第21話 職人の街入場前

 道中は順調で、途中魔物の襲撃などもあったがガレオスの新しい大剣の訓練に散っていった。

「気に入られたようですね」

 御者を交代したフランが後ろにいるガレオスへと声をかける。

「あぁ、なかなかいいぞ。最初に店で見たのと違ってこれは十分な重みがあるし、強度も抜群だ」

 馬車に揺られながらガレオスは念入りに武器の手入れをしていた。その表情はとても楽しげだった。


「銘はないようですけど、何かつけますか?」

 騎士の中には気に入った武器には銘をつける者もいるため、フランが質問する。

「うーむ、銘か……つけたい気もするが、難しいな。使っていくうちにいい名前が浮かべばいいんだがな」

 銘というのはずっとついてまわるため、名づけには慎重になる。まだ手に入れたばかりの名もなき大剣はガレオスの手により綺麗に整備されている。

「そうですね、ゆっくりと決めましょう……そろそろ見えてきましたよ」

 まだ少し距離があるが、フランの目には職人の街が映っていた。


「意外と早かったな」

 カタリナからは一週間ほどかかると聞いていたが、五日目にして街が見えるところまでやってきていた。

「そうですね。もしかしたら、通常はモンスターとの戦闘に時間がかかって、その分休憩も多いのかもしれません。我々は隊長があっさりと倒して下さったので、スムーズに来られましたからね」

 その予想はあたっている。ガレオスはモンスターを全て大剣による一撃であっさりと倒しているため、戦闘時間も短い。だが普通の護衛であれば、モンスターとの戦闘にもっと時間がかかるのだ。休憩についても同様で、二人は朝、昼、夜に一回ずつ休憩をとるだけだったが、通常の旅では疲労の蓄積を避けるために戦闘ごとに短い休憩をとるのが普通だった。


「あまり手ごたえがなかったからなあ」

 ガレオスは現れたモンスターのことを思い出していた。そのどれもが彼にとっては雑魚扱いだった。

「隊長クラスの方からすれば、そうかもしれませんね」

 フランは自分が戦っていても恐らくは同じ結果になっただろうと思っていたが、それは口にはしなかった。

 そうこうしていると、職人の街の入場の列が近づいて来た。


「ようこそ。こちらが入場確認待ちの列になりますので後ろについて下さい」

 列の整理に人が割かれるくらいには、入場待ちをしている者が多かった。

「なあ、なんでこんなに並んでいるんだ? 入場確認なんてそんなに時間はかからんだろ?」

 人が多く行き来する大きな商業都市や王国であっても、行列ができるのは珍しかった。

「申し訳ありません。少し前に事件がありまして、入場の際の確認を厳しくやる決まりになったのです」

 それを聞いたフランとガレオスは不穏な雰囲気に眉をひそめた。


「……隊長、どうしましょうか?」

「うーむ、とりあえず中に入らないことにはなあ……とりあえず行ってみよう」

 既にガレオスは変装を終えているが、厳しくなったという確認に対してフランは一抹の不安を覚えている。

「なあに、心配するな。いざとなったら、退却して別の街に行けばいいさ」

 それではなにも解決していないというのに、ガレオスの言葉にはどこか大丈夫だと思わせる強さがあった。


「わかりました。お供します」

 フランはいざとなった場合を想定し、ぐっと気を引き締める。ガレオスはというと周囲の様子を視線を動かさずに探っている。

「確かに、何かあったみたいだな」

 入場のチェックが厳しいだけでなく、周囲に衛兵が厳しく目を光らせている。彼らはピリピリしている様子で怪しい者がいるとすぐさま彼らが声をかけているようだった。


 そのうちの一人がフランとガレオスのもとへとやってくる。変装していても大男であるガレオスの体格は隠せなかったことが原因だろう。

「あんたたち、街に一体なんのようで来たんだ?」

 言葉だけでいえばただの質問。しかし、衛兵の表情と口調は怪しい者に対する詰問であることを表していた。

「私たちは買い物と旅の休憩に来ました。こちらの街は凄腕の職人さんが多いということですので、何か良いものがあれば、と」

 よどみなくフランが答えるが、衛兵の視線はガレオスのことをとらえると態度をより固くする。


「お前はなんだ?」

 彼はどう見てもガレオスが怪しいと決めつけていた。遠目から見ても目を引く大きさだったがいざ目の前にすればそれがはっきりとわかる。

「うむ、彼女の旅の同行者でガレオスという。よろしくな」

 にかっといい笑顔で答える彼に衛兵は拍子抜けしてしまう。見た目は変わっているが話してみれば怪しいことはないと判断したようだった。

「あ、あぁ、よろしく。お前も目的は彼女と一緒なのか?」

 声をかけたからには何か聞かねばと衛兵はぎこちなく質問を続けた。


「うーむ、それもあるが、美味い飯があったらそれを食ってみたいもんだな。何かお勧めはあるか?」

 ガレオスの質問に衛兵は腕を組んで考えていた。

「そうだなあ、街の西部地区に『風見鶏』っていう食堂がある。あそこの料理はどれも外れがない、この街ならではの名物、というわけではないが一度行ってみるといい」

 話しながら衛兵はその店の料理を思い出したらしく、その顔が自然とにやけていた。

「ちょっと、何してるんですか」

 そこにやってきたのは、先ほど列の整理で声をかけてきた青年だった。


「あ、すまん。いや街のことを聞かれたからちょっとな」

 衛兵が彼に謝罪をするが、彼は首を振った。

「そうじゃありません。お勧めする店を間違えているでしょう! 初めてこの街を訪れる方に紹介するなら東部地区にある『サインズ』さんです。あそこの麺料理は女性にも人気ですし、男性でも大盛りを注文すればそのボリュームに満足できるはずです。そちらの方はたくさん食べそうですし、ちょうどいいと思いますよ」

 自分の紹介する店が一番だと胸を張って言う青年のその言葉に衛兵が反論する。

「なんだと? サインズなんて最近できたチャラチャラした店なんぞ進めて、俺は断固、風見鶏だ! あそこは老若男女問わず誰もが満足する昔ながらの名店だからな」


 二人の言い争いにどこからか別の衛兵がかけつける。言い争う二人を止めに来たのかと思いきや、彼もお勧めの一店の話題に加わってきた。

「おいおい、二人とも何を言ってるんだ。一押しっていったら、北部地区の『ミストレル』だろ。あそこのステーキは一度食ったら病みつきだぞ?」

 横から入って別の店を勧めて来た彼を二人がギロリと睨み付けた。

「あのですね、あそこは確かにいい店ですけど値段が高いんですよ。財布事情もわからない相手にあんな高級店を勧めるなんてちょっとわかっていないんじゃないですか?」

「その通りだ! 高けりゃいいってもんじゃない、お前は入ってくるな!」

 あとから話に加わった彼はいい家の出であるため、金銭感覚が少しずれていた。やいのやいのと自分のおすすめを言い争う衛兵三人にフランとガレオスは置いてけぼりを喰らい、困った様子だった。


「わかった! 無事、中に入れたら一店ずつ寄らせてもらおう。話を聞く限りどこも美味そうだからな」

 彼らの争いもガレオスのこの一言で収集されることとなる。

「何はともあれまずは、入場通過してからですね」

 先走って我こそはと店を紹介した衛兵三人組にフランは笑顔でそう言った。


 その笑顔に彼ら三人は骨抜きにされることとなった……。

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