第50話 武器と防具

 五日後


 野生の勘で見つけた武器屋と防具屋から完成の知らせを受けてガレオスは注文した品物を受け取るため、まずは武器屋へと向かっていた。そのそばにはフランの姿があった。

「いらっしゃいませ!」

 最初に店を訪れた時とは異なり、気弱だった店員の彼はガレオスを大きな声で出迎えた。その顔はとてもいい笑顔で、すぐさまガレオスの元へやって来る。

「おう、今日は元気だな。今日来たのは」

「剣ですよね!」

 食い入るようにそう告げた彼はガレオスの来店を今か今かと待ちわびていた。それほどに今回作った剣は満足のいくものになっていたのだ。


「その様子だといいものができたみたいだな!」

 それを感じ取ったガレオスも自然と笑顔になっていた。元々腕のいい職人だと分かっていたが、その彼がこれだけいい表情をするものとなれば、ガレオスの期待も高まる。

「えぇ、この間打ち合わせした要素を全て取り入れることができました。知り合いの魔術師に少し協力してもらいましたが、おかげで予定通りの能力が発揮できるはずです。今持ってきますね!」

 そう言うと彼は小走りで店の奥に入って行った。


「隊長はどんなものを注文したんですか?」

 同行しているフランが尋ねる。先ほどの二人の話しを聞いている限り、ガレオスが無理を言ったであろうことは想像に難くなかった。

「ふっふっふ、それは来てからのお楽しみだ」

 自慢げなガレオスの表情に実物を見た方がはやいと黙って待っていると、店員が布に包まれた大きな武器を持って戻って来た。

「お、お待たせしました。ふうふう」

 いち早く見せたかったのか息をきらせながらそれをそっとカウンターの上に置く。額の汗をぬぐって嬉しそうにガレオスに視線を送る。


「おー、これか!」

 それを受けたガレオスは置かれたそれに近寄ると、するりと布をといていく。ついに空気に触れたそれは大剣だった。サイズはガレオスが以前譲ってもらった大剣よりも一回り大きなものだった。以前の大剣も扱える者がいないせいで、ガレオスに出会うまで日の目を見ることはなかったが、それよりも一回り大きいものとなれば常人には扱うのは相当難しいであろう。

「ふう、ご希望のサイズのものが出来上がったと思います」

 ガレオスに合わせたサイズ相応の重量であるため、店員は運ぶだけで疲労を覚えており、軽く背伸びをしていた。一方のガレオスは手に取っただけでその大剣の良さがひしひしと伝わっており、にんまりと満足げな笑顔を見せる。


「いい感じだ! アノ機能もついているんだろ?」

 大剣をじっくりと見ているガレオスに言われ、うっかりしていたと店員は手をぽんっと打った。

「そうでした。これは使用者を登録して、使用者の力に反応にしてアノ機能が発動する仕組みになっています。なにで……ここに、あなたの血液を一滴垂らして下さい」

 ガレオスから一度大剣を受け取った店員は片手でそれを裏返すと、柄の部分を指示した。


「……さっきも思っただんだが、あんた力持ちだな」

 一人でこのサイズの大剣を運び、今も片手で動かしたことにガレオスは驚いていた。細身の店員のその行動に意外な印象を受けたからだ。

「あー、よく言われます。ひょろひょろなくせしてどこにそんな力があるんだって。実は母方の曾祖母が巨人族なんです。だいぶ薄まっていますが、その血が入っているので結構力があるんですよ」

 ぐっと力こぶを出すように腕をあげてそこを叩いた彼の思ってもみなかった答えに、ガレオスは更に驚いていた。

 巨人族とはその名のとおり巨大な身体をしており、力が強い種族である。しかし今では一族は数少なくなり、その姿を見ることも難しいと言われている。


「それなら納得か……ここでいいか?」

 話しながらもガレオスは適当に指を切って血がでるようにしていた。

「あ、はい、ここにお願いします」

 指示されたとおりの場所にガレオスがぽたりと血を垂らすと、途端に大剣が淡い光に包まれていく。それが収まったところで店員はガレオスにそれを手渡そうと持ち上げる。

「これで、完了です。今からあなたがこの剣の所有者です。あなたの魔力にだけ反応します」

 基本的に魔力を使えないガレオスだったが、それでもこの世にいる人間には微小ながらも魔力が内包されている。


「よしよし、これで新しい戦い方ができる。助かった、いい仕事をしてくれた!」

 ガレオスは彼の肩にボンボンと乱暴に手をおいて感謝した。自分の望む最高の武器を手にして興奮が抑えきれていないようだった。

「い、いえ、僕もいい刺激を受けました」

 少し押され気味になるものの、巨人族の血をひいている彼はガレオスの圧力に負けずになんとかその場にとどまっていた。

「それで料金なんだが、本当にこの間言っていた金額でいいのか?」

 店員の差し出したのは相変わらず当初のままの格安料金だったため、ガレオスは再度確認する。他の店であれば断られそうなほどの注文の品を作ってくれたことへの感謝と相応の対価を支払いたいという思いがあった。


