第3話輝く力と一対の子供
血を吐くリザの手から、まるで天上の光のような清浄な灯りがともり、亡者はそれ以上近づけない。
あたたかそうなオレンジ色の光が、せわしなく動くバルダーナの胸あたりをなでると、明らかに呼吸が静かになる。
「ありがとう、リザ。だがもういい。それ以上……」
「いい。バルダーナ。わたくしにできるのは、これしかないのだから」
言いながら、リザは遠くを見つめた。
「くそ。地上に戻ったら、奴ら全員オレが焼き殺してやる。このイカズチの力で……この……ちから、で……」
そういいながら、リザの光に誘われるように、まぶたは閉じられる。
ちょうど折り重なるように倒れ伏した二人の姿に、クラインは足を止めた。
「なんといういたましい姿だ」
クラインはその哀れさに近づき、そっとその口元に手をかざす。瞬間、バルダーナはがばっと跳ね起き、焦点の定まらぬまま、リザの前に立ちはだかった。
クラインは言う。
「おまえたちの戦いは見て知った。もはやこれ以上、なにものをもおまえたちに強いたりすまい。落ち着いて自己紹介でもしないか」
と、長剣を砂地に突き立て、それを抱くように座り込んだ。
「奴らは金属が嫌いだ。特に清められたものは。これで結界の役に立てばいいのだが。どうやらそちらのお嬢さんの力の方が上らしい」
「うう……」
二人とも唸ったまま。
「わかった、オレはバルダーナ。この世界の住人だ。目を見ればわかるだろう」
「女か」
「……男だ」
クラインはふふん、と鼻で笑う。
「なんだ!」
と、バルダーナ。
「で? そちらの耳のとがったお嬢さんは? 紅い瞳は、たとえここが地獄だとしても、珍しいと思うが」
「リザは、喉がよくない。悪いが、質問は最小限にしてくれ」
バルダーナの言葉に、ふむ、とうなずき、
「いいだろう。備えもなしに砂漠をうろついているのが、妙に気にかかってな」
「こちらも質問があるぞ。こんな場所でなにをしていた」
「……」
「言えない事情があるようだが、それでは話しようがない。さっさと消えろ」
クラインは剣をひきあげ、立ち上がり、
「言えないことなど、この世にたくさんあるさ」
そのまま、立ち去ろうとする。
灰色の少女は叫んだ。
「まて。なぜわたくしに問わない? バルダーナは嘘をついている」
「リザ!」
バルダーナがいさめるように言ったが、彼女はクラインのチュニックの裾をつかむ。
「見ればわかるが、わたくしはエルフのはしくれ。嘘など言わない。言えないのだ」
クラインは動きを止めて尋ねる。
「では、エルフのお嬢さんが、ここでなにをしている」
「風吹く森の最奥にある、風樹を探している」
クラインは、視線を上げて、大きな暗がりへと体をむける。
「あそこにあるのか? そのかぜのきとやら」
「そうだ」
と、リザはすがるように、クラインを離さない。
「で? それがなんになるっていうんだ?」
「それは言えない。掟で」
「ならいいが、子供二人でどうにかなると思っているのか? あそこはどう見ても危険そうだ」
バルダーナがイライラと口をはさむ。
「こうしていても無駄だ。行くぞ、リザ。まだ余力のあるうちに」
「……」
少女は黙って、クラインを見る。
「その男に期待するのは止めろ。どうせ、地獄に落とされた囚人だ」
「どう言われてもいいが、囚人ではない」
二人はさっさと彼をおいていく。
「そうか……ここは地獄か……」
と、今更のように、
「わかってはいても、気分が悪いぜ……ルナ、そばにいたかった」
やや寂しそうにつぶやいた。
リザは何度も振り返りながら、手に青白い光を宿して、バルダーナの後を歩いてゆく。亡者の姿はなぜか見えない。
二人の影は薄氷の上を歩くように、そろりそろりと、闇の中へ消えてゆく。
クラインはそれを見守りながら、ごちた。
「なんて、頭の固い奴らだ……だが、嫌いじゃない」
クラインは気紛れのように、ふらりとその後を追うのだ。
「知っている誰かに似ている」
言い訳のように呟く。
二人の姿は完全に闇の中へとのみ込まれてゆくではないか。
ざわりと黒い影が四方から覆いかぶさってくる。
「こりゃあ、はぐれたら、オシマイだな」
首筋を強く揉んで、長剣をいつでも使えるようにしながら、短剣で下草を払う。
利き手が決まっていないのは、人間より優れた特性だと信じている。その才が生かされる時が来ているのだ。
クラインはさっさと二人に追いつこうと先を急ぐことにした。
辺りを無常の風が吹く。
「似ているのだ。オレは地上でバルダーナみたいな奴を知っていた」
その目はしっかりと金色の頭髪と、灰色のローブ姿を捕らえている。
「己のためでなく、誰かを庇うためだけに大嘘をついて、世界を敵に回して戦い続けた誰かを……あいつが必死でついている嘘を、オレなんかに、今暴けるわけがない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます