第36話 再襲撃

 あの後氷漬けを解除されたバーデルを仲間に加えた一行は、馬車で南の森を抜けて修道院へ向かっている。

「これ、やっぱり着けなきゃダメか?」

 自分の首を指差して、バーデルが尋ねる。

「ダメですね。私は隊長と違ってあなたを信じたわけじゃないので」

 彼の首に隷属の首輪と呼ばれるそれを身に着けるよう提案したのは、彼の質問に回答しているフランだった。


「まあ……仕方ないか」

 一応質問をしてはみたものの、どうにかなると本気では思っていなかったバーデルは簡単に諦めた。

「それが外れるかどうかは、今後の働き次第といったところね。八大魔導の一人がなんの疑いもなくこっちの味方になるとは信じられないもの」

 リョウカが信じているのはガレオスとフランの判断であり、バーデルのことは信じていないようだった。

「俺は大丈夫だと思うんだがな……お、またモンスターが出てきたぞ」


 帰り道はモンスターが多く足を止められることがあった。しかし、それらの相手をバーデルが担当しており、ガレオスたちは馬車から降りることなく進んでいた。

「へいへい、人使いの荒いことで。こいつらならこれで十分だな、炎の矢」

 フォレストモンキーと呼ばれる猿型のモンスターはバーデルが放った炎の矢で次々に貫かれていく。このモンスターは動きが素早く、普通に戦うには苦戦を強いられる相手だったが彼の魔法は、その動きを的確に捉えて倒していった。

「うむ、やはりこちら側に引き入れて正解だったな。バーデルの腕前は相当なものだ」

 ガレオスは魔法は使えなかったが、魔法は細かいコントロールが難しいものだというのは知識として知っていた。


「そう言ってくれるのはあんただけさ……でも、ガレオスさんには手も足も出なかったんだよなあ」

 砦での戦いを思い出してバーデルは肩を落とした。

「比べる対象が悪すぎるわ。ガレオスは、私たちの戦力の中でも一人飛びぬけているんだから」

 リョウカはそう言って肩を竦めて嘆息した。

 彼女も隊長格であり、相当な腕の持ち主であったが、それでもガレオスには敵わないと思っている。


「リョウカさんだったか? あんたも相当強そうだけど……確かにガレオスさんはやばいな。強い相手とは戦ったこともあるし、負けたことだってもちろんある。でも、あそこまで一方的なのは初めてだったよ」

 モンスターを魔法で倒し終えたバーデルは、馬車に戻りながらそう話す。

「乗ったな、よし出発しよう」 

 ガレオスは自分の強さを品定めされるのが苦手なのか、話には乗らず馬車を出発させる。


「砦を潰したことでとりあえずの脅威は払しょくできたけど、いつまでも修道院が襲われない保証はないのよね……早く動かないと」

 リョウカは姫の護衛として修道院に潜伏していたが、あの場所への思い入れもあるため、そう易々と魔法王国に落とされるわけにはいかなかった。

「戦力はそこそこ揃ってるみたいだから、姫さんを連れて集まれたら、案外早く話は進むかもしれないぞ」

 ガレオスは手綱を握りながら、リョウカの心配を解消しようと声をかける。

「実際にどれだけの戦力があるかよね。私とガレオスとフラン、この三人でも砦くらいなら落とせるし、八大魔導相手でも下位だったらなんとかなると思うわ。でも……」

 彼女が危惧しているのは現在の王城を守っている戦力だった。


 バーデルから情報収集した内容では、現在八大魔導のうち三人が城を守っているとのことだった。

「序列上位がいたら、結構きついわよ」

「誰がいるのかまではさすがに知らないからなあ……すまない」 

 謝罪をする彼の表情は苦々しいものだった。八大魔導とはいっても仲良しこよしというわけではない。全てを知るほど立場が上ではないバーデルは自分の立場が低いことを少し後悔していた。

「いえ、それでもかなりの情報を提供してもらいましたので助かっています」

 フランは彼のフォローをしたように思えたが、ただ事実を口にしただけだった。


「おい、戦える準備をしておけ」

 そう声をかけるガレオスの目には不穏な光景が映っていた。離れているためどこからなのかは見えなかったが、煙があがっているのが見えた。一度目に修道院を訪れた時と同じ光景を見たガレオスは三人に注意を促す。

「あれは?」

 フランも目をこらして前方を見ている。

 その方向にある建物は一つ。

「修道院!?」

 リョウカの声は焦りに満ちたものだった。


「バーデル!!」

 掴みかからんとばかりに詰め寄りながらリョウカは彼を睨み付けた。元々目力が強い彼女に睨まれてバーゼルは戸惑うばかりだった。

「お、おい、待ってくれよ。俺は知らない、俺は砦の様子を見に行くように命令されただけなんだから……もしかしたら、別の八大魔導が向かったのかも知れない。くそっ、俺や砦のやつらを囮に使いやがったのか!」

 自国の戦力を使い捨てる国のやり方にバーデルは怒りを覚えていた。


「おい、揉めてる場合じゃないぞ。全速力で向かうから、ついたらすぐに戦えるようにしておけ!」

 ガレオスの指示を聞いて、二人は表情を引き締める。

「武源解放」

 今一番彼女が気にかけている存在を思い出して、気を引き締めるようにリョウカはその手に夢幻を呼び出しておく。

「了解した」

 バーデルは返事をすると、すぐに発動できるように魔力を練っていく。


 フランはガレオスの指示がでる前にユーリカを呼び出していた。

「頼むぞ!」

 ガレオスが声をかけたのは、馬車を引いている馬にだった。彼の言葉を聞いた馬は、持てる限りの速度で修道院へと向かっていく。

 徐々に煙の大本が見えてくるが、そこは既に戦場と化していた。


「止まれ」

 今度も指示通り、勢いよく馬車が止まる。

「ここから先は危険だ、お前は避難しておけ」

 馬車から降りたガレオスは馬から馬車を外して、そう指示を出す。

「ヒヒーン」

 言葉はわからずとも雰囲気を感じとった馬はいななきと共にこの場から離れていった。


「三人とも準備はいいか?」

 ガレオスの問いに三人がそれぞれ頷いて返す。

「よし、それなら俺も。武源開放!」

 彼の手には紅蓮と疾風の二刀が握られている。武源解放と共に漲るように彼の持つ雰囲気が変わった。


「俺とフランは敵の処理をしていく。リョウカは姫さんを探してくれ、バーデルは俺たちとは別の場所のやつらを倒してくれ。八大魔導と出くわしたら決して無理はするな。もし見つけたら……俺が戦う」

 戦う、そう宣言したガレオスの顔には笑みが浮かんでいた。

 フランとリョウカはそうくるだろうと予想していたが、その笑みに狂気じみたものを感じたバーデルは一人息を飲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る