死んだはずの親父が殺人現場に指紋を残していました ~え? とっくの昔に骨ですよね? 指紋ありませんよね?

藤瀬京祥

第1話 最悪の目覚め

 その日の俺は最悪だった。ちゃんと目覚ましは鳴ったのに、ちゃんと起きなかったのがそもそもの始まり。

 いや、まぁ言ってしまえば俺が悪い。あと5分だけのつもりでウトウトしていたら、ちょっと数字を間違えて 0 が1つ付いてしまっただけのことなんだけど、これもスマホのアラームがちゃんとスヌーズ機能を正常に作動させていれば防げたはずだったんだ。

 ……いや、たぶんスマホはちゃんと鳴っていたはず。うん、意識の遠いところで鳴っていたのを俺は確かに聞いた。そう、スマホはちゃんと俺がセットした時間通りに仕事をしていたのである。


 スマホ、グッジョブ!


 ……じゃなくて、スマホがちゃんと仕事をしていたとかはこの際どうでもよくて、結局俺は寝坊をした。それが言いたかったというか、そういうわけなんだけど、どうも脱線が多くて困るよな。

 しかも途中、夢のどのあたりだったか覚えてないんだけど、その夢さえどんな夢だったかも覚えてないんだけど……いや、夢を見ていたかも覚えてないんだけど、とにかくどこかで母親に呼ばれたような気もしたけど、あまりにもその声が遠すぎて俺には聞こえなかったらしい。ようするに完全に熟睡していたわけだ。

 母親も母親で、起きてこない俺をあっさりと見捨てて仕事に行ってしまったらしい。酷いよな。熱出して起きられなくなってるかもしれないとか、ちょっとは心配してくれたっていいものを。

 そりゃ普段から仮病とか使ってりゃあっさり見捨てられるのもわからなくはないけれど、俺はそんなことはしない。断じてしない。もちろんそこまで学校大好きって訳でもないし、サボれるものならサボりたい。正直言ってサボりたい。学校サボって昼までのんびり寝ていたい。

 いや、だって普通そうでしょ? そんなもんでしょ? 普通の高校生男子って、こんなもんでしょ? 俺、どこにでもいる健全で普通の男子高校生だし。決して引きこもりとか、学校でいじめられてるとかはない。


 断じて


 ようやくのことで起き出してきた時、家には誰もいなかった。それこそ猫の仔1匹……うち、猫なんて飼ってないけどさ。だからいなくて当然なんだけど……。

 しかも玄関の鍵は開きっぱなし。泥棒でも入ったらどうするつもりだったんだ?


 ま、入られなかったからいっか


 入られたところで盗られる物なんてないし、問題なし。うちなんかに盗みに入ったところで無駄な労力だって、実は泥棒もわかってるのかもしれないな。あるいはその手のプロにかかれば、家を見ただけでわかるのかもしれない。


 貧乏だって……


 そもそもそんなことを心配している時じゃない。そう学校だ! 今日は平日で、俺は高校生。だから学校に行かなきゃならないわけなんだけど、すでに1時間目は間に合わない。急げば2時間目には間に合う……かも……。今ひとつ自信はないけど、目標として2時間目を目指して登校しよう。


 頑張れ、俺!


 そんなわけで急いで制服に着替えると、すっかり冷たくなった朝飯に未練を残しつつ空腹を抱えて登校してみれば、なんと時間割を間違えてたとか……。


 あり得ないだろ?


 もうなんのオチだよ? そんなオチとかいらないし。ほんと、人間慌てるとろくなことがないってことのいい例だよな。こんなことなら朝飯食ってくればよかった。

 しかも教科書を借りよと思って狭い校内、弟を探してみれば、こんな日に限って捕まらない。これってちょっとわざとっぽいよな。同じ学年なんだから同じ校舎にいるはずなのに見つからないって、わざと会わないようにしてるんじゃないのか?

