第49話 昼食

 ガレオスが店から出てきたのは、フランとエリスが防具を購入し終えて、更に武器の購入も終わってからのことだった。

「す、すまんな二人とも」

 すっかり買い物を終えてしまった様子の二人の顔を見るなり、せっかく付き合ってくれた二人を放っておいてしまったと気付いたガレオスは深く頭を下げて謝罪をする。

「ふう、いいんですよ。そもそも防具を購入するというのはわかっていましたし、職人さんと打ち合わせをするとなると時間はかかります」

「そうです、お気になさらず。そもそもついてくると言ったのは私のほうですから」

 最初からフランはこうなることを予想しており、エリスはガレオスの買い物に同行できるだけで満足だった。


「そ、そうか? でも、すまんな。ついつい、白熱してしまった……そうだ! メシに行こう! 二人も腹減っているだろ? 俺のおごりだ!」

 二人は怒っていなかったがガレオスはそれでは気が済まないらしく、昼食にちょうどいい時間になったこともあり、二人を食事に誘った。

「元々食事に行く予定でしたし、時間もちょうどいいですね。行きましょうか」

「はい、それではご相伴に預かります」

 フランもエリスも彼の気持ちを汲んで、反論せずについていくことにした。彼の後ろでふたりはそっと微笑みあった。


「で、どこの店がいいんだ?」

 ガレオスは先頭を歩いて数歩進んだところで、自分がこの街の店について何も知らないことに気付く。

「ふう、仕方ありませんね。隊長が満足する量が頼めて、リーズナブルで、落ち着いた雰囲気の店は事前に調べてありますので行きましょう」

 フランはガレオスに花を持たせようと店については黙っているつもりだったが、相変わらずの様子であるため、自分が調べた店を提案することにした。

「おう、助かる」

 そんな彼らを見ていたエリスは自然な二人のやりとりに少し驚いていた。


「す、すごいですね。フランさんはなんでも知ってらっしゃるみたいです」

 防具屋についても昨日の時点でいくつもピックアップしており、今も条件にあった店を調査済みだった。そのことをガレオスとフランの二人は当たり前のように話を進めていくので、エリスはどこか置いてけぼり感を味わっていた。

「ん?あぁ、フランは優秀だからな」

 ガレオスはその一言でフランのことを語るが、彼にとって当然であり、優秀すぎることに気付いてはいなかった。


「まあ、隊長は色々と抜けている方ですからどうしても副長の私がフォローしないといけないのです。そうしていたら、いつの間にかこうなっていました」

 ずっと当たり前のようにこういったやりとりをしてきたため、フランも当然のことをしていると思っており、別段自分が優秀だとは思っていなかった。

「は、はぁ、なんというかすごいです。お二人ともすごさに気付いていないのがすごいです」

 それを指摘しても、二人は首を傾げるだけだった。そんな二人を見たエリスは良くも悪くもこの二人がどこか自身のことについて無自覚なのは似ているのだろう、と思わされてしまった。


「とりあえず、お店に向かいましょう。少し奥まった場所にあるのではぐれないようについて来て下さい」

 エリスが言ったことをいまいち理解できなかったが、フランは店に向かって二人を先導するため、歩き始めた。

「は、はい」

「おう、任せた」

 呆気にとられたままのエリスは未だ戸惑いながら、ガレオスは安心した様子でフランのあとをついていく。


 フランが案内した店は路地裏にある店で、知る人ぞ知る名店といった様子だった。

「ふむ、なかなかいい雰囲気だな」

「そうですね。静かで落ち着いていて、そしてこの食欲を刺激する香り。期待できそうですね」

 ふわりと漂ういい匂いにお腹が空いたのか、エリスはここに来て急に饒舌になっていた。

「この店はギルドの受付嬢の方に教えてもらったんですが、かなり美味しいらしいです」

 店内に入って席に着いた三人で話をしていると、店員が注文を取りにやって来る。


「うちの店のことをギルドでお聞きになったんですか? それでは、期待に応えられるようにシェフに伝えておきます」

 ウェイトレスの服を身に纏った彼女は短い髪で活発そうな雰囲気だったが、彼女の所作は落ち着いたものだった。店の評判がいいのは嬉しいらしく、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 そして手にメモを持って注文を確認する。

「俺はこの本日のお勧めの肉料理で、量は大盛りで頼む」

「私は、こちらの本日のお勧めの魚料理でお願いします」

「えっと、私は同じくお肉料理のほうで、量は普通でお願いします」

 メニューを見ながらガレオス、フラン、エリスの順番に注文をしていく。


「はい、承りました。注文の確認をしますね、本日のお勧めの肉料理がお二つ。一つは大盛りで、もう一つは普通。本日のお勧めの魚料理がお一つ。こちらも量は普通でよろしいですか?」

 きびきびとした店員の質問にフランが頷く。

「はい、それでお願いします」

「それでは、少々お待ち下さい」

 店員は注文をとると軽く頭を下げたのち、厨房に向かって行った。


「楽しみだな」

 店の中に漂うのは先ほど外で嗅いだよりもよりいい匂いで、ガレオスは空腹だったため、期待に胸を膨らませて今か今かと待ちわびている。

「今日はあんまりお腹を鳴らさないで下さいよ」

 以前、食堂で腹を鳴らした時のことを思い出し、フランが注意する。

 するとタイミングよく、ぐーと腹が鳴った音がする。

「あっ、ご、ごめんなさい。朝ごはん食べてなくて」

 その音の主はエリスだった。わたわたと申し訳なさそうに顔を赤くしてお腹を押さえた彼女がそこにいた。


 おしとやかな雰囲気でスタイルのいい彼女は、あまり知られていないが実は食いしん坊キャラだった。今はガレオスの前だからか多少遠慮しているようだったが、いつもならば結構がっつり食べていたりするのだ。

「ははっ、健康的でいいじゃないか。俺も腹が減ると止められないからな」

 すると、あたりに響くようにぐるるるとエリスのものよりも何倍もの音でガレオスの腹が鳴った。

「お、おう、すまんな」

 まさか本当にタイミングよくお腹が鳴るとは思っておらず、慌てて二人に謝罪した。


「まあ、お二人の気持ちもわかります。先ほどからとてもいい香りが漂ってきてますからね」

 フランはフォローをいれたが、匂いに関しては本当のことだった。調理が始まったことでより際立つその香りは三人の食欲を刺激して、その後料理が運ばれるまでガレオスとエリスは何度か腹を鳴らすこととなった。

 本人以外は気付いていなかったが、実はフランも一度だけ小さく腹を鳴らしていた。


「お待たせしました。腕によりをかけたとのことですので、ごゆっくり召し上がって下さい」

 先程の店員が三人の料理を運んでくると、再び厨房へ戻って行った。目の前に並ばれた湯気の立ち上る料理は思わずごくりと唾を飲むほどおいしそうなものであった。

 待ってましたと言わんばかりにガレオス、フラン、エリスの三人は早速それぞれの料理を口に運ぶ。

「美味い!」

「「美味しい!」」

 ひと口含んだだけで思わず出たその感想は厨房まで届いたらしく、シェフは笑顔になっていた。

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