつの彼女も、ついでにあの女の子も鬼門だ。何も自分から地雷踏みに行かなくてもいいよな。ってか踏みたくねぇよ。だから今見たことは見なかったことにしたんだけど、夜遊びなんてするもんじゃないな。
いや、夜遊びなんていいもんじゃないんだ。っていうか夜遊びじゃない。ちょっとコンビニにジュースを買いに行っただけなんだけど、運が悪かった。元々あんまり運なんていい方じゃないけど、今日は仏滅か? なんて思っちゃったよ、あの子の顔を見た時は。
「穂川さんのお兄さんですよね?」
ってことは人違いで声を掛けてきたわけじゃないんだ。はいはい、清隆の兄ですよ。それが何?
「あの、あたし、
その名前を聞いた瞬間、さすがに俺の顔も強ばった。なんか心臓とか速くなってるんですけど。すげぇ心臓ドキドキしてきて、でもそれを隠そうと必死になったら、いつもの俺らしくない態度を取ってしまった。
「どうも、穂川です」
年下の女の子相手にこれはないよなっていうくらい無愛想になってしまった。でも仕方ないんだよ。不可抗力だから。なんて思ってたら、むっちゃ心臓速いんですけど!
あ、でもこれ、トキメキとかじゃないから!
絶対違うから! ……つづく
【後書き】
穴があったら入りたい。
ついでに誰か、上から土掛けて埋めてくれる? いや、ほら清隆に頼んだから、あいつ、固く踏み固めてその上に石とか置きそうじゃん。そう、墓石……って冗談じゃねぇよ! この物語はフィクションだけど、冗談はやめてくれ!
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