第38話 フリオン

「やったぞ! 俺たちがあの八大魔導を倒した!」

 兵士たちは口々に喜びあっているが、ふと様子がおかしいことに気づく。

「おい、おかしくないか?」

 その言葉をきっかけに兵士たちはざわざわとして騒然となっていた。

 目の前で彼らが放った魔法が消えることなく、むしろその魔法が力強い炎に飲み込まれていく様子に驚いていた。


「ふう、俺も舐められたもんだな」

 声の主はバーデルだった。炎を操りながら毅然と立つその姿に一切の迷いはない。

「八大魔導ってのはさ、ただ魔力が高いから選ばれるわけじゃないんだよ。魔法、魔力を扱う能力に長けているのが前提になってくる。更にその上で他を凌駕する魔法を使えるかどうかなんだよ」

 今の彼はガレオス側についており、その称号に拘りも執着もなかったが、それでもこれくらいの魔法で倒せると思われたことには少々イラついていた。だからこそ持ちうる力で圧倒的に打ちのめしてやろうとやる気を漲らせていた。


「ひいっ!」

 そんなバーデルの魔力の高まりに恐怖を感じた兵士たちは一歩、また一歩と後ずさりをしていた。

「逃げなくてもいいだろ。そっちがやりたい放題やったんだから、今度はこっちの番だ。“炎の矢”」

 気づくとバーデルの周囲には何本もの炎の矢が生み出されていた。一瞬でそれが現れたことに兵士たちの動揺は高まっていく。魔法は発動までに少し時間がかかることがあり、だからこそ遠距離からの攻撃を得意としていた。だが八大魔導ともなればその時間など必要なく、また一つの魔法発動で大きな効力を発動させることも可能だ。

「あぁ、この魔法もおさめておくか」

 兵士たちが力を集めて放った魔法は、纏わせた炎にバーデルが少し魔力を込めるだけで消失していた。


「いけ」

 バーデルの命令に反応して、炎の矢が兵士たちに向かっていく。その速度は兵士たちの魔法とは比べ物にならず、次々に兵士の心臓を撃ち抜いていく。撃ち抜かれた兵士は受けた傷から燃え広がった炎に焼き尽くされ、そのまま倒れていく。

「逃げろ!」

 咄嗟に兵士たちの中の誰かがそう言うが声をあげたが時遅く、次々と放たれる炎の矢に狙われた兵士は全て倒れていった。


 阿鼻叫喚の様子を矢に狙われていなかった兵士たちは呆然と遠巻きに見ていた。圧倒的力の差を目の前にし、動けなくなったのだろう。

「や、やばい、逃げるぞ!」

 しかし、そんな彼らのもとに魔法の塊が迫っていた。彼らは自分たちの体躯を上回る大きさの塊に何事かと混乱するしかない。

「な、なんだ!?」

「逃がさん!」

 立ち尽くす兵士たちの目の前に迫った塊から声をあげて何者かが襲いかかる。


「声!?」

 自分たちが謎の魔力の塊に襲われている、しかもそれから声が出てくる。その恐怖に兵士たちは防衛本能が働いて考える間もなく走り出し、助かりたい一心で逃げ惑う。

「ふん!」

 魔力の塊から聞こえた声の主はガレオスだった。彼は自分に放たれた魔法を身に纏ったまま戦っていたのだ。バーデルのように魔力をうまく使えないガレオスはすぐに魔法を打ち消すのは難しかった。しかし、それを手にする二刀が魔力として徐々に吸い取り、刀身が光を纏っていく。

