第2話女神の怒り

 それより少し前、神の宮、月宮げっきゅうで乙女が祈っていた。

 そこは運命の三女神さんめがみ、アルテミス、ヘカーテ、ディアナの住まう御所。

 神の加護を得てここへ来た、巫女みこである彼女は祈り続けていた。

 最年長のアルテミスが、姉のように問う。

「ルナ、本当に、獣神の血を飲んだのかえ?」

 ルナは瞠目どうもくし、硬い声で答えた。

「仕方のない状況でした」

 最年少の神が、かん高い声で責めた。

「だから、あの男を私にさしだせば、よかったのだ! ルナは人間のくせに、無茶ばかりする」

「恐れながら、わたくしは死に体でしたゆえ、蘇生そせいさせようとクラインが自ら血を飲ませてくれたのです」

 そのとき、ルナの目がディアナに向かって、きらりと刃のように蒼い光を帯びた。

 乙女の姿のヘカーテが、痛ましそうに、見つめながら、決然と言うではないか。

「すぐに永の都へゆくのだ、ルナ」

 ルナは、はっとしたように顔を上げ、あわててすぐに平伏した。

「ディアナ様、すべてはあなたの命令に背いた、わたくしの罪。どうかわたくしの血と肉をおとりください」

「何を言うのだ、ルナや。すべてはディアナの身勝手からなったこと。これ以上、ルナを苦しめるわけにはゆくまいぞ」

「いいえ、アルテミス様。わたくしは……わたくしは、貴女方の巫女。背いたのみならず、神の軍団に手出しをし、犠牲を出してしまいました」

「それは自慢だな!」

「ディアナ! そなたが、けしかけたのであろう。思いやりのないことを言うものではありません」

 アルテミスが、きっとして言った。ディアナは懲りずになおも、ルナに罵声を浴びせる。

「もう純潔の神の巫女ではないルナの血肉に、興味はない。こうなったら、風の樹の根元を掘って、願をかけようか……」

「そんなにすぐ大人になって何をする」

 ヘカーテが咎めるように言った。

「私も黄金と宝石をまとって、着飾る!」

 ディアナの鼻が高々と天をむく。容姿には自信がある様子。

「われわれは、着飾るために護符を身にまとっているわけではないぞ。地上にはびこる穢れを、寄せ付けないためだ。力の強いディアナには必要ないだけ」

「ではその胸につけたルビーはなに? アルテミスのティアラの大真珠はなに? みな恋人の誓いとして男が貢いだものじゃない」

 私だって、大きなルビーが欲しい、と地団太を踏んだ。

「ルナの卑怯者! そなたは、私がどんなに大人の姿になりたかったと思う? いや、知っていたはずだな。そのうえであの者の血の一滴すらも惜しんだ。もはや許されようとは思うまいぞ」

 顔をゆがめるディアナから、庇うようにヘカーテが言った。

「それほど大切な存在なのだ。あの男、いや獣神を助けたいのであろう?……ルナ?」

「はい……どうかこの罪をあがなわせてください……」

「ならば永の都にゆくしかない。それしか方法がないのだ、ルナ」

「わたくしは、彼が救われるのであれば、どんなことでもいたしましょう。どんな責めも受けましょう」

 そう言って、ルナは泣きむせんだ。

 孤独な背中だった。

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