「えぇ、いいんです。今回は僕も楽しんで作れましたし、今後の仕事にもいい刺激になりましたよ」

 そっと首を横に振った店員はとても晴れやかな笑顔になっている。

 ガレオスと初めて会った時はすっかり自分の腕に自信を失っており、しばらく店を休もうかと考えていた時だったため、今回の出会いに心から感謝していた。武器を作るのに心躍る気持ちになったのは久々で、そんな気持ちにさせてくれたガレオスへ自身の最高作品と言ってもいい品を渡せたことは自信につながっていた。

「そう言ってくれると俺も助かる。それじゃあ遠慮なく受け取ろう。料金はここに置いていくぞ」

 財布から事前に決めていた料金分のお金を支払い、大剣を背負って店を出ていく。その背中を見送る店員の胸には熱いものがこみあげていた。

「あ、ありがとうございました!!ぜひまたおこし下さい!」


「おう、また頼むな!」

 ガレオスは背を向けたまま右手をあげ、フランは深く一礼してから店を出る。

「次は防具だな」

「この間のご老人のお店ですね」

 ガレオス、フラン、エリスの三人で訪れた店で注文した防具も今日できあがるという話だったため、二人は防具屋に向かって歩いていた。


「あの爺さんもなかなかいい仕事をするぞ。楽しみだな」

 武器の仕上がりが上々だったことでさらに防具への期待が高まって上機嫌のガレオスを見て、フランも自然と笑顔になっていた。

「ふふっ、それは私も楽しみです」

 ずんずんと歩くガレオスが先頭で防具屋へと向かうが、前回は途中までフランの案内で向かったため、彼はすっかり道に迷っていた。すぐに様子がおかしいことに気付いた彼女はやっぱりそうなるか、と自然な笑顔が苦笑いに変わっていった。

「隊長……そっちじゃありません。ついて来て下さい」

 見かねたフランが今回も先導を買って出た。

「おう、すまんな」

 頭を一度掻いたガレオスはフランのあとを黙ってついて行く。どこまでいってもこれが通常営業の二人だった。


 迷うことなくフランが先導してしばらく道を進んだところで、あの少し古ぼけた防具屋に到着する。フランは記憶力が良く、一度通った道を忘れることはなかった。

「よく覚えていたな……入るぞ」

「はい、いますかね?」

 中へ入ると相変わらず店が開いている気配が感じられないため、フランはそう呟いた。


「おーい、爺さん生きてるか?」

 失礼な声かけだったため、思わずフランが窘めようとしたが、それより早くのそりと奥から老人店主が出てくる。

「う、ううん……その失礼な物言いはガレオスか」

 どうやら老人店主はカウンターの奥で居眠りをしていたらしく、もそもそと起き出してきた。

「おう、爺さん。約束の日だから来たぞ」

 相手が寝起きでも遠慮のない率直な言葉のガレオスに、寝起きの老人店主は笑顔になる。


「わかっとる。もちろん完成したぞ、こっちに来とくれ」

 老人店主の案内でカウンターから更に奥の工房へと入って行く。そこはいろんな素材がある使い込まれた工房が広がっていた。

「これが完成品じゃ」

 その中にひと際大きな布がかけられた物が置かれており、老人店主がその布を外すとそこにはガレオスサイズの鎧が飾られていた。あつらえたれた新品のそれは、職人の腕前を感じさせる存在感を放っていた。

「お、おおおおおおぉ! す、すごいな。いいじゃないか!」

 ガレオスの巨体に合わせた大きい見た目以上に動きやすさを重視して軽い素材を使用し、それでいて頑強な仕様になっているその鎧はまさにガレオス専用のオーダーメイド品だった。


「さ、早速着てみてもいいか?」

 想像以上の仕上がりを目の前にして今にも飛びかからんばかりの様子のガレオスに笑顔になった老人店主がもちろんだと頷く。

「うむ、お前さんのもんじゃ。好きにするとええよ」

 老人店主の言葉を受けてさっそくガレオスが防具を装着していく。全て身に着けてから老人店主とフランに見てもらうことにしようと、少しはやる気持ちを抑えながら急いで装備した。

「うむうむ、ピッタリじゃな。そして、よく似合っとるぞ」 

「えぇ、とてもいいです」

 防具を全て身に着けたガレオスを見た老人店主は自分の作った防具の出来栄えに満足し、フランは素直に思ったことを口にしていた。ピッタリと寸分違わず作られた防具は大事なところをきちんと守っていながらも動きを制限することが全くない。見た時以上に身に着けたガレオスが一番その出来のよさを感じ取っていた。


 他の隊長や隊員たちもそれぞれが装備や道具を用意し着々と準備は整っていく。そしていよいよ彼らの悲願だった王城奪還に向けた旅立ちの日は目前に迫っていた。

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