第42話 各自に下った命令

 連れてこられた院長はギルドマスタールームにやってくると、修道院組の今後についてイワオと相談をする。

 ただそのまま受け入れるだけというのはやはり街としても厳しく、条件として修道院側からも労働力を提供することで話はまとまった。この街も防衛としての戦力はあるが、それでも修道騎士が加わることは戦力アップが見込めるため、願ってもないことだった。

 また、修道院で預かっていた生徒たちは貴族や王族の息女が多いため、労働力とするわけにもいかず、現在廃校となっている校舎を宿泊場所として提供することとなる。

 しかし、修道院生の中でも信頼の厚かったリーナが丁寧に声をかけることで、自然と各人がやれることを自ら探そうとしていった。


「さて、少々手間取ったがなんとかなったようじゃな」

 修道院組の件が片付いた今、再度ガレオスたちはギルドマスタールームに集まっていた。

「ありがとうな。これで、一つ問題が片付いた」

 ガレオスが礼を言う。彼は既に次の戦いに意識が向いており、その表情は真剣なものだった。

「ふむ、それでは本題に入ろうかのう。そろそろあいつらも戻ってくる頃じゃろう」

 イワオの言うあいつらとは、今回の戦力として見込んでいる元隊長たちのことだった。


「隊長格も俺に爺さんにリョウカで三人、あんたが以前言ってた二人を合わせれば五人か……ほぼ揃った形だな」

 武源騎士団の隊長全七名のうち五人揃ったため、かなりの戦力を確保できたといえた。隊長格が一人いるだけでかなりの戦力になるため、それが五人集まったとなると一国相手に十分戦うこともできるだろう。

「うむ、今回の戦いでの主戦力はわしを含めた隊長格五人になるじゃろ。国に攻め込まれた時にわしらはおらんかった……雪辱戦じゃ!」

 以前、彼らが守っていた東方の王国サングラム。魔法王国ベースクレフに奪われたサングラムは武源騎士団の隊長を中心にクーデターが起こったといわれていた。だが実際のところそんなことはなく、彼ら隊長たちは自分たちの留守を狙うように攻め込まれたことに釈然としないものと、国を守るために何もできなかった不甲斐なさをずっと感じていた。

「ええ、あの悔しさは忘れないわ」

 なすすべなく奪われた自国のことを思うとリョウカもギリッと歯ぎしりをしていた。


「……隊長たちが全員出払っている隙をついた魔法王国。やはり何か仕組まれたものを感じますね。本来ならば隊長格が依頼を受けることは稀です。それが第一から第六隊だけにとどまらず、私たち第七隊にまで依頼が来るなんて」

 フランもありえない状況だったと判断していた。第七隊は他の隊とは少し色の違う部隊として存在していたからだ。

「ははっ、俺たちは実績がないから基本的に依頼なんて回ってこないからな」

 からからとガレオスは笑いながらそう言った。


「ふむ、確かにあの状況はおかしかったのう。依頼自体もわしが行くように命令されたから行ったものの、大したことのないものじゃったからのう」

 ふとあの事件のことを思い出したイワオも同様に疑問に思っており、髭に手をあてながら思案にふける。

「二人はどういう経緯で依頼が来たの? 普通だったら、依頼が来て誰かに割り当てるわよね?」

 リョウカは自分の時と同じかどうかが気になっているようだった。

「わしのところには大臣から勅命が下ったんじゃ」

「俺のところには団長から直接話があった」


 二人の回答にリョウカは頷いている。

「私も大臣からね。どちらにせよ国内の上層部に動きがあったということね……あなたたち二人はどうなのかしら?」

 にんまりと笑顔を見せながらリョウカが扉に向かって声をかけると、ゆっくりと扉が開いていく。

「リョウカさんは相変わらずだねえ」

 その声の主は武源騎士団第六隊元隊長『ショウ=キサラギ』のものだった。彼は長身のロングヘア―を後ろで縛っている。いつも人のいい笑顔を浮かべているような顔をしている。表情の変化が少ないため、その笑顔に隠れて真意は読みにくいことで知られている。身長は180cm前後でやや細身に見えるが、その肉体にはしっかりと筋肉がついていた。


「索敵能力が高いですね。うちの者たちにも見習わせたいものです」

 ショウの後ろから現れたのはショートカットで小柄な彼女は武源騎士団第二隊元隊長『エリス=アルテミス』。動きやすいように髪を短くしているが、入団当初は腰まで届くロングヘア―だった。彼女の顔には表情はないが、機嫌が悪いというわけではなく、これが彼女のいつもの顔だった。

「そういうショウはいつみてもチャラチャラしてるし、エリスは全く表情が読めないわね」

 リョウカの返答にショウは笑顔になり、エリスは唇の端が少し動いていた。


「うむ、二人とも良く帰ったの。その顔を見ると首尾は上々のようじゃな」

 いつも通りの二人の顔を見て何を感じとったのかはわからなかったが、イワオは表情をやわらげてそう声をかけた。

「うん、ボクらの部下も戻って来たし、今回の戦闘に参加しない子たちにも国を取り戻したら戻っていいって伝えてきたよ」

 彼ら二人はイワオが調べた情報をもとに戦力の確保に奔走していた。


「ご苦労じゃった。すまんな、隊長二人に雑用をやらせてしまって」

 この二人を戦力集めに走らせるということは、それだけ手が足りないということを表していた。

「二人とも久しぶりだな、元気そうでよかった」

 ガレオスの声に二人は視線を動かす。ずいぶん大柄な人物がいることはわかっていたが、改めて懐かしい顔ぶれに彼らの雰囲気も和らぐ。

「あーっ! ガレオスじゃん! あんたがくたばることはないと思ってたけど元気そうでよかったよ。いやあ、これで王都奪還も俄然現実味がでてきたね!」

 ばしばしとガレオスの肩を叩くショウは彼の実力を高く買っており、彼が仲間にいることを心強く思っていた。


「あ、あの、ガレオス隊長、お久しぶりです。ご、ご無事で安心しました」

 エリスは緊張した面持ちでガレオスに声をかける。彼女はガレオスのことを怖いと思っているわけではなかったが、彼の前ではうまく言葉が出てこなかった。

「おう、エリスも無事でよかったぞ」

 ガレオスがエリスの頭を撫でると、彼女はまるで動物のように目を細めて嬉しそうにしていた。


「あ、ありがとうございます!」

 普段表情の変わらないエリスの表情が面白いように変化しているのを見て、リョウカとショウはからかうようににやにやと笑っていた。

「ごほん、再会を喜ぶのは構わんが、せっかく集まったんじゃから話を進めようと思うんじゃが?」

 すっと真剣な雰囲気を出すイワオの言葉と視線で、弛緩した空気が引き締まる。

「あぁ、進めてくれ」

 ガレオスはエリスの頭から手を離して、続きを促した。ここにいる誰もが真剣なまなざしで向かい合った。


 隊長格五人、そして副長のフランと元八大魔導のバーデル。この七人による軍議が始まる……。

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