第30話 リョウカ=サカエ

 後ろでは、おそらく彼女によって倒されたであろう騎士がゆっくりとその身を起こそうとしていた。


「お元気そうでよかったです、サカエ隊長」

 彼女の名前はリョウカ=サカエ、武源騎士団元三番隊隊長だった。

「その恰好よく似あってるぞ」

 ガレオスは素直な感想を言っただけだったが、彼女は顔を真っ赤にしていた。気の強い女性として知られる彼女にとって騎士としての鎧ではなく、女性らしさあふれる修道服はどうも着慣れないらしく、気恥ずかしさが消えないようだ。

「こ、これは仕方なかったのよ! 姫の護衛は目立たないようにするならってことで許可が下りたものだから」


 その様子は微笑ましく、フランもガレオスも自然と笑顔になっていた。

「ということは、姫もここにおられるということですね」

 フランの問いに力強くリョウカは頷く。その表情からは既に顔の赤みは引いていた。

「それで、話はどうなっているの? あなたがたが来たということは、姫様を迎えに来たのだとは思うけど」

 今度はフランが頷く番だった。

「えぇ、おっしゃる通りです。しかし、ここをこのままにしておくわけにはいかないので、まずはここに戦力を向けている拠点であると思われる魔法王国の砦を潰そうと思っています」


 それを聞いたリョウカは一瞬で好戦的な笑顔になった。

「面白いわね、それで戦力はどれくらいの予定なの?」

「二人だ」

 彼女の質問にガレオスは端的に答えた。その答えはリョウカを驚かせるに十分だった。先ほど騎士長たちと話していたことに当然、彼女も考えが行きついたからだ。

「ふ、二人? もしかしてガレオスとフランの二人だけ?」

 ガレオスはその通りと笑顔で、フランは苦々しい顔で頷く。


「はあ、やっぱりあなたはとんでもないわね。付き合わされるフランも可哀想に……」

 リョウカはフランに同情して肩に手をぽんと乗せるとフランは苦笑する。

「まあ、なんとかなるだろ」

 楽観的なガレオスにリョウカとフランは頭を抱えていた。

「ですから、私が!」

 騎士長が立ち上がってそう言ったが、それはリョウカの一睨みによって抑えられる。


「あなたはここを守らなきゃいけないでしょ? だったら選択肢は一つよ……私が行くわ!」

 彼女の言葉に驚いたのは院長と騎士長だった。

「し、しかし、君は修道院で学んでいるのであって、戦いなど」

 院長の言葉を聞いたリョウカは、恥ずかしげもなく修道服をばさっと脱ぎ捨てる。

「ちょ、ちょっと! こんな場所で服を脱がないで下さい!」

 慌てて目を手で覆いながら声をあげたのは騎士長だったが、ガレオスとフランは平然とそれを見ていた。


「別に目を開いていいわよ? ちゃんと鎧を着ているんだから」

 修道服の上からは中に鎧を着こんでいるとはわからなかったが、彼女は常在戦場の意識でいつでも戦えるように準備をしていた。

「姫の守りはどうする?」

「ふっふっふ、そこも手抜かりないわよ。うちの三位が姫の警護についているわ」

 武源騎士団の各隊の上位十人は信頼できるだけの実力を持っており、彼女が所属していた三番隊の三位となれば副長補佐の肩書きをもっていた。


「なら決まりだ。早速行くか」

 話がついたと判断したガレオスが腰をあげるとフランも続き、リョウカも部屋を出て行こうとする。

「ま、待ってくれ! た、たった三人で行くっていうのかね」

 まるでそれが当然であるといった様子の三人に院長は驚いていた。リョウカが現れてからの急展開についていけていないようだった。

「あぁ、ちょっと行ってくる。しばらく待っていてくれ」

 ガレオスは振り向くことなくそう返事をして、部屋を出て行った。


「まあ、私たちに任せなさいって」

 扉を出る前に院長たちに振り返って、リョウカは小悪魔のような笑顔でそう言い残す。

「それでは失礼します」

 フランは礼儀正しく一礼してから部屋を出て行った。

「待って下さい、これをお持ち下さい」

 思い出したように引き留めた騎士長は砦までの地図をフランに渡した。これまで話をしたなかで、彼女に渡すのが正解だと判断したためだった。

「ありがとうございます」


 地図を受け取った彼女が部屋を出て行くと、騎士長は元の席に戻った。自分も彼らと共に向かいたかったが、なすべき役割というものがあることを理解していた。

「なんと……本当に三人で……」

 院長は力なく再度腰を下ろして呆然とそう呟く。今まで苦戦を強いられていた相手にたった三人で向かうのは無謀としか院長には考えられなかったからだ。

「彼、ガレオス殿はあっという間に戦況を変えました。彼がいなければ修道騎士は全滅していたと思います。その力があれば、もしかしたら……」

 今だ半信半疑ではあるが、騎士長は現状を一変させたガレオスの力を信じていた。



「さて、砦に向かおう」

 修道院を出たガレオスが二人に声をかける。

「そうね」

 隊長二人は自信満々な様子だったが、地図を片手にフランは色々と考えている様子だった。

「どう、いきましょうか? お二人がいるなら、正面から向かってもいけるとは思いますが……私としては勝率をあげたいところです」

 ガレオスもリョウカも力に自信があるタイプなので、二人だけであったら真っすぐ正面から力押しで突き進んでいったであろう。だからこそここに冷静沈着なフランがいることは僥倖だったといえた。


「俺はよくわからんからフランに任せる」

「そうね、私も同じよ」

 二人はフランに作戦を一任することにして、歩を進める。武源騎士団としての信頼関係が成せるものであろう。

「お任せしてくれる気持ちは嬉しいんですけどね……」

 苦笑交じりにその背を見たフランは自分の責任が重大だと、考えを巡らせることとなった。


「待って下さい、馬車でいきましょう!」

 自信満々に歩いて砦に向かおうとする二人を引き留めて、フランは馬車で向かうことを提案する。

「そうだな、それがいいだろう」

「あら、馬車なんて持ってるの。いいわね、さすがに徒歩は大変だものね」

 先ほどの戦場の手前に置いておいた馬車へと向かい、一行は馬車で砦を目指すこととなった。

「私が運転するから、フランは戦術を練っておいてね。ガレオスは……馬車に負担がかからないように静かに座ってて」


 馬車に揺られて砦に向かっていく途中にはいくつか魔法国の兵士たちの装備が落ちていたため、向かうべき場所へはこの道であっていることを示していた。

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