 それこそ俺が時間割を間違えていることを知っていて、教科書を借りに来ることを見越してどこかに隠れて、廊下を走り回る俺を見て笑ってたんじゃ……いや、ひょっとしたらあいつが昨日の時間割に合わせて俺の鞄の中の教科書を入れ替えたのかも……なんて言えば僻んでいるように聞こえるだろうけど、俺は断じて弟を僻んでなんかいない。


 絶対に僻んでなどいない!


 何かと言えばすぐに 「長男だから」 と我慢させられたり無理をさせられたり。そのくせ期待は出来のいい方。つまり親は弟に期待しているのである。

 けどさ、出来がいいって言っても所詮は同じ高校に通っているのだから、偏差値なんて似たようなもの。それで出来がいいとか言っても 「井の中の蛙、大海を知らず」 ってやつじゃん。


 あ、俺、ちょっとまともなこと言った


 そう、俺だってやれば出来る子なんだよ。ただ、なかなかやる気にならないだけでさ……。

 そもそも弟・清隆きよたかとは腹が違う。いや、別人なんだから腹は違って当たり前なわけで、訂正箇所はそこじゃない。そもそも腹は腹でも俺の腹じゃなくて、清隆の腹でもない。母親の腹だ。つまり俺と清隆は腹違いの兄弟なのだ。


 いわゆる異母兄弟ってやつ


 しかも俺が4月生まれで、清隆が翌年の3月生まれ。つまり双子じゃなくて、ほとんど1歳違いのれっきとした異母兄弟だ。俺が兄で奴が弟なわけだが、どうしてか日本の学校は4月から始まる。そのおかげで俺と清隆は双子の兄弟でもないのに、れっきとした1歳違いの兄弟なのに同級生なのである。


 それでも小学生の頃はよかった


 そう、あの頃は俺も清隆も同級生たちも、純粋無垢で何も知らなくて……言ってて小っ恥ずかしくなってきたからちょっと省略。その辺はご想像にお任せしますってことで話を進めるけど、やっぱり中学とかになると周りの連中に色々からかわれたりして、結構嫌な思いもした。


 ってか、すげぇ恥ずかしかった!


 それは清隆も同じだったろうから、奴に文句を言うつもりはない。ってか俺たちが悪いわけじゃない。


 そう、俺たち兄弟は被害者なのだ!


 加害者たる親父の下半身に節操がなかったから、こんなことになったのだ。全く迷惑な話であり、迷惑な親父だ。

 結局俺の母親が清隆を引き取り、俺と兄弟としてこれまで育ててきた。女手一つで息子2人を育てるのはさぞかし苦労しただろうと世間は思うだろうが、案外そうでもない気がするのは俺の僻みだろうか? いや、僻んでなんていない。決して俺は僻んでない。


 ずっとそう言ってるだろっ?


 死んだ人間のことを悪くは言いたくないが、そもそもの原因は親父の素行の悪さだ。悪さが原因なんだから、悪く言うしかないのだ。全部親父が悪い。死んだ人間のことを悪く言っちゃいけないって言うけどさ。


 そう、親父はとっくに死んでいるのだ。


 とっくに死んで、葬式も済ませて、遺体も焼いて、今じゃすっかり骨だけ。皮の一枚も残っていない。それなのに今日、家を訪ねてきた刑事はこんなことを俺に訊いてきた。


「今、お父さんはどこにいますか?」


                       つづく……って、続くのかよ?


【後書き】

 なんか俺、もう疲れたんですけど? もういいよね? 終わろうぜ。いや、ほら、明日は寝坊しないように。今日は早く寝なくちゃ。邪魔すんなよ。遅刻したら誰が責任とってくれるんだよ? 2日も連続で遅刻なんて、あり得ないだろ? 内申とか響くし。響いたら誰が責任とってくれるんだよ?

 あ、親父か? ……いや、だから親父、もう死んでるんだってば……

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