第17話 忙しい食堂

 カタリナを見送ったあとに食堂に向かうと時間帯もあるのか既に他の客が食事をしており、空いてる席は少なかった。

「えーっと、あそこの席にしましょうか」

 窓際のテーブルが一つ空いていたため、二人はそこに席をとることにする。

「いらっしゃいませ、あの……お泊りのお客様でしょうか? それともお食事だけのお客様でしょうか?」

 注文をとりにきた女性店員がフランにそう尋ねる。ガレオスがいるのはわかっていたが、やはり彼女もガレオスに対して恐怖心を持っているらしく、人当たりの良さそうなフランにだけ質問することにした。


「私たちは宿泊客です。本日の昼過ぎくらいからお世話になっています」

 それを聞いて女性店員は心得たというふうに頷いた。

「失礼しました。それではこちらの食堂の説明をさせて頂きますね。こちらは、宿泊されているお客様の場合は宿泊料金に食事代も含まれています。ですのでこちらのメニューから選んで頂く形になります」

 そう言って差し出したのは、各テーブルに元々置かれているメニューとは異なるものだった。

「もちろん、通常メニューのほうを頼んで頂いても大丈夫なのですが、そちらは別途料金を頂くかたちになっています」


 手渡されたメニューを見てガレオスとフランは注文をどれにするか考える。

「私はBセットでお願いします」

「俺はこのAセットで頼む。それと、こっちの通常メニューのこれとこれとこれを頼む」

 二人とも料理を選ぶのが早かった。そして、ガレオスは一つのセットでは自分の腹は足らないだろうと考え、多めに注文していた。

「は、はい。それではご注文を繰り返させて頂きます……」

 注文の量が多かったことに少し驚いた女性店員だったが、なんとか注文を確認すると厨房に伝えにいった。その間も腹の虫は鳴りやまず、何事かと周囲からも注目されていた。


「あー、腹減ったー」

 心からのセリフだが、思ったより大きな声を出したガレオスにフランは周囲を気にしていた。

「あ、あの隊長。もう少し声のトーンを下げてもらえますか? 周りにもお客さんがいるので……」

 その声にガレオスは自分の頭をはたいた。

「そうだった、すまんな。どうも俺は周りの目というのを気にしないみたいで気付かんかった」

 見た目、声の大きさ、腹の音の三つで自分が注目を集めていることに気付くと彼は大きな身体を小さくしようとして声も小さくしていた。


 強面の彼がそんな態度をとっていることにフランは思わず笑ってしまう。

「ふ、ふふっ、もう隊長ったら」

 その彼女の表情は可愛らしく、周囲の客たちはそれだけでガレオスの腹の音を許せるような気持ちになっていた。

「そんなにおかしいか? うーむ、静かに飯を待つことにしよう……」

 少し落ち込んだガレオスは、余計なことをせずに食事を待つことに専念するため、瞑想するように目を閉じていた。

「もう、極端なんですから……」

 フランはやれやれといった様子でガレオスのその姿を見ていた。


 瞑想しているガレオスはただ静かに食事が来るのを待っていた。腹の音以外は……。

「隊長、隊長!」

 フランは少し大きめの声でガレオスを呼びながら、身体を揺すっていた。

「……ん? おぉ、フランかどうした?」

 少し間が空いた後、ガレオスは目を開いてフランに返事をする。どうやら瞑想していただけでなく、静かに眠っていたようだった。


「ちゃんと起きて下さい。料理が来ましたよ……早く食べてお腹の音をなんとかして下さい」

「うお! 本当だ」

 ガレオスは思った以上に自分の腹が音を出していることに、そしていつの間にか目の前に料理が届いていたことに驚く。

「それじゃあ、早速いただこう」

 そう言って食事に手をつけていく。並べられた食事のうちのひと口食べて、一瞬だけ動きが止まった。


「隊長?」

「美味い」

 どうしたのかと心配したフランをよそに、その一言を発してからの彼は無言で次々に食事を口に運んでいく。

 周囲の客は先ほどまではガレオスの腹の音に注目していたが、今は彼の豪快な食べっぷりに注目している。

「すいません、追加でこれとこれをお願いします」

 どんどんなくなっていく料理を見て、フランは慌てて追加の注文を頼んだ。


「おう、すまんな。とにかく飯が美味い! ここの宿は当たり、いや大当たりだな!」

 ガレオスの大きな声は食堂中に響き渡り、更には厨房にまで聞こえていた。それは料理人たちのやる気を引き出していた。

「ほら、フランも食べろ。美味いぞ!」

 言葉の通り美味そうに食べるガレオスに、フランも他の客たちも食欲を刺激されていた。

「は、はい……本当だ、美味しい!」

 言われるがままに目の前の食事を一口含んだあとのフランの反応は、他の客の食欲のスイッチを再度入れる最後の一押しになった。


「す、すいません。こっちも追加の注文を」

「こっちも頼む!」

「おい、うちが先だぞ!」

 客たちは我先にとウェイトレスを呼びつけて追加の注文をしていく。

「しょ、少々お待ち下さい! すいません、女将さん手伝ってくださいー!」

 注文と料理の運搬を二人で担当していたウェイトレスは、あまりの忙しさに女将にヘルプを頼んだ。


「はいはい、今いきま……なんだいこれは!」

 少し混んでいるくらいで何を今の若い子たちは……と先ほどまでは思っていたが、次々に食事を注文をする客を見て認識を変える。彼女は袖を捲ると泣きを入れてきたウェイトレスに喝を入れて注文をとり始めた。

「ほらほらあんたたち、これくらいで泣きをいれるんじゃないよ! はいよ、今行くからね!」

 女将に触発されてウェイトレスたちも奮起して注文をとっていく。


 一方でその注文を受けて厨房も戦場になっていた。

 厨房は普段から料理人二人で回しており、こればかりは助っ人のあてもないため、二人で頑張るしかない。

「おい、やるぞ!」

「おうよ!」

 しかし、二人とも歴戦の料理人でここに勤める前はそれなりに修羅場といえるような店で働いていたため、この状況にどこか懐かしさを覚えていた。自分たちの料理を美味しいと言ってたらふく食べてくれる人がいるというのは彼らのやる気をさらに高めていく。次々と出される料理は普段以上のクオリティになったことは常連客だけが知っていた。


「なんか騒がしいがな……とりあえず腹が満たされたよ。ありがとうなフラン」

「いえいえ、私はただ注文しただけですから」

 涼しい顔で話す二人の周囲はいつの間にか食事を楽しむ客たちで騒然としていた。


 この日の食堂の売上は、開店以来の最高額をたたき出すこととなった。

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