「お、お前はさっきの!」

 光に目が慣れて姿が明らかになるにつれて、塊の正体が理解する者がいた。しかし、わかった時は既に時遅く、その身を刀によって一刀両断にされていた。

 ガレオスの刀技、バーデルの魔法によってあっという間に兵士たちは倒されていった。



 一方でリョウカとフランは彼らがもたらした混乱に乗じて無事に姫のもとへ辿りつき、院長に状況を説明して修道院から抜け出すところだった。

「あらあら、お目当てのお姫様が逃げてるじゃない。全く、使えないやつらね」

 修道院から出たところで彼女らの目の前に一人の女性がやってきた。

「フラン、あなたは姫を連れて逃げなさい。余裕があったらガレオスに伝えてくれると助かるわ」

「サカエ隊長……承知しました。ご無事で。姫、参りましょう」

 瞬時にリョウカの言いたいことを理解したフランは彼女の言葉に頷き、姫を連れてその場を後にした。


「それは良くない判断よ。私がみすみす逃がすとでも思ったのかしら? “砕ける大地”」

 そう言って彼女は魔法を行使しようとするが、手を前に出そうとしたところで槍を構えたリョウカが迫っていた。

「させないわよ。私がみすみす彼女たちに手を出させるとでも思ったのかしら?」

 相手の言葉を真似してリョウカが動きを封じた。

「……あなた、なかなかやるじゃない。名前はなんていうのかしら?」

 女性は自分の魔法の発動を封じた動きの早さに驚き、力を持つものを目の前にして嬉しそうに名前を尋ねてくる。


「私はリョウカよ、あなたはフリオンかしら?」

 先ほど使おうとした魔法と、彼女が持つ強者の雰囲気からその名を予想してそう口にする。

「あら、私も有名になったものね。そうよ、私は八大魔導の一人『大地』のフリオンと呼ばれているわ。あなたの名前には聞き覚えはないけれど、なかなか楽しめそうじゃない」

 愉快と言った様子で微笑むフリオンをきつく睨み付けながらリョウカはその手に夢幻を呼び出して対峙する。


「はあっ!」

 気合と共にリョウカはフリオンに向かっていく。貫くといわんばかりの威力で迫るそれを目の前にしてもフリオンは動揺の色を見せない。

「向かいなさい “つぶて”」

 そしてフリオンはその動きを止めるように、石のつぶてをいくつも呼び出し、リョウカへと放つ。

 一般的にこの魔法は牽制のためのものだが、フリオンが使うとそれは攻撃として十分な威力を持つこととなる。放たれた石のつぶてはまるで弾丸のように鋭くリョウカへと放たれる。

「せい!」

 リョウカはそれを的確に撃ち落とし、避け、迷うことなく距離を詰めていく。


「やるじゃない “落ちろ岩石”」

 真っすぐ向かってくるリョウカに笑みを深めたフリオンは大きな岩を彼女に撃つ。避けた場合を想定して、その後ろから広い範囲でつぶてを同時に放っていた。

「あなたこそやるわね」

 しかし、それでも彼女は表情を変えることなく岩に立ち向かっていく。

 リョウカは岩の崩壊点を見極めており、そこを一突きにする。


 するとそこにヒビが走り、ガラガラと岩は崩れていくが、リョウカの攻撃はそれで終わらない。彼女は崩れた岩の中で大きなかけらを槍の穂先ではなく石突きでついて、フリオンへと弾き飛ばしていた。

「くっ、まさか防御と同時に攻撃をするとは。“岩の壁”」

 攻撃を受けたフリオンは魔法の名前の通り岩で壁を作り、リョウカによる岩のかけらを防いでいた。

「遅いわよ」

 だがリョウカはそれを予測して既に壁の横に回り込んでおり、夢幻による一撃をフリオンに放つ。


 しかし、それは甲高い音をたてて防がれることとなった。

「ふふっ、私は別に魔法だけでここまでの地位になったわけじゃないわよ。こう見えて武道も嗜んでいるわ」

 バーデルは魔法の扱いに長けているため、八大魔導に選ばれたが、フリオンはそれにとどまらず近接戦闘の強さも選ばれた要因にあった。

 彼女の身は地属性の鎧に守られており、その拳にも金属のナックルがつけられていた。

「地に埋もれた金属を利用するとはね」

 それを見たリョウカは攻撃を防がれたことよりも、彼女の魔法の使い方に驚いている。


「私とここまで戦える相手に出会えるなんて本当に幸運だわ」

 それはリョウカの言葉だった。彼女もガレオスと同様隊長格であり、敵対する者の中に彼女と同じレベルで戦えるものは少なかった。

 しかし、目の前の相手はそれを叶えてくれている。ガレオスは自分が八大魔導と戦うと言っていたが、今のリョウカは目の前の相手を彼に譲るつもりはなくなっていた。

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