第39話 狙われた姫
「なかなか面白いわね」
リョウカと同じく、好敵手に会えたことを感じ取っていたフリオンは笑顔になっていた。
「私も楽しみよ」
自分の持ちうる力を惜しみなく発揮できる存在を前に、こみ上げる高揚感からリョウカの口角は上がっていた。
「ここだと少し、修道院から近すぎるわね。離れるわよ」
ちらりと煙が立ち上る修道院が目に入ったリョウカの提案にフリオンは頷いてついて行く。フリオンの目的は姫の奪取だったが、今はリョウカと戦うことが主目的になっていた。ここまで実力で地位を獲得してきた彼女は好戦的な一面が強く、目の前のリョウカと思う存分戦いたいという気持ちが大きくなっていた。
二人が向かっていた先は修道院から離れた戦場の只中であったが、二人の気迫に押された兵士たちや騎士たちによって道が分かれていく。
「あなたたち、下がりなさい!」
「修道騎士のみなさんも下がって下さい!」
フリオンが魔法王国兵士に、リョウカが修道騎士へと大きな声をかけていく。元々二人の為に避けた彼らはさらに二人から離れていく。すぐに周囲には彼女らを中心に広い空間ができていた。
「それじゃあ」
「いくわよ!」
その空間でしばし互いをにらみ合っていた二人が掛け声とともにぶつかり合う。その衝撃は周囲に波となって伝わっていく。
その勢いたるやすさまじいもので、魔法兵士も修道騎士もそれに押されて徐々に一歩二歩と後ずさっていた。
「フリオン様がすごいのはわかっていたが、相手の女は何者だ?」
「あの子、あんなに強かったのか……」
八大魔導と互角に渡り合っているリョウカに魔法兵士だけでなく、修道騎士も驚いていた。
強さの中にしなやかな美しささえ感じさせる戦いは魔法兵士や修道騎士たちを魅了する。だがリョウカの槍、フリオンの拳、どちらも致命的なダメージを相手に与えることはできず、お互いがお互いの武器でそれを防いでいた。
「くっ、普通の攻撃じゃ無理そうね! 夢幻!」
このままではキリがないと判断し、自分の槍に声をかけたリョウカ。夢幻はその言葉に応えて淡い光を放つ。
「何を!?」
フリオンは武器の名前を呼ぶことで何かが変わるとは思えなかった。普通の武器でも名を与える者はいるが、姿かたちを変えるものはそうない。しかし、リョウカはただ気まぐれで名を呼んだわけではなかった。
「私の攻撃は……増えるわよ!」
光が収まると同時に攻撃がフリオンに迫る。その言葉の通り、リョウカの突きはその速度を増していた。
「速い!?」
それを理解すると同時にフリオンはその攻撃を拳で防いでいくが、猛攻撃を前に防戦一方を強いられてしまう。
「痛っ!」
最初のうちはなんとかしのいでいたものの、予想をはるかに上回る攻撃の多さに防ぎきれず攻撃をくらってしまうこととなる。
ただ速いだけであれば、体術を身に着けている彼女が持ちうる反射神経で防ぐことはできるはずだった。しかし、現状は違っている。ひとつ、またひとつとフリオンは傷を増やしていき、魔法で作り出した金属の鎧も徐々に削られていた。
「な、なんなのよ!」
自分の力に自信があったフリオンの焦りは高まっていく。これまで魔法と体術を組み合わせた自分の戦法で苦戦をしたことはなく、同等に戦える者もいなかった。しかし、今戦っている相手は同等どころか目に見えて彼女を追い込んでいた。
「言ったでしょ? 増えるって」
笑みを深めたリョウカによる更に槍の速さは増し、フリオンの傷も増えていく。
「“裂けろ大地”!」
現状を打開すべく焦ったフリオンは咄嗟に魔法を使うが、それが大きな隙となる。
「それは悪手よ。はあっ!」
地面が裂けたが、そこにリョウカはおらず次の瞬間には彼女は後ろに回り込んでいた。
「なっ!?」
振り返ったフリオンが目にしたのは、今までで最速の突きだった。
それを見事にくらったフリオンはその勢いそのままに吹き飛ばされた。周囲を囲んでいる兵士たちを飛び越え、地面に落ちても止まらずにゴロゴロと転がっていく。飛んできたフリオンに驚いた兵士や騎士たちが道を開けて呆然と彼女を見るしかなかった。
「ふむ、まあこんなところかしら」
もう少し戦えるかと思っていた相手だけに、リョウカは満足していないようだったが、吹き飛ばされたフリオンはぐったりと倒れ意識を失っていた。
「ひ、引け、逃げるぞ!」
ぴくりとも動かないフリオンを見てようやく兵士たちは彼女たちの戦いが終わったことを認識した。目の前で八大魔導のフリオンがやられたことに動揺した兵士は一目散に逃げ出した。八大魔導と呼ばれるほどの人物がやられてしまう相手を自分たちができるわけがない、とその一心で必死に逃げ惑う。その途中でフリオンは回収されていた。
「あちゃー、連れてかれちゃったか。まあ勝てたからいいけど……また来るわよね。はぁ」
必死に逃げた兵士に後れをとってしまい、とどめをさせず、吹き飛ばしただけに終わってしまったことをリョウカは後悔していた。
「おい、リョウカ。お前……」
彼らが逃げ出したことで戦いが終わり、彼女の元へガレオスがやって来た。そして、すっと目を細めてリョウカのことを見ている。
「ガ、ガレオス! ううっ、いいじゃない。私だってたまには力を出して戦いたかったのよ……それに相手は女だったのよ。同性で私とまともに戦えるんだもの、戦いたくなるじゃない」
この戦いへ入る前にガレオスから言われていたことを思い出したリョウカは左右の人差し指を合わせてごもごもと言い訳をする。
「はぁ、勝ったみたいだからいいが……それで、あいつの目的はなんだったんだ?」
ただ戦うだけではなく、相手と話をしたであろうリョウカへと質問する。
「予想通りよ。やっぱり姫を捕まえようとしたみたいね。その姫も……来たわ」
リョウカが振り向いた方向から、修道服をまとった女性がフランに手を引かれてやってきた。修道服を身に纏う彼女こそ、彼らの国の姫である。どんな服を着ていてもその気品さは隠せるものではなく、王女たる佇まいは健在だった。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
あたりの惨状から少しおどおどした様子で心配そうに姫がガレオスとリョウカへ尋ねる。
「姫、やはりあなたは狙われていました。修道院にいる時は私の護衛なんて大げさだとおっしゃっていましたが、これが答えですよ」
リョウカは姫の疑問には答えず、どこか得意げに言った。その様子に姫は苦笑する。
「もう、リョウカさんったら、わかっていますよ」
「リーナ姫、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
笑顔のガレオスは少し荒い手つきで姫の頭を撫でる。彼女の名前はリーナレシアという名前であり、親しい者は愛称でリーナと呼んでいた。
「ガ、ガレオスさん。や、やめて下さい。もう大きくなったんですから、恥ずかしいです」
リーナは小さい頃にガレオスになついてよく頭を撫でるようにせがんでいたため、ガレオスは自然と頭に手を伸ばしていた。リーナもまんざらでもない様子だったが、それでも周りに人がいたため、今回は恥ずかしさが優先されたようだった。
「おう、すまんな。ついつい昔の癖で、それでこれからどうする? 俺はイワオの爺さんに姫さんを連れてくるよう依頼されて来たんだが」
それを聞いたリーナの表情に陰がおちる。彼女もただ大人しく修道院生活を送っていたわけではなく、自分の立場など色々と考えていたからこその表情だった。
「私に、旗印になれってことですよね……」
心優しく、争いを嫌う彼女は自国を取り戻すためとはいえ、先頭に立つことにためらいがあった。
「そうかもしれん、だが俺はそうしろとは言わないぞ。嫌だったら辞めればいい、そうなったらそうなったで手を考えるのがリーダーというものだ。誰かを犠牲にして勝利を得たとしても、解決にならんからな」
気にすることはないときっぱりと言い放つガレオスの言葉に胸を打たれたリーナは目に涙を浮かべていたが、フランとリョウカはジト目でガレオスのことを見ていた。
「あなた良いこと言ったつもりでしょうけど、わかってるのよ。自分で考えることじゃないから、イワオさんに投げっぱなしにするつもりでしょ」
「がっはっは、よくわかったな」
彼の言葉にすっかり感動していたリーナはガクッと肩を落とすが、すぐにこれがガレオスなのだなと思い直し微笑んだ。
「とりあえず、このまま修道院に残るわけにはいかない。できればリーナ姫には俺たちと来てもらいたいとは思っている」
ガレオスの言葉にリーナは少しうつむいて考え込む。
「私もそれがいいと思うわ。姫、ここにいては修道院の人たちを巻き込んでしまうのよ?」
そっと肩に手を乗せたリョウカに窘められるように言われ、リーナははっとした表情になる。
この修道院には、彼女が世話になった者やいつも仲良くしている友人もいたため、残りたい気持ちが強かった。しかし、そのことにより迷惑をかけてしまうことのほうが辛かった。
「……わかりました、行きます。でも、その後どうするかはまだわかりませんからね」
悩みながらも表情を固くしたままの彼女は前を向いた。今はその答えで十分だと、ガレオスたちは頷いて返した。
「……入りづらい空気だな」
遅れてやってきたバーデルは彼らの深刻そうな様子を見て、今は自分が入るタイミングではないと判断して少し離れた場所から様子をうかがっていた。
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